しろくな

すきなものは、体験型イベントとしろくま。IDの登録をミスして「しろくな」になりました。…

しろくな

すきなものは、体験型イベントとしろくま。IDの登録をミスして「しろくな」になりました。日々の思いつきをつらつらと。

マガジン

  • 「弱さ」を考える

    「弱い」ってどういうことだろう。 誰しも持っている弱さは、ある意味では強さではないのか。 ただ自分の弱さを無価値なものだと思いたくないから、どうにか肯定してみたい。

  • 週末日記

    1週間分の日記読み返して書くnote。 全体の総括をしてみたり、好きなトピックをひろって話を広げてみたり、1週間分の日記を読んだ感想を書いてみたり。 毎日の振り返りを、さらに振り返ってみる、週末日記です。

  • まとまらない話

    まとまらない話、ままならないまま、つらつらと。

最近の記事

  • 固定された記事

家族だからって、怠けるな。

久々に、家族揃ってご飯を食べた。 父が今単身赴任しているからだ。 今日から数日、父の家に母と犬と泊まることになっている。 私がついたのが夕方だったので、一緒に食べたのは夜ご飯だけ。 けれど、父も母も笑顔があふれていた。 メニューはお好み焼きだった。 ホットプレートで焼きながら食べるスタイル。具材はあれがいいこれがいいとわいわい食べる。 そういえば余談だけれど、お好み焼きに大葉を敷くのが美味しかった。 美味しいものを食べることと誰かとご飯を食べること 美味しいものを

    • 捏ねるのはパンだけにしてくれ

      友達って、どうやってつくるんだっけ。 学校に通っていた頃は、なんか共通の趣味とかがあって、よく話したり、一緒にご飯を食べたり、一緒に帰ったりして、気がついたら友達になってた。 でもいまは、職場が同じでも、その中で仲良くても、友達とは違うなと思う。 かといって、趣味が同じで仲良くなった人とも、友達かと言われると、なんだか違う気もしてしまう。 これまでにできた友達たちが、あまりにもよい友達すぎるのか、友達というものの概念が狭まりすぎたのか、はたまた出会いが少ないのか。 き

      • 消費しか、できないのだから

        ひさびさに物を書く気になったので、noteを開いている。 どうせ三日坊主なのだろうけれど、今は"毎日投稿するぞ!"とか思ってる。どーーーうせ、三日坊主なのだろうけれど。 なんで突然書く気になったのかといえば、30過ぎたオタクが虚無みたいな一連のツイートを読んだから。 別に消費活動以外捨ててるわけではないけど、かといって目に見える生産活動はしていないので、ちょっと生産ぽい活動をしよう、と。 笑っちゃうくらい短絡的。 コンテンツを消費することが悪だとは思わないし、私にとって

        • 安全地帯から投げた石は、いつか自分に向かってくる

          川に、 海に、 湖に、 石を投げてみる ぽちゃん。 水底に潜り込んでいく石を見ている私は、安全なところにいて、溺れることもないし、ましてや水飛沫を浴びることもない。 そう、私は安全だ。

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        家族だからって、怠けるな。

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        • 「弱さ」を考える
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        • 週末日記
          4本
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        記事

          「弱さ」ってなんだろう。

          「私の正しさは誰かの悲しみあるいは憎しみ」展に行った。 ここで、「弱さ」に向き合うべきだと思った。 べきというと、強制されている感じがあるけれど、そうではなく、向き合いたいけど、ちょっと怖いから、そうさせる何かがあったことにしておいただけ。

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          「弱さ」ってなんだろう。

          傷つくことで、だれかを傷つけずに済むのなら

          わたしのだいすきな歌に、SHE'SのLetterがある。 サビの歌詞があまりにもすきで、こればかり聴いてしまうくらい。 できることなら、誰のことも傷つけたくはない。 でも、ふとしたことで、悪意がなくたって、人を傷つけてしまうことがある。 それも、大切な人の方が、いとも簡単に傷つけられてしまう。 それは相手も同じように自分のことを大切にしてくれているからかもしれない。ただ、いくら大切にしあっていても、人と人が関わり合っていく以上、傷つかないというのはむずかしい。 そうであ

          傷つくことで、だれかを傷つけずに済むのなら

          2021年の感謝と言えなかったすこしのこと

          2021年の振り返りをした。やっぱりちゃんと生きたことが、この一年一番よかったことで、一番大変だったかもしれない。 今でこそ、生きてるな〜って思うし、明日も楽しみだと思えるけれど、対極にいるような日もかなり多かった。いや、そんな日ばかりだった。 それでもなんとか生き延びてこれたのは、救いをくれた人とコンテンツのおかげ。なかでもやっぱり人というのは大きくて、これまでのうじうじしたわたしをちょっとずつほぐしてくれた人がたくさんいた。(そうせざるを得ない状況であったのもたしかだ

          2021年の感謝と言えなかったすこしのこと

          「怖い」を外に出してみる。(12月19日~12月25日)

          1週間分の日記読み返して書くnote。 全体の総括をしてみたり、好きなトピックをひろって話を広げてみたり、1週間分の日記を読んだ感想を書いてみたり。 毎日の振り返りを、さらに振り返ってみる、週末日記です。 日曜日に書くはずの日記を月曜日に書いている。昨日は「語りの複数性」展に行ってきて、おかげさまで日記を書くどころではなかったという言い訳を添えて。 まだまだあの衝撃を引きずっているので、補正がかかってそうだけど、一週間の振り返り。 *** ずっと、心の奥底に横たわって

          「怖い」を外に出してみる。(12月19日~12月25日)

          すぐ隣に「好き」があるという幸せ

          去年の年始にこんなことを書いていた。自分の好きがよくわからなかったみたい。 今ではもう、わたしはわたしの好きをちゃんと好きだって、胸を張っていえる。それはこの一年、自分で選ぶことを大切にからかもしれないと思う。 自分とものとの関係をつくる 年末になると、買ってよかったもの特集が突然組まれ始める。これ自体は見ていてとても楽しい。でもそれをみて速攻ポチるみたいな買い方はしない。 誰かがおすすめしているから、という理由で、ものを買わなくなったと思う。情報は得るけど、一回自分

          すぐ隣に「好き」があるという幸せ

          「言葉」を見直したい(12月12日~12月19日)*3

          1週間分の日記読み返して書くnote。 全体の総括をしてみたり、好きなトピックをひろって話を広げてみたり、1週間分の日記を読んだ感想を書いてみたり。 毎日の振り返りを、さらに振り返ってみる、週末日記です。 「思考をつくるのは、言葉だ」という文章をどこかで読んだ。その文章がずっと頭の隅にこびりついている。 きれいな言葉はきれいな思想をつくるし、悪い言葉は悪い思想をつくる。たしかにそうだなと思う。だって、言葉は思考の土台だから。どんな言葉があれば、私の思考は、私の心は、スムー

          「言葉」を見直したい(12月12日~12月19日)*3

          届きそうにない想いなら、いっそのこと諦めてしまったほうが、きっと楽なのだろう。(12月5日〜12月11日)*2

          1週間分の日記読み返して書くnote。 全体の総括をしてみたり、好きなトピックをひろって話を広げてみたり、1週間分の日記を読んだ感想を書いてみたり。 毎日の振り返りを、さらに振り返ってみる、週末日記です。 つながり、深まるような。 今日のわたしが、明日のわたしにバトンを渡すような、そんな1週間だった。 やってきた落ち込みも、少しは受け入れられた気がする。 今までは、あ、落ち込みちゃんが家の前にいるなあって思って、カーテンを閉めていたのだけど、今週はちゃんと玄関を開けてあげ

          届きそうにない想いなら、いっそのこと諦めてしまったほうが、きっと楽なのだろう。(12月5日〜12月11日)*2

          ささやかな愛を、自分に

          疲れているときは、思いのほか、盲目だ。 ちゃんと休んでねとか、無理しないでねって何度も言われたけど、休んでるし、無理もしてないと思ってた。 いや、盲目になろうとしていたのかもしれない。自分がボロボロであると認めたら、もうなにもできなくなりそうだったから。 当然、自分のいまの状態を感じるよりも、目の前の壁を超える方法に、目線も思考も奪われていた。 結構だめなところまで落ちたと思う。 でも落ち切ってしまったら、あとは上がるしかない。少しずつ気持ちも生活も上向きになってきて、明

          ささやかな愛を、自分に

          日記を書いてみたら、もっと人に触れたくなった *1(11月27日~12月4日)

          1週間分の日記読み返して書くnote。 全体の総括をしてみたり、好きなトピックをひろって話を広げてみたり、1週間分の日記を読んだ感想を書いてみたり。 毎日の振り返りを、さらに振り返ってみる、週末日記です。 日記を書きはじめてはや2週間。いろいろなことがあったし、毎日の浮き沈みも激しかった。それでも、自分が前に進んでいる感触がある。 3日坊主のわたしが日記を続けられているのは、純粋に書くのがすきで、本当はこうした時間を持つことを望んでいた、というのもあるし、読んでリアクショ

          日記を書いてみたら、もっと人に触れたくなった *1(11月27日~12月4日)

          心地よい関係は、人と人の中間地点にあるのかもしれない

          自分にとっての100点と、相手にとっての100点はぜんぜんちがくて、自分だけが100点を目指そうとしてもうまくいかないし、相手の100点を叶えてあげるだけなのも、自分の人生を生きていないみたいになる。 どちらかというとわたしは、相手のことを考えていたようにも思うけど、外せないところは首を縦にはふらない頑固なところもあって、相手がどうだったかはさておき、自分としては無理のない範囲でやってきた。気がする。 でも、ときどき、自分の本心から相手のことを考えていたはずなのに、だんだ

          心地よい関係は、人と人の中間地点にあるのかもしれない

          もっと軽率に、「傷ついた」って言ってもいいよね

          高校生くらいだっただろうか。 「つらい」って言っていいのは、大切な人を亡くしたくらいの大きな悲しみがあった時だけ、 「傷ついた」と言っていいのは、本当にひどいことをされた時くらいだ、と思っていた時期があったように思う。 自分の中に湧いてきた"つらい"を、"世界にはもっとつらい人がたくさんいる"と打ち消す日々。 よくもそんなに忍耐力があったなと思う。 おかげさまで、まだ「つらい」「傷つく」は苦手ワード。別に得意である必要はないけど、やっぱり本当に何かあったときにだけ言っていい

          もっと軽率に、「傷ついた」って言ってもいいよね

          「逃げる」ことは、救いだ

          つらい、 しんどい。 それが自分から生まれたものであれ、 他の人からもたらされるものであれ、 自分と他人の交わりの中から生まれるものであれ、 つらさ、しんどさは、いつも横たわっている。 だから、逃げようと思った。 というより、逃げる道を想像することで、自分を保とうとした。 それは、辞めることであったり、もしくは、存在ごと消えてしまおうということでもあった。 でも、想像に想像を尽くし、逃げるより、今のほうが、いくぶんマシという理由で、今を選んできた。 正

          「逃げる」ことは、救いだ