見出し画像

夢の涯てまでも

全世界から
飛行船に乗ってやって来た紳士淑女たちは
期待に胸を膨らませて
広場の巨大テントへと吸い込まれていく

 夢を再現する機械が発明されました
 本日大公開
 三日間、無料でお試しになれます

シュッポ、シュッポ、シュッポ、シュッポ
あなたの頭に電極をいっぱいつけて
蒸気機関につなげます
タービンがまわり
数千本の真空管がギラギラ光ります
大迫力の円錐型回転鏡に
あなたの昨日の夢が映し出されます
それは生涯忘れることのできない
めくるめく体験
シュッポ、シュッポ、シュッポ、シュッポ
夜に見た夢なんて
目覚めた瞬間にあらかた忘れてしまうもの
夢の再生は 脳の奥深くに眠る
人跡未踏の集合無意識との出会いの旅です

テントから出てくる紳士淑女の瞳孔は
魂を抜かれたひものみたいになっている
(いったい何を見たの?)
プライバシー保護法の向こう側は
アクセス困難な高度セキュリティ領域
シュッポ、シュッポ、シュッポ、シュッポ
心神喪失のリスクを冒してまでも
紳士淑女の皆様は集まってくる
おぞましくも美しい夢の伽藍建築を
秘蔵のコレクションに収めます
(私にもひとつ分けていただけませんか?)

一回100万ポラーノ
世界一周大気球旅行の10倍の価格
夢の蒸気機関は富裕層に独占されるに至った
自らの生涯を蕩尽して
一夜限りのスペクタクルに賭ける
酔狂な紳士淑女の方々

 幻覚
  眩暈
   エクスタシー
    混沌
     深甚なる恐怖
          神秘
        ※△✖️(O_O)□☆
           巨大曼荼羅が見える

             そして...
              最終覚醒

とか何とか

レトリックを振り回されてもチンプンカンプン
何かとてつもないものらしいが
この機械のために 毎日
莫大な蒸気エネルギーが消費されている
けしからん話

ここアステカ市の中央には世界でも有数の蒸気エネルギー施設が設置されており、市の産業と人々の生活を支えていた。ところが現在では生産されたエネルギーのほぼ90%がこの酔狂な機械の動力として使われている。市中をせわしなく走りまわっていた蒸気自動車は最近では姿を見かけなくなり、代わりに日に一度、世界の富裕層を乗せた巨大飛行船が濛々とけむりを吹いて広場に到着する。市の経済は思わしくないが、来客者向けの蒸気飴はよく売れているようだ。市民は街が姿を変えてしまったことをとても悲しんでいるが、蒸気飴の味だけは昔と変わらない。古きよき蒸気の時代の記憶を蘇らせてくれる蒸気飴を嘗めることだけが、彼らの唯一の心の支えとなっている。

汐田大輝著『虚構都市めぐり』より

 口に含めば今ここが桃源郷となる蒸気飴
 夢の涯てまでもいけるなら
 一度切りの人生、棒に振っても構わない
 いっそ
 脳神経を熱く走り抜ける蒸気に
 この身を任せてしまおうか
 ああ お金さえあれば
 一度でいいから夢の涯てまでも行ってみたい

そんな歌詞の演歌が
最近、巷で流行っているらしい
ブアアン ブアアンと
ボイラーを鳴らして喉を唸らすナガシが
毎夜酒場をうろついて
みみっちい投げ銭をせしめている
酒場は蒸気で濛々としている
何も見えやしない それでも
ブアアン ブアアンと 聞こえてくると
もうたまらない
一生に一度でいいから
夢の涯てまでも行ってみたい

甘ったるい歌に酔い痴れる骨抜き市民を尻目に
革命的市民が立ち上がる
夢を民衆のものに
蒸気銃 蒸気弓 蒸気手榴弾
なけなしの蒸気エネルギーから創り出した
鬼のような最終兵器を片手に進撃する
テント経営者たちは蒸気ミサイルで対抗
全てを夢まぼろしに融かしてしまう
真っ白なけむりを大噴射
アステカ市は濛々とした蒸気に覆われ
夢と真実とフェイクと逃れられない現実と
表層意識と深層無意識
呼吸困難眩惑無限の混沌の中に沈んでいく

天上の神々はケタケタと笑い転げている
宇宙空間は暖かい湯気に包まれて
よきかな よきかな


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?