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コロナ以降、現地留学はどんな意味をもつのか ―オンラインで海外大学院に行こう! マガジン #42

こんにちは。
岸 志帆莉です。

このマガジンでは、「オンラインで海外の大学院に行く」(=オンライン留学)というテーマで定期的に情報をお届けしています。

これまでの記事を通して、オンライン留学の多様な姿に触れていただけたのではないかと思います。一方、なかにはこんな印象を抱かれた方もいるかもしれません。

「なんだ、オンラインでここまでできるんだ。じゃあもう海外へは行かなくていいじゃない」

そんな意見について、今日は私なりの考えをお話ししたいと思います。

海外留学の意義は残り続けていく

オンラインで学べるならもう海外に行かなくていいのでは?という考えに対して私自身の考えをひとことで言うなら、「Yes and no」です。

まずオンラインでも多くのことが学べるという点では確かにYesです。しかしオンライン化が進んだことにより海外留学の意義がなくなったかというと、そうは思いません。学習がどれだけオンライン化しても、海外留学の意義は残り続けていくと思っています。

これからの時代に海外留学することの意味は大きく分けて2つありますひとつは自分を壊して再構築すること、もうひとつは社会の痛みに敏感になることです。

自分を壊して再構築する

自分を壊して再構築するとはどういうことでしょうか。

海外生活は、自分をとりまく物事がほとんど無力化されるところからスタートします。まず現地の言葉ができないとなにもできません。私自身、過去にフランスに留学したときはフランス語力がほぼゼロの状態で渡ったこともあり色々と苦労しました。地下鉄を降りても出口がどこかわからず、乗り換え口の方に進んでは駅の中を無限ループしているような状態でした。街中のフランス語がひとつも理解できず、街頭デモで地下鉄が封鎖されていた日に駅に降りかけて屈強な警察官に取り押さえられたこともあります。当時は自分自身の生きる力の低さに愕然としたものです。そして今は中国に暮らしながら、同じような状況を一から繰り返しています。

海外に拠点を移すと、日本で築いてきた社会的資産も一旦リセットされます。人間関係や信用をそのまま海外へ持っていくことはできません。学歴や資格などもそのまま通用するとは限りません。近所付き合いや地域との関係もゼロから再スタートです。まさに見知らぬ人々の村に裸一貫で入っていくようなものです。そんな状態で一から生活を作り上げていくこと、それが海外生活です。

そんななかで頼れるものは自分自身しかありません。肩書きや地位を脱ぎ去ったあとの自分になにが残るのか。自分に何ができるのか。そもそも自分はいったいどのような人間なのか。自問自答や試行錯誤をくりかえしながら、自分自身を再構築していきます。そのプロセスには傷も伴いますが、成長のための傷は恐れることはないと思っています。

日本古来の伝統技法に「金継ぎ」というものがあります。金継ぎとは、破損した陶器などを漆や金粉を使って直す修復技法のことです。割れたり欠けたりした部分を漆でつなぎ、その傷跡に金粉を施して修復します。金継ぎでは、傷跡を表情や「景色」としてとらえて装飾します。傷をなかったことにするのではなく、壊れたという事実もその陶器の大切な歴史と捉え、そこに美しさを見出します。

自分を壊して再構築することには傷が伴います。しかしそれによって新たな表情や景色を手に入れることができます。傷つく度に見える世界が広がり、自分自身を彩る表情も増えていきます。そう考えると、とても素敵なことではないでしょうか。

また自己破壊と再生を繰り返すことで、自分自身を金継ぎする方法も少しずつ学んでいくことができます。さらに自分自身の不完全さも受け入れやすくなります。壊れても修復すればいいし、そもそも完全である必要すらない。そんなふうに自分自身の不完全さをポジティブに捉えることができれば、今よりすこし生きやすくなるのではないでしょうか。

社会の痛みを知る

海外留学のもうひとつの意義は社会の痛みを知ることです。

私たちは日々さまざまな人々と関わりあいながら暮らしています。しかし相手の気持ちや痛みを理解するのはとても難しいことです。ごく身近な人であっても、痛みの存在にすら気づけないこともあります。

フランスにいたころ、さまざまな種類の差別や不理解を経験しました。外国人として、アジア人として、あるいは女性として。犯罪やトラブルに巻き込まれたこともあります。ある日帰宅したら自宅のドアが誰かに壊されて侵入されていたことがありました。自宅から徒歩圏でテロが起こったこともあります。それらを身をもって経験し、いろいろなことを知りました。外国人として暮らしていくことがいかに大変か。差別とはいかに不毛なことか。身の危険を感じながら暮らすことがどれほど恐ろしく心細いものか――。こうした痛みを通して、世の中のさまざまな問題が以前よりも「自分ごと」として迫ってくるようになりました。そして身の回りの大切な人々の痛みにも多少敏感になることができたのではないかと思います。

もちろん日本に暮らしながらさまざまな立場を経験することもできますが、海外に暮らすことの意義を挙げるとすれば、それらを「期間限定で」体験できることかもしれません。永住者ではない限り、いつかは日本に帰る方が多いことでしょう。仮になにか問題が起こったとしても、たいていは留学期間中におさまります。自分のなかに残ったことは水に流せばいいことです。

もちろんその境遇にどっぷりつかってみないと見えてこないことはたくさんあります。ただほんの一部だけでも体験してみることで、なにかしら思いを馳せることができるようになります。金継ぎと同じく、心の傷あとが増えることで見えてくる景色も変わります。留学という非日常のなかでさまざまな境遇を経験しながら心の引き出しを増やせること。それにより、人や自分により優しく生きられるようになること。それこそが留学のもうひとつの意義だと考えています。

そう考えると、若者だけでなく社会人が海外に挑戦することの意義はとても大きいと思います。今は留学に限らず、ワーケーションやボランティアなど社会人が海外に挑戦できる道は増えています。社会人こそ海外に積極的にチャレンジし、より人生を豊かにしていけたらいいですね。

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