おだりょ

25歳/ 心理学部卒。ライター、カメラ。

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カメラじゃ食っていけないけど、自己満の写真が好き

「カメラじゃ食っていけないよ」 当たり前に来ると思っていたけど、いざ言われると返事に困る。 2020年になりたてのころ、大学3年生の僕は当たり前のように進路に迷っていた。「就職したいのかしたくないのか」すらも定まりきっていない、怠惰で優柔不断なメソメソ大学生をしていた。 カメラにハマり始めたのは、たしか大学2年生のころ。FUJIFILMで安いやつ探そ〜と思ってX-E1を中古で購入し、しばらくしてからまだ安かったXF 35mm f1.4も買った。初めての単焦点レンズに「こ

    • あなたは他人、仲の良い他人

      「仲の良い他人……?」と友達がいい、笑いながらも納得した。仲の良い他人だ。まったくの他人であるということから始まり、それでもお互いが気にかけ、下世話な話をし、休日の時間を手羽先に費やす。他人でありながら他人事ではない。他人なのに深く話して時間を使う。最高にしっくりきた。 僕は友達が少ない。なかなか友達と遊ばない。むしろ最近は、パートナーの友達と遊ぶことが増えている。 パートナーは女性。男性があまり好きではない。「なんで男っているの?」と僕をまっすぐみて聞いてくるので「さあ

      • ずっとご機嫌に生きていくなんて無理な話

        その人は、途端によく喋るようになった。 「やっぱ夫婦の間の違いってストレス積もっていきますよね〜私の夫は全く家事とかできなくて。結婚するまでずっと実家で面倒を見てもらっていた人だから、なんにもできないし、多分それでもなんとかなると思ってるんです。誰かがやってくれる的な。」 僕は基本誰かとおしゃべりするときは話すよりも聞くほうが居心地がいいので、たくさん喋ってくれる人だとそれはそれで安心する。 眉毛を整えてもらっている。明後日はとある撮影をしてもらうため、顔面は一定整えて

        • 優しくなりたいときに考えるべき「生物学」

          優しくなるためにはどうすればいいかを考えていた。 最近、対人関係において僕の悪い癖が出てきている。何か指摘されたり注意を受けたりするとすぐに謝ってしまう。 とてもとても身近な人にしか出さない癖だけど、どうにかしたい。本能的かつ反射的に、ものすごく申し訳なさそうに謝ってしまう。 謝るときは申し訳なく感じているのも事実だが、実際の気持ちを深ぼってみるとどうもそれだけではない。 なんとかしてこの場を収めようとする気持ち、これ以上責められたくないと逃げる気持ち、自分だけが悪く

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        カメラじゃ食っていけないけど、自己満の写真が好き

          僕が見ていた夕方の空

          小さい頃から、夕方の空には赤い夕日と家の屋根、そして電線があった。 外で遊んでいいのは午後5時まで。たいてい近所に住む友達の家か、知覚の公園か、住んでいたマンションの前で遊んでいた。 家に向かって歩く道に沿って、電線が伸びている。通り過ぎる家から味噌汁の香りがする。道に沿って建つ塀も、今よりすこし高く大きかった。 家に帰れば、いつでもお母さんがいる。ごはんを作ってくれる。ちょっと早足で歩いていた気がする。 僕がかつて住んでいたのは、駅の近くに建つマンションの5階。その

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          日が沈む瞬間を眺めていると、1日の短さを思い知る

          僕が住んでいるところでは、ざっくり西の方角は山になっている。だから、夕方になって日が沈むときには、山の向こうに太陽が隠れていく感じになる。 太陽が山に接するぐらいになったら、僕は太陽からなるべく目を離さないようにする。昼間には動いていることなんてわからない太陽が、山にすっぽり隠れるまでの時間は意外と短い。 体感でどうだろう、2分も満たないのではないか?ひょっとしたら1分ぐらいかもしれない。きちんと計測していないからわからないけど、目を離したらいつの間にか沈んでしまう。

          日が沈む瞬間を眺めていると、1日の短さを思い知る

          超感動的ストーリーを!みたいなものを追い求めない自分も出てきた

          もちろんストーリー性はコンテンツにとっても重要。感動的であったり、ポジティブであったり、どこか強めのコンテンツを作ろうと頑張っていた時期があったように思える。 取材や調べたものを材料に、「いい文章」「いい記事」に仕立て上げるのがライターだと思っていた。 でも最近、僕の好きな記事を読んでいると、あまりクドさを感じない事に気づいた。感情を押し付けない、強制はしない。なのに読んでいて引き込まれる。 https://baycrews.jp/feature/detail/7456

          超感動的ストーリーを!みたいなものを追い求めない自分も出てきた

          人間の攻撃性に対抗するには?

          前回、人の攻撃性に関するnoteを書きました。 すると読んでくれたお友達から「人はやはり利己的なのか……」というコメントを頂きました。人が利己的というよりも、「種が反映するための仕組みを備えた生物がたまたま生き残ってきた」が正しいと思うので、利己的という言葉は僕的には当てはまらないのでは?と思います。 ただ、人の攻撃性によって一定の不利益が生じているのも事実。アウシュビッツ強制収容所みたいなものなんて、金輪際生まれないほうがいいですよね。 人間の攻撃性を止めるための研究

          人間の攻撃性に対抗するには?

          人間って、優しいのに怖い生物ですよね

          10月に入ってから一気に秋になりましたね。秋になるのはいつもは寂しいけど、今年は「やっとか!」という感じです。 この記事を書いている今は世界情勢が超不安定。ウクライナとロシアの争いも終りが見えないし、イスラエルまわりもついに大きく動いてしまいました。 人間はおぞましい生き物だなと感じます。みんな平和にいこうよ〜って言ってる自分も、ちょくちょく他人に腹を立てている以上、ひょっとしたら人のこと言えないのかもしれません。 そんな今回は、人間の攻撃性に関する論文を読んでみたよ〜

          人間って、優しいのに怖い生物ですよね

          言葉にならなさを尊重しつつ、言葉で輪郭を

          なぜこんなにも夕日と琵琶湖が作る景色は綺麗なんだろう、と彦根に住んでいた頃はずっと考えていた。 その光景は、言葉になんてできない。ただただ圧倒されていたし、それでいて親しみやすくて、大好きだ。最近、また彦根に遊びにいきたくなっている。 その景色の、「言葉にならなさ」は大切にしていきたい。「息を飲むような壮大な光景」のように、世間でも社会でも使い倒された表現に落ち着かせてしまうには、少々勿体無いように感じてしまう僕のワガママ。 それと同時に、その「言葉にならないもの」を形

          言葉にならなさを尊重しつつ、言葉で輪郭を

          いい仕事がしたい、と思えるようになった

          引っ越しがようやく終わり、と書き始めたけど、部屋にはまだ段ボールがいっぱい残っている。 引っ越してからも家で仕事をし、週末は予定が詰まり、引っ越しやその他諸々の大きめイベントが重なり貯金残高が劇的に少なくて落ち込み、美味しい飯を食べて日記を書いている。 少し生活が落ち着いてきた。さて、どんな仕事がしたいんだろう、と考えられるようになってきた。 会社の仕事と副業先での納品物に追われ、てんやわんやではあった(今も割とそうだけど)ものの、そのように「この先の仕事」について考え

          いい仕事がしたい、と思えるようになった

          【日記】ホルモン焼肉

          妹子と映画を見てきた。ワイルドスピードはやっぱりいい映画。簡潔かつ壮大で惹きつけるストーリー、ド派手アクション、筋肉マッチョ、あとド派手アクションがたまらない。 妹子は大学生になり、大学生の頃の僕のように京都府民になった。僕と違うのは、京都の中でも都会寄り、京都っぽいところに住んでいる点。 僕もこのあいだ、京都に再度引っ越してきた。そのときからずっと「ワイスピが見たい!」とLINEが来ていた。 行こう行こう、僕の彼女はきっと得意ではないジャンルだけど、我が家三兄弟(姉も

          【日記】ホルモン焼肉

          動かしがたい「事実」を前に

          最近、「AIで〇〇を作れるようになる!」と大喜びしている人たちを眺めている。同じような気持ちにもなるし、でも複雑な気持ちを抱くこともある。 ここからきっと、生きる世界は無限に、複雑に、理解不能なほどひっくり返る。今の僕の予測や不安は、きっと何も役立たないほどに、変わっていく。 仕事は、きっとなくなる。僕のようなライターなんて、すぐに淘汰される。でもそのころにはきっと、ずっとたくさんの人たちが仕事を追われている気もする。 そんなことはどうなってもいい。今は。(って言いつつ

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          「辛いことは避けよう」は限界がある

          超がつくほどの駄文。 ストレスのもとは避けた方がいいとか、心地よいものを重視する生き方は突き詰めれば限界がくる。 適度なものがいい、ということはつまり「避けられない辛さは絶対に存在する、だから抵抗はやめて受け入れよう」ということと同意になる気がする。 「充実した人生」とか「生きている価値」みたいなものを追求すると、絶対に、必ず苦しいことや辛いことやめんどくさいことや悲しいことにぶち当たる。避けられないし、避けようとすることでより大きな辛さを経験することになる。 そのた

          「辛いことは避けよう」は限界がある

          死んだらみんな屍なのだ

          こうも家の中でパソコンだけ見て、四六時中ひとりで過ごしていると、漠然と調子が悪くなる。 調子が悪い、だけではもったいない。何がどう調子悪いのか。 まず睡眠のリズムが崩れた。これは2日間、目覚ましをギリギリまで遅い時間にセットして寝たら戻った。 人との関わりを欲しているように感じる。彼女と電話したら、ちょっと調子良くなった。 でも、先週までのめり込んでいた読書には身が入らないし、仕事のペースも2/3くらいまで落ちた。ヘマもやらかした。 あと、暗いニュースに触れた。AI

          死んだらみんな屍なのだ

          意味のないことを

          基本的にカメラを持ち歩いている。最近は写真よりも動画を撮る方が多い。もはや写真を撮るように動画を撮る。 FUJIFILMのそれなりにいいカメラを使っているから、その後編集がしやすい。カラーグレーディングといって、撮った映像を自分好みのカラーやコントラストにしていく作業。 僕のカメラで動画を撮ると、こんな感じになる。 色は薄く、コントラストは低く、のっぺりしている。 いわば塗り絵みたいなもので、ここから自分好みに映像の見栄えを整えていく。 この作業が好きでたまらない。

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