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エッシャー? ルビン? 感覚を弄ぶ、ASKAの転調。 《プロのオフトーク #5》

音楽とはなんなのか。

なぜ、自分たちはCHAGE and ASKAの音楽に惹かれ続けてきたのだろうか?

そんな大きくて狭い(!)話題を、音楽ど素人の私と、プロミュージシャンとして活躍する野井洋児さんとで語り合う、《プロのオフトーク》シリーズ5回目。

前回までの記事はこちらから。

#1 プロと話すと、本当に目から鱗が落ちるのだ。
#2 音楽家は、チャゲアスのここがスゴいと感じてしまう。
#3 音楽家は思う、ASKAのメロディはこうやってできている。
#4 幸せと不安の間 〜ASKAの魔法のコード進行〜

今回のテーマは、「エッシャー? ルビン? 感覚を弄ぶ、ASKAの転調」。
楽曲分析も、ついにクライマックスに近づいて参りました!



*

●日常の中に紛れ込む非日常、Gm

野井:

実は今回の対談に向けて、改めてASKAさんが作曲された色んな楽曲のコード進行を研究していたんですが…そうする内に、なんともう一つ、かなり独特な使い方をしているコードを発見してしまったのです。



s.e.i.k.o:
そうなんですか! 野井さんの分析も進化し続けてますね。どんな発見でしょう?



野井:
それは、楽曲のキーのソの音(5度)をルート音とするコードの使い方です。

s.e.i.k.o:

ソの音がルート音。ということは、前回の記事で出て来た「ドミナント」のことでしょうか?

野井:

いや、それが難しいところで…。しかもここがカギになるので、ちょっとご説明しますね。

s.e.i.k.o:

なんだかややこしいフタを開けてしまったようで…お手柔らかにお願い致します(笑)。

野井:

はい、わかりやすくいきますね(笑)。

通常、ソの音、つまり5度の時のコードは機能的に「ドミナント」と言われ、ハ長調であれば、Gメジャー(ソ・シ・レ)、またはG7(ソ・シ・レ・ファ)を使うことが基本です。
この「ドミナント」というのは、音楽理論を勉強する上でも一番メインになるくらい、大事な部分です。

s.e.i.k.o:

はい、お辞儀をする時のお決まりの伴奏も「C~G~C」ですもんね(笑)。基本中の基本、という感じがしています。

野井:

「ドミナント」に、GメジャーやG7 以外のコードを使う例としては、一般的に、F/Gというコードが挙げられます。いわゆる「分数コード」ですね。
これは、ポップスの世界ではかなりよく使われるコードで、もちろんCHAGE and ASKAの楽曲でも、ASKAソロの楽曲でも多用されています。

でもこれ以外に、通常はドミナントには入れないのですが、例えばGm(5度マイナー) を使ったら、どうでしょうか?

s.e.i.k.o:

Gmということは…

野井:
Gメジャー(ソ・シ・レ)の真ん中の音を半音下げて、シ♭にするのです。ちょっと不思議な雰囲気になりますが、でもなんか、メロディによっては使えそうなコードですよね?

s.e.i.k.o:

おおー、なるほど! Cの後にGmが続くと、晴れてると思って元気に飛び出したら、あれ、ちょっと傘がいるかも…みたいな気持ちになります(笑)。

野井:
はい。ちょっと肩透かしをくらったような、でも晴れているのに雨が降っているのって、決して憂鬱ではなく、なんとなく不思議で面白い感覚ですよね(笑)。
 
このGmが、ASKAさんの楽曲では、隠し味のように、しかしかなり効果的に使われていることが多いのです。

s.e.i.k.o:
そうなんですね。何か、聴いたらピンとくる例はありますか?

野井:
そうですね。好例としてはCHAGE and ASKA '95年の楽曲「ある晴れた金曜日の朝」のAメロ、そして同年のASKAソロである「はるかな国から」のBメロ辺りでしょうか。
動画の赤字(記事なら太字)部分に注目して、聴いてみて下さい。


●楽曲例:「ある晴れた金曜日の朝」「はるかな国から」

◎ ある晴れた金曜日の朝(原キー:Dメジャー)

なんだか|街はパレード|大騒ぎ|~|
C|Gm| A|Dm7|

鼻歌も消|されてビルの|窓掃除|~
E7|Am|F|C - C・Fm/C|
◎ はるかな国から(原キー:Cメジャー)

愛という不|透明な|命のせ|~んの中を|
C|Gm|Am|E7/G♯|

しゃがみ|こむように|消えた|~
Am|FM7|Am/E|E7 - E7/F♯|


野井:

どうでしょうか? ファンの方々がすごく好きであろう、ASKAさんの世界観が如実に出ているのではないでしょうか?

s.e.i.k.o:
おおー、本当だ! 一つ前の記事で取り上げた「SAY YES」や「はじまりはいつも雨」は、美しいメロディに紛れている感じもありましたが、このGmは至って素直なメロディに乗せられているので、コードの不可思議さが際立っていますね。
これぞASKAさんって感じです!

野井:

サブドミナント・マイナーは比較的気付きやすいコードですが、この5度マイナーのコードは、さらっと聴いているとなかなか気付かないけれど、しかし潜在的に、すごく印象に残る響きを持つコードだと思います。



●Gm、サブドミナント・マイナーは音楽上の二重人格?

s.e.i.k.o:

なぜ普通にGでもいけるのに、Gmを選択するのでしょうね?

先ほどGmは「ドミナントではない」と仰ってましたが、普通ではこのコード進行、あまり取り入れないのでしょうか?

野井:
そうですね。音楽理論の話になるので、超簡略化してお話ししますと…Gmがドミナントとなるのは、メジャー・キーではなくマイナー・キー(短調)な時、それもナチュラル・マイナー・スケールの場合だけなのです。

s.e.i.k.o:
マイナーということは、トニックがCmの場合ですか。

野井:
はい。楽曲をメジャー・キーで考えた場合、この5度マイナーの Gmというのは、「ドミナント」のような、機能上の名前はないので、Gmを「ドミナント」とは言いません。
一方で、ナチュラル・マイナー・スケールを使う場合は、これは「ドミナント」と言うことができます。

つまり、メジャー・キーでGmを使うというのは、瞬間的に、マイナー・キーで使えるドミナントのコードを、借りてくることになるのです。これって、サブドミナント・マイナーの時と、とてもよく似ていますよね?


s.e.i.k.o:

確かに「瞬間的に借りてくる」というのが共通してますね!

一つ、素朴な疑問なんですが、Gmを「ドミナント・マイナー」のように機能的には呼ばないんですか? つまり、音楽をゼロから作る上で、選択肢の中にもともとあるコードなのかどうかが気になりまして。

野井:
そういう言い方は特に付いていないのですが、でも、もし用語を新しく作るとしたら、「ドミナント・マイナー」、なかなか悪くはないと思いますよ!


s.e.i.k.o:
よかった、新語を生んでしまいました(笑)。

メジャー・スケールとマイナー・スケールって、同じ調だけど、裏と表のような関係性なんですね。パラレルワールドのように別次元に存在する世界、というイメージなのでしょうか…。

野井:
実はこのように、あるスケール上で動いているコード進行の中に、別のスケールのコードを瞬間的に入れてくる技法を「モーダル ・インターチェンジ」というのですが、この方法を使用すると、s.e.i.k.oさんの仰る通り、パラレルワールドというか、二重人格のような要素が、楽曲に入ってくるのかもしれません。

s.e.i.k.o:
そうか、二重人格ってあまり良くない印象だけれど、「本気モード」「ゆるゆるモード」くらいの軽い意味で考えれば、誰しも何種類もの自分を持っているものですよね。そしてその方が、実は魅力的に感じられたりする。そういうところを演出的に狙っているのかな。

それにしても「モーダル・インターチェンジ」って面白いですね。急に予定調和を崩されるようなドキドキ感があって、人を驚かすのが得意なASKAさんらしさが詰まっているように感じますね!

野井:

そう、そしてこのGmの使い方を見ても、やはりASKAさんの曲は、明るいとか暗いという、一つの色に染まらない、複雑な個性を持つ曲になることが多いと、僕は思うのです。
サブドミナント・マイナーが「幸せの中にある不安」を表しているとしたら、Gmは「日常の中にある非日常」といったところでしょうか?

s.e.i.k.o:
なるほど…なんで不思議な気分になるのか、よくわかってきた気がします!


●”転調の達人”ASKAと、他アーティストとの違いとは?

野井:
さて、次は転調について話していきましょうか。

s.e.i.k.o:

やっと出て来ましたね!転調のことは、もう、一番初めに伺いたいくらいに思ってました。



野井:
そうですよね、やっとたどり着きました(笑)。
ASKAさんの楽曲といえば、なんといっても「転調がすごい!」と皆さん言うのではないでしょうか? そう、これが本当にすごいんですよ!

s.e.i.k.o:
転調というのは、本当にたくさんのアーティストの方が使う技法ですよね。
ASKAさんが作曲された曲で言えば、サビでガラッと雰囲気を変える「On Your Mark」のような転調や、「LOVE SONG」の大サビで半音上がるような転調は定番だと思うんですが、「PRIDE」「PLEASE」のように大サビ前のパートで全く違う世界に連れていってくれるような転調、そして「next door」「なぜに君は帰らない」のように、転調自体が曲の印象を決定づけているようなものもある。

ASKAさんの音楽は、転調のショーケースだと思いますし、ASKAさんの楽曲をよりふくよかに感じさせてくれる秘密なのかな、と思ったりもします。

野井:

本当に、よくあんなに多彩な転調法を思い付くものだと思います。しかも、それらがことごとく違和感なく、キャッチーに聴こえるのですね。

s.e.i.k.o:

そう、全く違和感なく聴けるのに、楽器で弾いてみようとすると、おやおや?! となる。そこがASKAさんの楽曲の魅力なんでしょうね!

今回の対談で野井さんに伺ってみたいと思っているのは、色々なアーティストの方と比較する中で、これはASKAさんにしか出せない個性、というものをぜひ教えて頂きたいんです

野井:

そうですね、転調と言っても色んな手法があって、ASKAさん以外にも、転調を多用するアーティストはそれこそたくさんいます。そんな中で、ASKAさん独特のもので僕がすごいと思っているのが、「どこでキーが変わったのか分からないように、二つのキーで解釈できるような転調」なのです!

s.e.i.k.o:

昨年、野井さんのブログで「転調しているかどうかすらわからない転調がすごい」とご指摘されていて、非常に興味を持ちました。


野井:
はい、転調については「作曲家から見た、CHAGE & ASKA その3 ~独自のコード進行、浮遊感のある転調~」という記事と、「光GENJI『Please』の、大サビの展開がすごい!」という記事で二度に渡って取り上げました。


s.e.i.k.o:
これ、私のような素人には、普通に聴いてたら気づくことすらできないんですよ(笑)。

あるとき野井さんのブログ記事から、転調を感じ取るコツとして「全てドレミファソで歌う癖をつけて相対音感を鍛える」と教えて頂いて、そこからあらゆる曲をドレミファソで口ずさむようにしてるんですが、そうすると確かにあるんですよね。あれ、これはどっちだ? というのが。

野井:
本当ですか? 僕のブログ記事がお役に立てて、良かったです!
補足しますと、この「どちらのキーでも通じるようなメロディ、コード進行」自体は、意外と普通にあるのです。
ですが、通常は、例えばサビでガラッと転調する直前のように「次のセクションに入る手前の区切りの良い場所」で、ほんの一瞬、メロディも1音符だけだったり、コードも1、2種類くらいで使われることが多いのです。

その場合は比較的「ああ、これから転調するな、やっぱりしたな」というのが分かりやすく、実際、様々なアーティストが多用していますし、僕も使っています。

s.e.i.k.o:
こういう転調、パッと皆さんが想像しやすいものでは、例えば米津玄師さんの「パプリカ」のサビ手前などでしょうか?

野井:
はい、まさにあの感じです! 米津さんの「パプリカ」は、サビ前の6度メジャーのコードが、サビでの転調後の1度メジャーにあたります。とても理に適っていて、サビでキーが変わった瞬間にハッとする、素敵な転調です。

それに対して、僕がASKAさんですごいと思っている手法は、「次のセクションに移る手前」ではなく、「新しいセクションの冒頭部分」や「同じセクション内の途中部分」で使われることが多く、しかも、一瞬ではなく、比較的長いメロディ、コード進行の中で使われることが多いのです。

これが、「聴いていると心地良いんだけれど、いざコードを拾おうと思うと、全く分からない」状態に陥る要因だと思います。

s.e.i.k.o:
うーん…理解できてるようで、今一つピンと来ない自分が悲しい(笑)。これは、ぜひとも例を聴いてみたいですね!

野井:

はい。正直言うとお恥ずかしいのですが、僕もこの例を、「ASKAさんのすごい転調」と取り上げているにも関わらず、いつも偶然にしか見つけられないのです。
その偶然見つけたもので、もっとも好例なのが、自分のブログでも取り上げた「黄昏を待たずに」(CHAGE and ASKA '86年のシングル)のサビではないかと思います。ブログと同じ楽曲をまた例に出すことになりますが、ぜひ動画で聴いてみて下さい。


●楽曲例:「黄昏を待たずに」

◎ 黄昏を待たずに
※Cメジャー・キーからGメジャー・キーに転調(原キー:G♭からD♭に転調)

せつない|ムードの|中で|~
F♯m7(♭5)|B7|Em|Em

黄昏|待たずに|I LOVE YOU|(I LOVE YOU)~
A|Am|C/D|D ~


s.e.i.k.o:
これ、私は今まで、サビ前後のつながりがあまりにもスムーズすぎて、転調してないと思ってたんです!
 ハ長調で歌えば、Bメロ最後の「色になれ~」が「ド」の音で終わるので、そのまま続いて「ドドドドシラシラー」とつながっているんだと。

でもサビだけを独立して取り出すと、「ファファファファミレミレー」の方がしっくりくる、つまりGメジャー・キーに転調しているんですよね?

野井:

実は僕もs.e.i.k.oさんと一緒だったんです! Bメロからのつながりで聴くと、サビに入っても最初の4小節は転調していないように聴こえます。ところが、サビだけを抜き出して聴いてみると、サビの最初から、それまでと違うキーの曲として解釈した方が良いのではないか、とも思えてくるのです。これは、その時の自分の気分や体調にもよるので、本当に音楽家泣かせな楽曲ですね(笑)。

s.e.i.k.o:
気分や体調によるなんて不思議だけれど、その感覚はよくわかります!

再確認ですが、野井さんの解析だと、サビ全体がGメジャーに転調しているようにも聴こえる、けれどBメロからの流れで聴いた場合、なぜかサビの頭の4小節部分(せつないムードの中で〜)は、転調する前の調、つまりCメジャー・キーと解釈しても自然に聴ける…ということなんですか。



野井:
そうなんです。サビの頭4小節は「F♯m7(♭5)|B7|Em」ですので、転調前のキーで考えれば、Ⅳ♯m7(♭5) - Ⅶ7 - Ⅲm (ベースの動きは、ファ♯ 増4度 - シ 完全7度 - ミ 長3度) と解釈できます。まず「サビの頭にF♯m7(♭5)から入る」というだけでも、かなりすごい曲なんですけどね。

s.e.i.k.o:
こんなサビの入り方は日本のポップスでかなり珍しい、とブログに書かれていましたね! この4小節、転調後のキーで考えるとどうなりますか?

野井:

はい、もしサビの頭からGメジャー・キーに転調していると考えた場合、前半4小節は、Gメジャー・キーの平行調にあたる、Eマイナー・キーのⅡm7(♭5) - V7 - Ⅰm、俗に言う「ツー・ファイブ・ワン」(ベースの動きは、ファ♯ 長2度 - シ 完全5度 - ミ 完全1度)として、解釈します。

s.e.i.k.o:
「ツー・ファイブ・ワン」というのは、ジャズなんかでよく使われるコードの動きのパターンですよね。この「平行調」というのは何ですか?


野井:

簡単にいいますと、元になる長調の6番目の音から始まる短調が平行調です。そして、元の調と全く同じ音で構成されているスケールを使用するのが特徴です。
例えば、ハ長調は「ドレミファソラシド」ですね。最初の「ド」から数えて6番目の音は「ラ」です。「ラ」から始まる短調、イ短調で使うナチュラル・マイナー・スケールは「ラシドレミファソラ」になります。構成音を見たら、全く同じです。こういう関係の調を、平行調と言います。

s.e.i.k.o:
おおー、なるほど。確かに同じ構成音ですね。

野井:
そして、平行調のマイナー・キーは、楽曲を分析する際は平行調のメジャー・キーの方で解析してしまうことも結構多く、つまり今回の場合は、サビの頭からGメジャー・キーに転調している、と考えることもできます。
色々と小難しく説明してしまいごめんなさい(笑)。サビは単純にメジャー・キーとして考えて「Gメジャー」と捉えていいかと思いますよ

s.e.i.k.o:
いやぁ、ついていくのが大変だ(笑)。音楽理論のしっかりしている方は、こうやって使う可能性のあるコードを探していくのですね!

野井:
いえいえ、s.e.i.k.oさんも、きっと感覚的には理解できていると思いますよ!


●「ルビンの壺」のように不可思議な転調

s.e.i.k.o:
「黄昏を待たずに」って非常にスピード感のある曲なので、あれ?と不思議に思ってる間に、「キスをくーれぇなぁいか~」という最後のキャッチーなメロディー&歌詞で、全て吹っ飛んでしまいますね(笑)。なんとも中毒性のある曲です。

しかしこれは、なぜ二つのキーで解釈できてしまうんでしょうか?

野井:

その理由は、メロディもコード進行も、転調前と転調後のどちらのキーでも使える音、機能を持ったコードで作られているからです。そして、4小節という比較的長い中で、メロディもコードもダイナミックに動いているからだと思います。
メロディを見ても、この箇所は「ドシラソ」の4音を使っておりますが、これはCメジャーでもGメジャーでも使える音です。
ちなみに、今回説明は省略しますが、ラストの「キスをくーれぇなぁいか~」のところでは、しっかり元のCメジャー・キーに戻ります。歌詞と同じタイミングで、ちゃんと収まっているわけですね(笑)。

s.e.i.k.o:
色んな気持ちになっても、最後はそこに戻るという(笑)。
しかしすごい構造ですね! この曲、未聴の方はぜひYouTubeに公式MVが上がっているので聴いてみて欲しいですよね。

本当に転調の前後が自然すぎて、エッシャーのだまし絵を見ているような不思議な気持ちになります。

野井:

そうそう、まさにだまし絵! 僕はASKAさんの曲を聴くと「ルビンの壺」をよく思い出します。解析すれば理屈は一応分かるのですが、聴いているだけでは分からなくなる…そして、いざ自分が作ろうとすると、なかなかできない技です。
正直にいうと、今こうやって説明している時も、「この見解で合っているのかな?」と、何度も心が揺れ動いています(笑)。だってこれ、別に平行調とか考えずにGメジャー・キーそのままで考えても、Ⅶm7(♭5) - Ⅲ7 - Ⅵm(ベースの動きは、ファ♯ 長7度 - シ 長3度 - ミ 長6度)で全然大丈夫なのですから!

s.e.i.k.o:
本当に音楽家泣かせですね(笑)。

野井:
はい(笑)。また、このような手法は、実はクラシックだとバッハの「メヌエット ト長調」でも、何気に使われていたりします。ポップス的に解釈するとBメロがそうで、長くなるのでここでは割愛しますが、どの部分がそうなっているのか、皆さん聴いて考えてみるのも面白いですよ(笑)。

s.e.i.k.o:

ぜひチャレンジしてみます!
しかし、音楽家の方はやっぱり目の付け所が違うなぁ。私などは「next door」や「なぜに君は帰らない」のように、派手に転調し続ける楽曲の方にどうしても注目してしまうので、「転調してるね!すごい!」以外に話が膨らまない(笑)。

今回のような例は、転調の根本的な不思議さに触れられるような、とても奥深い話が伺えたような気がします。

野井:

今回はとりあげなかったですが、勿論「next door」や「なぜに君は帰らない」の転調もものすごくて、これを0からやれと言われたらかなり難易度は高いです。でも、どこで転調したのかは、僕はまだ何となく分かりやすい。
他のアーティストではなかなか見られないユニークな転調、と僕が特に感じているのが、今回挙げたような手法です。
それにプラスして派手な転調も出てくる、そしてそれらが決して独りよがりなものではなく、非常にキャッチーで聴いた人を感動させる手段として成立しているから、結果「ASKAさんの曲は転調がすごい!!」になるのだとと思います。

あと、僕は昔のプロレスも好きなのですが、アントニオ猪木さんと戦った相手が口を揃えて「攻め込んでいるつもりなのに、気付いたら猪木さんのペースで掌で転がされていた」と言うのにも、この転調はなんだか通じるような気がしますね(笑)。

s.e.i.k.o:
出ましたね、野井さんのプロレス好きの一面が(笑)。やはりその道を極めた人というのは、ジャンルを超えて共通するものがあるのかもしれないですね。

ところでASKAさんは、最近のご発言で、転調にはシンセの移調機能も活用する、なんて趣旨のことを謙遜気味におっしゃってましたが、ここで挙げられたポイントのような転調は、単純な移調機能ではまず作れないですよね。
なぜ、こんな転調を取り込もうとするのか…野井さんのお考えではどうですか?

野井:
これは僕の推測なんですが、ASKAさんは幼い頃に、結構クラシックの名曲を聴いていたのではないかと思うのです。先ほど上げたバッハの「メヌエット ト長調」のような楽曲もたくさん聴いてきて、そこで使われている音楽技法を、感覚的に「これいいな!」と思って、その時の快感が、ずっと記憶の中に残っているのではないか、と思います。
また、僕はあまり熱心に聴き込んでいないのですが、おそらくビートルズもそういう技法を使っている気がします。ASKAさんは、ビートルズもかなり研究された時期があるのではないかと勝手に思っているのですが。

でも、そのようなルーツはあくまで憶測であって、最も大きいのは、ご自身が作曲される際にも、気持ち良く聴こえるように作ることを心がけていたら、自然にそういう転調を使っていた、というケースが多いのではないかな、と思っています。凡人からしたら羨ましい限りなのですが(笑)。

s.e.i.k.o:
いやいや、凡人だなんて何をおっしゃる! 最近の野井さんは、≠MEさんの「ポニーテール キュルン」など次々と提供曲がリリースされていて、それらを拝聴するたびに、日常にお話しさせて頂いてるこの関係の非日常を感じております…幸せの中のふとした不安ですよ(笑)。


野井:
いえいえ、こちらもまだまだ精進中なので、これからもお気軽に(笑)。でもありがとうございます!
 因みに、≠MEさんの「ポニーテール キュルン」はとても可愛く作っておりますが、展開の中でチャゲアスの人気曲「モナリザの背中よりも」の転調を、少し参考にさせて頂いたところがあるのです!
本当にASKAさん、チャゲアスの楽曲は奥が深いです。s.e.i.k.oさんが仰った「next door」「なぜに君は帰らない」も、時間のある時に、個人的にまたじっくり分析してみたい楽曲ですね!


●わかっているけど、作れない?!

s.e.i.k.o:
ここまで、連載#3の「音楽家は思う、ASKAのメロディはこうやってできている。」から始まって、ASKAさんの楽曲の特徴を「オフトーク・モード」でいっぱい語って下さいましたね!
まとめると、こんなところでしょうか。

<音楽家の考える、ASKAの楽曲の特徴>
・ペンタトニックを基本に4・7度を巧みに入れる、美しいメロディ
・サブドミナントマイナーとそれに近いコードの持つ、ラ♭の響き
・分数コードとファ♯の響き
・ドミナントにGmを用いる手法
・二つのスケールに共通のメロディ・コードを使った転調

もう、これらを組み合わせれば、ASKAさんのような楽曲が作れてしまいそうな気がするのですが?!

野井:

いや、それが…(笑)。「そこまで知っていたら」と思う方もいるのではないかと思います。しかし、少なくとも僕の場合は、作るのはなかなか難しいと思っているんです。

s.e.i.k.o:
それをいつも仰るのですが、本当になぜなんでしょうか?

野井:
まず今回挙げた、エッシャー、ルビンのような転調法、これが狙ってなかなかできるものではないのです。そしてもう一つ、最も大きな理由があって、今回お話するつもりだったのですが、ちょっと長くなってきたので、次回にしましょう!

s.e.i.k.o:

うわー、一番聞きたいところを!(笑)

野井:
いつもやるやる詐欺ですみません(笑)。次こそは必ずお話すると、絶対にお約束します!

s.e.i.k.o:
次回、ついに「ASKAさんのすごさは『わからない』ところにある」というテーマにたどり着けそうですね! 長い道のりでしたがあと一歩、楽しみにしております。

野井:

こちらこそ、長くお付き合い下さって、ありがとうございました。あと少しですが、どうぞよろしくお願いします!

<シリーズ#6に続く>

野井洋児さんの音楽に興味を持たれた方は、ぜひこちらを。
2020年春にサブスクリプションにて公開されたアルバム『みんなのうた』プロジェクト、そして過去のメジャーリリース作品のYouTubeリストです。
ーーーーー
・『みんなのうた』プロジェクト → https://linkco.re/q7Y9038Z
・メジャーリリース曲MVリスト → https://www.youtube.com/playlist?list=PLiqjsLSlY4qAy59PW4fa57AZw3b3Fro_P
ーーーーー
・他アーティストの話やコード進行の秘訣など、音楽についてより深く知りたくなった方は、野井洋児さんのブログをぜひご覧ください!

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