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六角形の祓い師

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六角形の祓い師が登場する作品をまとめたものです。
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記事一覧

【短編】SEVENTH HEAVEN⑤ -一つ目-

【短編】SEVENTH HEAVEN⑤ -一つ目-

始まりは、母を祝う。子種を宿し、育て生む大地を讃える。
次に、父を祝う。子種をもたらす、雨の恵みに感謝を捧げ。
さらには祖と裔。受け継ぐ過去と、続く未来を想い、尊ぶ。
そして己。此処で鳴る心臓、脈打つ命、巡る心を是と捉え。
最後に祝うは、それら全てを創りし神。世の理を統べる者。

祓いをこの世の禊と捉え、穢れなき世界、それを象る者たちを祝福する。

「それが、祝詞」

あの子の声で、七代目が言う。

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【短編】SEVENTH HEAVEN④ -出鱈目-

【短編】SEVENTH HEAVEN④ -出鱈目-

桜色のワンピースが似合う、そんな女の子になりたかった。

髪を伸ばし、可愛いもので身を固め。ふわふわのシュシュや、パールピンクのネックレス。爪もリップも艶々にして、明るい色をほんのり添えたい。

しかし、違った。生まれ持った私の素地に当てがわれたのは、寒色系のボーイッシュ。柔らかく華やかなものよりは、強く凛々しくが似合うらしい。
純血の祓い師という立ち位置も相まって、私のそうした印象は過度に演出さ

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【短編】SEVENTH HEAVEN③ -賽の目-

【短編】SEVENTH HEAVEN③ -賽の目-

朧月のように淡い灯りを、懸命に辿る。

ミノから聞いた住所は、見知らぬ地方の見知らぬ地名だった。実家から今住んでいる街へ向けた道中、新幹線を途中下車して、さらに地下鉄に乗り換える。最寄とされる駅で降りると、中心街の喧騒はそこにはなく、転がしているスーツケースの音が嫌に響いた。

『私のところにも退去命令が出ました。おそらく直に、監視の目もつく。連絡を取ることが難しくなります』

持参してきた荷物ひ

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【短編】SEVENTH HEAVEN② -裂け目-

【短編】SEVENTH HEAVEN② -裂け目-

卒業の時までに、学外で制服を着る機会がどれほどあるだろう。

せいぜい修学旅行や冠婚葬祭ぐらいではないか、と思っていたのだが、しかし、

「えー普通に休みの日とかでも着てる子いるよ。ディズニー行ったり。そうだ、うちらも行こうよ。制服ディズニー。ショーちゃん、ランド派? シー派? タートルトークあるのって、どっちだっけ」

まさにその制服に着替え終わった彼女が、二倍の台詞量で応酬してきたので、すぐさ

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【短編】SEVENTH HEAVEN① -縫い目-

【短編】SEVENTH HEAVEN① -縫い目-

春と風を引き連れて、その子は私の前に現れた。

すなわち、出会いと変革。

紆余曲折と悲喜交々を経て、念願とも言うべき高校生活を手に入れた私だったが、しかし待っていたのは孤立と虚脱だった。

真新しい制服に身を包み、近代的なガラス張りの校舎へ踏み入ってはみたものの、中にいたのは良くも悪くも、ただの『子供』であった。里にいた同年代と比べ、姿形は幾分垢抜け、立ち振る舞いもこなれた風である一方、本質的な

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【短編】ビタースウィート、或いは紅蓮。⑥

【短編】ビタースウィート、或いは紅蓮。⑥

梅の花。

春の訪れを思わせる薄紅色のその花弁は、裏腹にも、寒空の下に咲き始める。陽射し麗かな出会いの四月、冬の色を纏い現れたショーちゃんと、そういう意味では対をなすモチーフであるのかもしれない。

しかし今、私はそのショーちゃんに、梅の花を感じる思いでいる。

「来てくれてありがとう」

雪原を思わせる白い肌を、ほのかに上気させ。そこに灯る淡いピンクは、まさに彼の花が冬に咲く様。
春の香りを両頬

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【短編】ビタースウィート、或いは紅蓮。⑤

【短編】ビタースウィート、或いは紅蓮。⑤

チョコレートの包み紙を渡してきた奴がいてよ。その時に俺は感動したんだ。

恍惚とした表情で、《物乞い》は語り始めた。

「銀行員をやっていると、いわゆる『金の亡者』とも言える客に出会う。金は金を増やすための手段であり、金を増やす目的もまた金である。そんな連中だ。俺は投資を担当していたからな、そういう客との遭遇率は高かった。そんな奴らの相手をしていると、次第に感化されちまうんだよ。この世の中のものは

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【短編】ビタースウィート、或いは紅蓮。④

【短編】ビタースウィート、或いは紅蓮。④

青写真ってのは、おかしな言葉だよな。

ショーちゃんの制服のリボン。輪っかにしたそれを指先でくるくると回しながら、その霊は言った。

「大方、『未来予想図』みたいな意味で使われているけどよ。写真ってのはそもそも、未来を描くためでなく、過去を記録するためのもんだ。ネガからポジへ、淡く移ろうその先にあるのは、将来の展望ではなく、動かしようのない事実。夢や希望を挟む余地など、一ミリ足りともありはしねぇ」

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【短編】ビタースウィート、或いは紅蓮。③

【短編】ビタースウィート、或いは紅蓮。③

布団から一歩出れば、不本意の連続。そんな毎日だった。

親の仕事の都合により幼少期を欧州で過ごした私は、ようやく帰国した九歳の頃には、すっかり母国語を忘れていた。周囲とのコミュニケーションに難儀し、当初単なる没交渉であったそれは、やがて異質なものを排除せんとする力を持ち始めた。陰口、悪口。言葉がわからずとも明確に伝わる悪意を帯びたそれらに加え、陰湿な実力行使に及ぶ例も時折あった。

ようやく日本語

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【短編】ビタースウィート、或いは紅蓮。②

【短編】ビタースウィート、或いは紅蓮。②

雪化粧のごとく降り積もった埃。ショーちゃんが私を伴い、メガネおさげを連れ込んだのは、かつて私たちが一緒にお昼を食べた物置部屋だった。

校門から最果てにある校舎の二階。扉の正面には薄汚れた窓ガラスが、裏庭の木とコンクリート塀を半透過している。入って右にある棚には丸めた紙や段ボールなど、雑多なものが雑多なままに。唯一清められているのは中央の大机の一部と傍にある椅子二脚で、そこは私とショーちゃんがラン

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【短編】ビタースウィート、或いは紅蓮。①

【短編】ビタースウィート、或いは紅蓮。①

本を書く機会など、この先訪れるかわからない。しかし私がそれをするとしたら、間違いなくあの四ヶ月のことを書くだろう。

中学二年の冬、私は病気にかかり、死の縁まで追いやられた。

原因不明。医者も首を捻る症状に正式な病名診断がなかなか下らず、検査に次ぐ検査を繰り返した。打ち手が見つからぬままに病状は悪化し、やがて回復は絶望的に。水を飲むことすら苦痛となり、点滴でなんとか命を繋ぎながら、病院のベッドで

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【短編】sister

【短編】sister

新しい世界に身を投じるには、往々にしてリスクが伴う。

培った価値観の崩壊。
愛すべき自己の再構築。

昨日の自分と今日の自分の同一性に疑問を抱きながらも、その揺らぎに耐え、親しみの薄い文脈の中「私は私」と名乗れる境地に至るには、存外、多大なエネルギーを要する。より強靭な自己の獲得、そのための洗練と捉えることもできるだろうが、その獲得した自己は果たして従前この手で守り抜いてきたものであろうか。そこ

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【掌編】君に贈るもの、その価値。

【掌編】君に贈るもの、その価値。

誕生日ぐらい顔を見せて頂戴。
そう言われたから、自殺したんです。

扉の向こう側、君は答えた。

「甘いケーキも、大好物のフライドチキンも。プレゼントだってばっちり選んだ。後はあなたの笑顔だけ。そう促され、たまらなくなりました」

廊下に座り、僕は黙って話を聞く。目前にある部屋のドアは、よく見る木目調の合板でできたものであるところ、頑なな君の態度と相まり、堅牢な檻のごとき重圧を放っている。

中学

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【短編】羊頭狗肉マーメイド

【短編】羊頭狗肉マーメイド

ありがとう、と誰に御礼を言えばいいものか。

天に御坐す神様か。この世に生を授けてくれた母親か。齢十五に至るまで、僅かながらの善行を重ね、密かに徳を積んできた私自身か。

ショーちゃんに、お昼に誘われた。

四時限目終了のチャイムが鳴り、いそいそと教科書類を机に仕舞って、お弁当をカバンから取り出しいざぼっち飯、というところで、教室の入り口からただならぬオーラを察知。まさかと思い目を向けると、マイエ

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