見出し画像

東京逍遥



 お口くちゅくちゅモンダミン♪のメロディを聞いて降り立つ山手線神田駅から、ひょいと浮世小路を折れ、小津和紙の「久」が輝くビル方向、だからといって百兵衛さんのように長谷川町に出る訳もなく、かといって久蔵みたいに椙森神社にも行かず、伊場仙で国芳にも会わずに小舟町パークレットで、子どもたちが遊ぶ公園を窓越しに見ながらサワードウとクラフトビールという寸法。ごめんねマツムラ。

 冷たい風にほろ酔いの心持ちよくうかうかと、昭和通りをひとまたぎ、神田駅から垣間見た日本橋を渡りつつ、揺れる気持ちは食後の一服、榮太郎と東洋と薔薇窓とヤエチカアロマを乗り越えてイノダの砂糖もミルクも入った一杯を、大工事中の八重洲界隈を見ながら、そして今は無き三条店を思いながら。

 もはや平日も休日もなく大混雑の東京駅を離れ、ヤンマーの高級トラクターを横目に外堀通り、もう工事現場だらけで楽しくない風景と思いきや、重機好きにはたまらないエリアでもあり、コレド日本橋の隣といい、戸田建設本社ビルといい、八重洲京橋界隈といい、天突く鉄骨マシンの雄姿はスクラッチ&ビルド天国の東京なればこそかも知れぬ。

 そんな大雑把な力技を見せつけられた後じゃなくても、『ポトフ』の濃密な調理場面は見る者の心を掴んで離すことはなく、気が付くと身を乗り出して匂いを嗅ごうとすらしている自分がいて、謎に満ちた女性料理人と美食に人生を捧げた男の心の動きと豊かな自然と美しい邸宅、そして味覚に鋭く特別な感性を持つ少女の行く末が、極上ソースの如く仕込まれていく。

 フレンチのフルコースを堪能したかのような心持ちでシネスイッチ銀座を出れば、とっくに日が暮れた銀座の街並みが色鮮やかに輝き、ふと三州屋銀座一丁目店と升本が消えた切なさが襲ってきそうなので、逃げろや逃げろ向かえ新橋とばかり、並木通りから銀座ナイン、土橋を過ぎればもう駅前という有難き幸せを噛み締めて、まぁ落ち着け先ず一杯とガード下ドライドックのカウンターできめ細かい泡と美しき黄金色のハーモニー。

 ここから先はお約束のニュー新橋ビルを入ってエスカレーターを降り、迷路を進んで角店の焼き場で「こんばんわお母さん」、店内の対角線上のテーブルを指さして「待ってるよ」の一言もお約束で、外から回っていつもの席で乾杯のし直しをして、そのうちお仲間も現れて夜も更けいくのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?