「忍者」が企業ロゴに!? デザイン制作のドラマ
こんにちは。グラフィックデザイナーの安村シンです。
今回は、とある企業ロゴのデザイン制作のドラマをお届けします。
企業の名前は「株式会社E-ステージ」さん。
YouTubeを活用した発信を得意として、ユーチューバーや企業、地方自治体の映像・配信のプロデュースなどを手掛けています。
そして、企業のロゴはこちら。
(↑忍者らしきものが。)
この忍者ロゴは、企業を象徴するシンボル、ロゴマークとして提案・採用を頂いたものです。
一見かなり特殊で変わったデザインです。ですがその裏には冷静な戦略や検証が隠れています。
今回はロゴ制作のドラマを通じて、そのデザインの舞台裏をご紹介します。
1. 「忍者を使いたい」
ロゴ制作をする際、まず始めにヒアリングを行います。
企業がどのような仕事をされているのかを知ること、そしてどんな想いで仕事をしているかもロゴ制作においては大切な要素です。
いわば事業内容と企業理念。これらを話を伺いながら、時には整理して行き、ロゴデザインの芯となる部分を探ります。
ヒアリングは、オンライン上で行う場合もあれば、対面で伺うこともあります。今回はお互いのオフィスが近かったこともあり、実際にお会いして行いました。
株式会社E-ステージのCEO、しっしーこと獅子目さんとの打ち合わせで、伺ったオーダーは初めから相当尖ったものでした。
「もしできれば、忍者を使いたい」
忍者は日本的なモチーフであり、忍びの存在です。
日本のいいところを世界に向けて発信したい。海外にも刺さるコンテンツとしても「忍者」は強い。
またYouTubeでの発信を助ける仕事内容とも親和性はとても高いということでした。
初めは驚きましたが、説明を聞いて納得しました。
とはいえ、会社のロゴです。尖りきった忍者デザインの一択で進めるのは危険と感じました。
なにせ忍者は、現存しません。歴史的資料や写真もほとんど残っていないため、どうしても創作の世界からイメージを引用することになります。
一歩間違えば「ナルト」になってしまいますし、「忍者タートルズ」や「ハットリくん」「赤影」など、忍者モチーフで濃い世界を持っているキャラクターがたくさん存在しています。それらの世界観に引っ張られてしまえば、会社独自のイメージを打ち出すことが難しいことも十分考えられます。
そうなっては、本末転倒。そのため忍者感のあるものを作りながら、そうでない方向のデザインも探り、ご提案することを約束しました。
2. 表現方法を探る
忍者でロゴと聞いて始めに浮かんだのは、ロゴマークに忍者シルエットを採用することです。
しかし、これを想像してみると・・・
(↑絶対に、こうではない)
すごく怪しいものになってしまいました。
忍者と一口に言っても、それを表現する手段は様々です。
手裏剣やクナイだけでも忍者らしさが出せますし、額当てもありかもしれません。(それは「ナルト」に引っ張られそうですが)
ひとまず、全身のシルエットをそのまま入れるのは厳しそうです。手段を間違えたら大事故になる予感がしました。
■ フラットデザイン x 忍者
そうして表現方法を考えていたら、ふと"フラットデザイン"を取り入れるのが良いのでは、と思い至りました。
立体的に見える要素を極力抑えた無駄の少ないデザインで、2010年代前半に、ウインドウズやMacのOSに採用されてからIT系・WEB界隈で流行しました。
その流れを組んで、忍者×フラットデザインにすることでYouTubeでの発信を担う「今」らしさを取り入れることができるかもしれない。
この表現を突き詰めていけば、忍者デザインはうまく着地できそうだ、と手応えを感じました。
■ 実際に手を動かす
そこまで方向性を定めて、始めに作り始めたのはこんなもの。
(↑ただのキャラクター)
これでロゴとして必要な何かが、圧倒的に足りていません。大切な要素は「忍者と分かること」そして「小さくても視認性が保たれること」・・・
そう考えていくと、体のパーツはほとんど必要なく、顔のパーツもさらにシンプルで良さそうです。
手も足も、飾り程度で十分。
そうして極力削ぎ落とした形とは・・・
ひょっとしたら、
このくらい単純な形でもいいのかもしれません。
ここにフラットなデザインを取り入れて・・・
この方向なら、シンプルでわかりやすい造形です。ロゴとしても成立する可能性を感じました。
ここからさらに、いろんな形状のパターンを追求していきます。
3. ディレクションは「網羅」して考える
忍者ロゴの強みは、YouTubeなどで発信するエンタメ感を強く打ち出せる点です。
しかしこれは、相当トガった案。
もしもこの1案がスベッた日には、目も当てられません・・・。
下手をすれば、企業ロゴには合わないね、と流れてしまう恐れもあります。(恐怖)
私はデザインを複数提案するとき、必ずディレクションをマップ的に考えます。
ディレクションとは文字通り、どの方向にするかを考えること。
今回は、E-ステージさんの事業内容を分解してキーワードを抽出すると「教育・エンタメ・芸能事務所・企業感」の4方向に集約されると考えました。
(この図は、俯瞰して考えるために、あくまで頭の中に描くものです)
もしクライアントのイメージが具体的・明快だった場合、「不要な方向」が取り除かれるため、その分マップは小さくなって行きます。
逆に明確ではなく共に考えて探っていくケースでは、マップが広がっていき複数案を用意することになります。
これを整理しないと「気づいたらエンタメ方向で5案作ってました」なんて悲劇、そして「企業感のあるデザインが欲しかった」と仕切り直しになる惨状が起きてしまうことも・・・
今回のケースでは、初めから「忍者」という具体案が出ましたが、
俯瞰してみたら他のベストなアイデアが見つかる可能性もあると踏んで、マップを広く四方向に取りました。
これならおよそ大きな抜け漏れはなくなり、全体を見渡した中から適切なデザインを選ぶことが簡単になります。
とはいえ、ディレクションが合っていたとしても肝心のデザインがいまいちでは意味がありません。
それぞれの方向で、デザインを精査・洗練させていきます。
4. 提案したロゴデザインたち
■ エントリーNo.1 :「次のステージへの扉を開く」
「次のステージへの扉を開く」
これは代表取締役であるしっしーさんから伺った言葉で、企業の名前「E-ステージ」の由来ともなったものです。
まだ注目されていない人々や地方・文化を発掘し「次のステージ」へと送る、次の舞台へと連れていくことをミッションとしている企業だからこそ、
その言葉を素直に表現した、扉モチーフのロゴデザイン。
扉の向こうは輝かしい光が見えています。
文字には、勢いのあるエネルギッシュなイメージ。
企業名もカタカナで読みやすさを最優先。企業の登記名と揃えたベーシックなデザイン案です。
■ エントリーNo.2 : 「アジアから世界へ」
芸能事務所感を重視したもの。
こちらは「会社名にも"ENTERTAINMENT"を入れ、芸能事務所方向に振り切る」という提案を含めました。会社自体が「ユーチューバーを育成する芸能事務所」を目指す方向です。
代表取締役のしっしーさんは、もともと日本を代表する芸能事務所「アミューズ」に勤めていた経歴を持っています。
もし「E-ステージ」に所属するユーチューバーが増えていけば、いずれは芸能事務所的なものになっていく可能性もあるかもしれません。念を押して確認する意味でも、この提案を含めました。
■ ロゴデザインの「隠し文字」
また、このロゴにはもう1つ仕掛けが隠されています。
E-ステージという名前を英語表記にすると「E-STAGE」となりますが、その言葉をよく見ると、実は「EAST」と「AGE」という二つの単語を隠すことが可能だと気がつきました。
E - S の間に、Aのシルエットを隠すというもの。
隠れた文字が浮かび上がると、「EAST AGE」となります。
YouTubeで発信をするということは、都心も地方も関係なく世界中へと拡散することです。CEOであるしっしーさんのYouTubeチャンネル『マンチカンズTV』は日本を越えてインドやインドネシアでも見られたとも伺いました。
日本から世界へ。
YouTubeを通して新しい世代を発信するというメッセージも込めたデザインです。
■ エントリーNo.3 「教育の扉」
こちらは教育方向のデザインです。
扉のモチーフはそのままながら、知的なイメージをベースにしています。カラーも白・グレー・赤と、教育や学校で使われるカラーに揃えています。ノートやテスト、筆記用具に赤ペンなどのイメージです。
そして扉のドアノブには「答え」をあらわす赤い印。
扉のモチーフはモーションロゴを想定したデザインで、動画コンテンツを再生する際には、
このように扉が開くことで、"次のステージへの「扉」を開く"というメッセージをより象徴的に見せます。
ロゴ自体に付けるメッセージのことをタグラインと呼ぶのですが、こちらを入れることでよりメッセージが印象に残る設計です。
■ エントリーNo.4 「忍者」
最後に登場するのは、冒頭で解説した「忍者」ロゴです。
企業が提供する価値を、一言で示すタグラインは
"隠れた「価値」を、次のステージへ。"
と設定しました。
そもそも忍者は社会から隠れている存在です。つまり"存在を知られていない"ことを暗示するモチーフでもあります。
彼らが表舞台に上がる、ステージに立つという姿は、「株式会社E-ステージ」の提供する価値とも重なります。
忍者のデザインについても、いくつも検証しました。
目が「E」になっているもの、頭の形状を変えてみたもの、Eをシンプルにしたもの等々・・・
検証して気づいたのは、丸い目だと可愛すぎる。可愛すぎると、ただあざといだけ、人気取り、注目されたいだけの薄っぺらなデザインになってしまいます。
また正面を見ていると、今度はファミコンのゲームみたいで、企業の事業内容とはマッチしません。
そこで思い切って、
目を菱形にしてみました。
一気に「かわいいキャラクター感」が減退して、ゲームではありえない顔、見慣れない顔になりました。
伝えたいのは「忍者」という情報であり、キャラクター性ではありません。あえて目から感情を取る事で、キャラクター性・個性・性格などの情報が読み取れないようにしました。
その結果、「忍者」という記号が伝わりやすくなるという設計です。
これらの4案で、いざ!
提案の場、プレゼンテーションへと臨みます。
5.名刺は、ブランドイメージの最小単位の印刷物
プレゼンの前に。
今回じつは、ロゴデザインの依頼を受けてから
こちらからの提案で「名刺もセットで作らせて頂けませんか?」とお願いをしました。
ロゴだけを用意しても、それだけで突然効果を発揮することは難しいものです。
人に見られる機会があってこそ意味を成すもの。
その「人に見られる機会」で、どのような見え方をするのが最適なのか。忍者ロゴを提案するからには、顧客とのコミュニケーションまで責任を持ちたいと強く感じたからこその提案でした。
名刺は、見え方の最小単位。ブランドイメージがあらわれる最小単位の印刷物ともいえます。
ロゴと名刺をセットで考えることで、いわばブランディングの第一歩までを提案することとなります。
6.そして提案へ・・・
そうしてロゴと名刺を制作。どの案も完璧に用意しました。
やることをやれば、あとはドキドキの提案タイムです。
上記の4案で、A案からD案までプレゼンシートを用意しました。
プレゼン当日、前置きで軽く会話をしながら、ふと感じたことがあります。
「これは、忍者デザインを先に提案したほうが良さそうだ。」
普段であれば、忍者デザインのような「飛び案」は中盤〜最後に提案することが多いです。飛び案は「賭け」を含むものです。いわばハイリスク・ハイリターン。
失敗の少ない「安全」な案を見て基準を作ってから、挑戦する案を検討するほうが判断がしやすいケースが多いものです。
しかし今回の依頼では、話を進めれば進めるほど「忍者か、それ以外か?」という色が濃くなっていくばかり。
ここは、結論から話すことが重要な場面だと直感しました。
いざ、勇気を出して、手裏剣を投げるしかない・・・
そう。なんと名刺も手裏剣型のデザインを用意していたのです。
初めに忍者デザインの話をしたとき、名刺は手裏剣型、封筒には巻物型なんていいんじゃないか!と話をしていました。
これを提案の一発目に出した瞬間、クライアントのしっしーさんから、これはすごい!と好反応を頂くことができました。
この名刺で一番に大切にしたことは「名刺ケースに入るかどうか」です。
特殊サイズの名刺は印象に残りやすい反面、ケースに入らなくて嫌がられるケースも多いです。そこでこの手裏剣・名刺は「半分に折れば名刺サイズに収まる設計」でデザインしました。
名刺の大切な機能は、第一に情報が手に入ること。そして時には印象に残ることも大切になります。
その2つがクリアできるならば、収納時に名刺が折られることは大きな問題ではないという判断です。
折り曲げる作業も、へこんでいる部分を折るだけだから簡単で、それほど手間もかかりません。
こうして、飛び案の「忍者ロゴ × 名刺」が実用レベルに落とし込まれたデザインたち。無事、クライアントの心に刺さり(手裏剣だけに)採用を頂きました。
(↑実際に印刷された名刺)
その後、ほかの3案も提案して、どのデザインもいい!と評価を頂きました。
論理的にはどれもアリ。ですが忍者ロゴ・名刺については
"この名刺をもらったら、絶対つっこむし、忘れない"という点が大きく評価して頂けました。
仮に20人と名刺交換をしたとして、他のロゴは、モチーフが被る場合もあるでしょう。しかし手裏剣名刺に忍者ロゴが載っている会社は他にないはずです。そこに、「隠れた価値を発掘・発信する」という腹落ちできる説明がセットでついてくる企業は他にないでしょう。
ロジカルながらユーモアがあり、一緒に組んだら、おもしろいことが出来そう、という期待感を生む効果もあります。
ロゴは名刺の中央に堂々と配置し、細部にもこだわっていて
奇抜なアイデアながら、安っぽい印象は与えません。
こうして世に羽ばたいた、忍者デザイン。
飛び案のデザインは、飛び道具として。
名刺交換の場でも活躍をしていると、嬉しい報告を頂いています。
おわりに
いかがでしたか。
企業のロゴに忍者を提案するというのは、一歩間違えればふざけているんじゃないかと怒られそうな内容です。
その裏には、たくさんの用意と戦略、検証が隠されていたのでした。
ドラマを通じてデザインの面白さを感じてもらえましたら、幸いです。
(最後までお読み頂き、ありがとうございました!)
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