ショート 6 いつかのわたしたちへ
お久しぶりです。
あなたに手紙を書くなんて、何年振りでしょうか。
懐かしく思えてきたので、ずーっと昔の私たちの出会いからお話ししますね。
約600キロ離れた雪国へ、出張でやってきた。
3ヶ月間の慣れない場所での仕事。
お客さんから喫茶店やバーで流して欲しい音楽を電話で受け付け、レコードを用意し流す。それが私の仕事でした。
1日に何百もの電話がくる。
今日も電話がなります。
「もしもし。」
「“俺はお前に弱いんだ”を流して欲しいんですが。」
「ありがとうございます。ほな。流させていただきます。おおきに。」
生まれ育った関西の方言は抜けず、つい離れた場所でもこの話し方になってしまう。
また電話が鳴った。
「もしもし。」
「あ、さっき電話した者ですが、、」
これは、怒られるやつだ。そう思いました。
流れるのが遅いだの、何度も怒りの電話の対応はしていて、咄嗟に謝っていたものですから。
「すんません。今準備してますんで、お待ちいただけますか?」
こんなマニュアルな言葉も関西弁になってしまう。
「いや、違くて。あんた、関西の人?」
「はい、そうですけど」
「そうなんだ。名前は?」
「伊吹陽子です。」
「芸名聞いてるんじゃないよ。」
「いや、これほんまに私の名前なんですよ。」
「ほんとに、伊吹?」
「はい。」
「そっか。じゃあ」
電話が切れた。
何だったんだろう?なにを知りたくてなにを伝えたかったのか、私には分かりませんでした。
それでもその人からの電話は次の日もその次の日もきて、気づけば1ヶ月、毎日きていました。
今日も電話が鳴る。
「もしもし。」
「伊吹さんですか?」
「はい。そうですけど。」
「あの、もしだったら、お仕事が休みの日、会いませんか?喫茶店でお茶でも、、お休みの日教えてください」
突然の出来事に、時が止まったかのようでした。
なぜこんなことを言うのか、それでもなぜか私は断る気にはなれず、スケジュールを確認しました。今週末、仕事が休みなのは、土曜日。
「今週の土曜日はお休みです。」
「そうですか。そしたら、〇〇駅前で11時に待ってます。週刊誌を持って待っています。」
「あ、名前はなんていいはるんですか?」
「小田です。それじゃあ」
小田さんからの電話が切れた。
そして、土曜日に会うことになった。まだ顔も知らない小田さんと。そう、あなたと。
土曜日の11時。駅前には、週刊誌を丸めて持っていた男性がいました。
「はじめまして、小田さんですか?」
「伊吹さんですか?はじめまして」
それから、喫茶店へ行きお茶をしながらたくさん話をしました。
3ヶ月の出張が終わる頃、もう一度あなたと会う機会がありました。湖で白鳥を、白い雪を、みましたね。
帰り際
「住所教えてもらえないかな。手紙書きたいんだ。」
「ええですよ。」
2度会っただけだったけど、悪い人ではないことは分かっていたし、実家の住所を教えたんです。
出張が終わり、関西の実家へ帰ると、
あなたからの手紙はもうすでにきていました。
一目惚れをしました。好きです。大好きです。
そんな言葉が、手紙には書かれていて、
嬉しいけど、まだ私はあなたのことをあまり知らない。
この時はまだ、あなたに特別な気持ちは抱いていませんでした。
けれど、1日に2、3通届く手紙に書かれた素直でまっすぐなあなたの気持ちを受け止めていくうちに、いつのまにか好きになっていたんですよ。
それから少ししてから、あなたが私の地元へ会いにきてくれましたね。そして告白されお付き合いをすることに。
それでも帰ってしまえば距離は600キロ。
会いたくても簡単には会えない。
好きなのに、大好きなのに、会えなくて、星を見て泣いて、月を見て泣いた夜。
何度も手紙のやりとりをして、それからまたあなたの元へ会いにいきました。
あなたからプロポーズをされ、地元の妹と父に伝えると、そんな遠いところに行かなくてもと反対されたけど、あなたと一緒になりたい。
そう思い、生まれ育ったあの地を去り、あなたの元へやってきたのです。
22歳のことでしたね。
それから、約半世紀。
子どもは3人できて、孫は5人、ひ孫が5人。
大好きなあなたは、54歳で亡くなってしまったけれど、今私はとても幸せな日々を暮らしています。
たまに夢に出てきてくれるあなた。
会いたいと思うけれど、そんな寂しさも子どもたちや孫、ひ孫がいてくれるおかげで賑やかで、私は幸せに暮らしています。
そういえば、孫の1人に最近ボーイフレンドができたようですよ。
相手は東京の人。
出逢いは、私にはよくわからない携帯の中で出逢ったらしいんだけど、なんとこれが、私たちと似ているんです。
顔も見たことない人と、駅前で待ち合わせたんですって。
〇〇色の服を着てるからって教えてもらって。
今では手紙のやりとりもしているの。
いつかの私たちみたいでしょ?
話を聞いた時、なんでこんなにおんなじなのかなぁ?ってびっくりしちゃった。
どうか、2人が幸せになれるよう、あなたもお空から見守っていてください。
どうか、どうか、よろしくおねがいね?
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今回のショートストーリーは、実話です。
私のおばあちゃんとおじいちゃんのお話。
おじいちゃんは私が生まれる前に亡くなっていて会ったことはないけれど、おばあちゃんやお母さんからお話を聞いていました。
孫に彼氏ができた話は、私の実話。
おばあちゃんに、彼との出会いを話したら、
私とおんなじやなぁと、おじいちゃんとの馴れ初めをお話ししてくれました。
時々おじいちゃんの悪口を思い出したみたいにこそっと言うけれど、自分とおじいちゃんの2人分の結婚指輪を左手薬指につけている。
亡くなって約30年経っても毎日仏壇に話しかけている。
そんなおばあちゃんの毎日から、おじいちゃんへの愛を感じます。
空と陸の遠距離だけど、まだまだ気持ちは変わらないみたい。
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