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【SS】世界は回る、変わらず回る(781文字)

オフィスの扉をあけると「おかえり。」と声を掛けられた。

休職あけの今日。
数か月ぶりに出勤する私を上司が温かく迎えてくれた。

ある朝、急にどうしようもなく苦しくなり会社を休んだ。
そのまま数か月間休むことになった。
医者は「あなたが自然に行きたいと思えるようになったら行けばいい。」と言った。

会社に行きたいなんてもう一生思えないだろうという当初の予想に反して、またある朝、理由もなく戻る気になった。
医者はしてやったり、という顔をするわけでもなく、「じゃあ行っておいで。」と言った。

上司から復帰後の業務の説明を受ける。
当面の間は、誰にでもできる仕事を担当することになった。
でも、誰かがやらなくてはいけない仕事だ。

同僚も「待ってたよ。」と優しい声を掛けてくれる。
彼らはとても自然に私を出迎え、そしてせわしなくみずからの日常へと帰っていく。

自分がいなくても組織は、社会は、世界は回る。
そんな当たり前のことを改めて感じて、すっと胸が軽くなる。

休職中に読んだ本を思い出す。

あなたがいなくても組織は回ります。
そうでない組織は健全とは言えないのです。

うん。私の会社はとても健全だ。

定時にパソコンの電源を切り、上司に挨拶をして退社する。
しばらくの間は無理は禁物だ。

***

我が家の扉をあけると「おかえり。」と声を掛けられた。
先に帰っていた夫が私を迎えに玄関まで来てくれたようだ。

「久しぶりの会社はどうだった?」
「ん…ちょっとだけ緊張したけど、みんな優しかったよ。」
「それはよかった。おつかれさま。」

そう言って、子供を褒めるときみたいに私の頭を優しくなでる。

このひとの世界もきっと、私がいなくても回っていく。

「帰ってきたとき、私がいなくて寂しかった?」
「うん、めちゃくちゃ。」

でも、ひとつくらい私なしでは回らない場所があれば嬉しいかもしれない。
それが夫の住む世界であればいいと、思う。




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