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ライティングの生産性を上げるには? ―文豪たちの工夫からヒントを探る (オンラインで海外大学院に行こう! マガジン #13)

こんにちは。
岸 志帆莉です。

このマガジンでは、「オンラインで海外の大学院に行く」というテーマで定期的に情報をお届けしています。

海外の大学院ではライティングの課題がよく出ます。専攻にもよりますが、数千~数万ワードの文章を定期的に書いていくことになります。ライティングに苦手意識を持つ方は不安に思うかもしれません。

そこで今日はライティングをテーマにお届けします。書く習慣をつけるにはどうすればいいのでしょうか? 長文を書くためのコツは?その道のプロたちの実践を参考に一緒に考えていきましょう。とくに後世に残る名作の数々を生み出してきた文豪たちは、書き続けるためにさまざまな工夫をこらしています。彼らの工夫をひもときながら、書き続けるためのヒントを探っていきましょう。

「書くか、それとも退屈に耐えるか」 ―レイモンド・チャンドラー

アメリカの作家レイモンド・チャンドラーは、毎日書き続けるためにかなりストイックなルールを課していました。すなわち「書くか、何もしないか」です。なにひとつ書けそうにない日も書く以外のことは一切せず、ひたすら退屈という名の苦痛に耐えるということです。

やる気が起きないとき、ついスマートフォンに手が伸びたりしますよね。退屈しのぎに別の用事に取りかかったりすることもあります。しかしチャンドラーはそれらの誘惑を断ち切り「書くか、それとも退屈に耐えるか」の二択のみを自分に与えていたそうです。

たしかに退屈に耐えるくらいなら、一文字でも何か書いてみようかという気になりますよね。そしていざ一文字書いてみるとそこから二言、三言と続いていく。そうやって気がつけば数行書けていたりする。書くときに一番大変なのは、実は最初の一文字なんですよね。そんな心理をうまく利用した工夫です。

ちなみに、書く以外になにもできない環境を強制的に作り出すため、さらにストイックな方法を取り入れた文豪たちもいます。ひとりは『レ・ミゼラブル』で有名なフランスの作家ヴィクトル・ユゴー。言い伝えによれば、彼は執筆中に自分の服をすべて使用人に預け、終わるまでどこかに隠しておくよう指示していたそうです。さらにアメリカの作家ハーマン・メルヴィルにいたっては、代表作『白鯨』の執筆中、妻に頼んで自分の体を机に縛りつけさせていたという言い伝えもあります。後世に残る名作は、並々ならぬ努力の賜物だったのですね……。一般の人にはなかなか真似できませんが、なにか一つ私たちに実践できることがあるとすれば「まずはとにかく机に座ってみる」ということではないでしょうか。それさえできれば、書きはじめられたも同然なのかもしれません。

「書き終わるまでリライトしない」 ―ジョン・スタインベック

『怒りの葡萄』で知られるアメリカの作家ジョン・スタインベックは、作品の全体を書き上げるまで決してリライトや修正を加えなかったそうです。

「自由に、そしてできるだけ早く紙上にすべてをぶちまける。すべてを書き終えるまでは、修正もリライトもしてはならない。そんなことをすれば、続きを書かない理由ばかり見つけてしまうだろう。またリライトをすることで執筆のリズムやフローが遮断されてしまう」(拙訳)

文章を書いていると、つい途中で見返したりちょこちょこ修正を加えたくなります。でもその気持ちをぐっとこらえて突き進む。後ろは振り返らない。ただ前へ進むのみ――。それがライティングにおいて大切だということです。

書くことはおもに二つの作業から成り立っています。ひとつは文章を書き進めること、もうひとつは書いたものを見直すこと(=推敲)です。これらの作業をしているとき、実は脳の中ではまったく違うことが起こっています。

文章を書きはじめると、脳のなかは「発散モード」とよばれる状態になります。発散モードの脳では言葉がどんどん浮かんできて、流れに乗って執筆することができます。これがスタインベックのいう「フロー」の状態です。

一方、推敲をしているときの脳は「集中モード」に切り替わります。集中モードでは細かい事柄に注意が向くようになり、推敲作業がはかどります。

このように、それぞれの作業に適した脳の働きは異なります。そしてこれらのモードは切り替えに時間がかかるため、執筆と推敲を同時進行で行うことは非効率的なのです。

まずはとにかく全体を書き上げること。途中で読み返したり修正したりせず、まずは大雑把でもいいのでドラフトを仕上げてしまうのが効果的ということです。

「文の途中で書くのをやめる」 ―アーネスト・ヘミングウェイ

アメリカの作家アーネスト・ヘミングウェイは、書いているときに最もいいところでやめるのが書き続けるコツだと残しています。

「書いていて調子がよく、次の展開が見えてきたときには、そこで書くのをやめる。毎日こうしていれば行き詰まることはない。ひとたび手を止めたら、翌日まで原稿について考えたり心配したりしないことだ。その間は「無意識」が仕事をしてくれる。ひとたび原稿のことを気にしはじめると、無意識の仕事を邪魔することになり、翌日には脳が疲れ切っているだろう」 (拙訳)

これは何事もキリよく終えたい人にとっては苦痛かもしれません。しかしこのヘミングウェイの工夫にも科学的な裏付けがあります。

神経科学等の研究によれば、前述の「発散モード」は休息しているあいだにも無意識下で働くそうです。そして直前まで取り組んでいたことを脳内で整理してくれるということです。よく睡眠を取ることで学習内容が定着するといいますが、これは発散モードの働きのおかげです。

この原理を利用する方法は簡単です。ひとつの作業に一定時間取り組んだあと、スパッとやめて寝ることです。寝るのが難しければ、家事や単純作業など頭を使わずにできる作業にしばらく専念してもかまいません。そうして脳を休ませることで発散モードが作動し、直前まで書いていた内容を整理してくれます。それにより続きを書き出しやすくなるというわけです。ヘミングウェイの工夫は理にかなっていたんですね。

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今日は文豪たちの工夫からライティングのコツを探ってきました。

今回ご紹介した工夫は私も普段から取り入れていて、効果を感じています(※ ただしさすがにユゴーとメルヴィルの方法だけはいまだ実践できずにいます)。

書きはじめることに課題を抱えている人は、まずはチャンドラーの工夫から試してみてはいかがでしょうか。書けなくてもいいから、まずはパソコンの前に座ってみること。そうすることで、退屈に耐えかねていつのまにか書き出しの一言を探している自分に気づくかもしれません。

なにも書けずに終わったとしても、その時間は決して無駄にはなりません。その間に脳内では発散モードが働き、明日書けるようになるための準備をしてくれているはずです。

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