ローマ帝国の崩壊、そして現代文明の・・・専門分化した社会の脆弱さ

研究用の試薬や物品を注文しても、「入手できない」という回答が非常に多い。半導体を使う機械はかなり深刻で、重さをはかる電子天秤みたいな簡単な機械さえ入手困難。半導体なんか使わないプラスチック製品も「納品できません」という回答。流通システムがきしみ始めている。

YouMeさんによると、大手スーパーでもポテトチップスが欠品になっているという。欠品を何より嫌がる大手スーパーでもその惨状。食用油、小麦粉、あるいは小麦を材料とする食品も次々値上げ。石油も高止まりしたまま。

「ローマ帝国の崩壊」(ブライアン・ウォード=パーキンズ 著)では、不気味な分析が行われている。ローマ帝国が滅んだのは、歴史の教科書で習ったようにゲルマン人の大移動が大きかったのだが、もう一つ、理由が挙げられている。ローマ帝国は、あまりにも専門分化しすぎていたのではないか、と。

ローマ帝国時代の遺物として、陶器は捨てるほど出てくるらしい(実際あまりに多いので川に捨てている、という記述もある)。高温で焼いていて丈夫、薄手で何枚も重ねても場所をとらない。大量生産していたので大量に見つかる。船に満載し、帝国の隅々にまで輸出していたらしい。

ところがローマ帝国が崩壊して以降の陶器というのはめったに見つからない。見つかったとしたら奇跡的。そして奇跡的に見つかった陶器は、ひどくもろい。たき火を炊いたときについでに粘土を焼いた、といったような低温で焼いたもので、すぐボロボロになり、土になってしまう。だから後世に残らない。

ローマ帝国時代の陶器は、各地で焼いていたかというとさにあらず。イギリスはローマ帝国の端っこだけど、イギリスで出土する陶器は、広大なローマ帝国の、イギリスからずっと遠くの地域で焼かれたものが、船に満載されて運ばれたもの。つまり、イギリスは輸入(移入)していた、ということ。

どうやら、陶器を大規模に、低コストで生産するのに長けた産地があり、そこがローマ帝国の陶器製造のシェアを大きく握っていたらしい。こうした専門分化が進むことで、ローマ帝国では様々な商品が専門集団により大量生産され、低コストで流通。庶民でもそうした商品を入手することができた。

陶器だけでなく、様々な商品が、ローマ帝国の様々な場所で専門分化した集団(いまならさしづめ企業と言い換えてよい集団)によって大量生産され、ローマ帝国の隅々に、低コストで流通する、という、きわめて専門分化の進んだ、分業システムが成立していた。ところが。

ゲルマン人の大移動が、このシステムにヒビを入れた。ゲルマン人はローマなどの大都市を攻め、皇帝を引きずり下ろすなどして、ローマ帝国の行政システムが壊れてしまった。すると、ローマ帝国に雇われている各地の兵隊たちは、給料をもらえなくなった。

兵士に給料が支払われないと、ヨロイを作る専門業者が倒産する。すると、ヨロイの材料である鉄や皮革を作る業者が倒産する。そうした人たちは、安いはずの陶器も買い控えざるを得なくなる。すると、大量生産して初めて採算が合う陶器製造業者は経営が成り立たなくなり、破綻する。

こうした連鎖が起きたことで、高度に専門分化し、ローマ帝国の隅から隅まで張り巡らされていた流通システムが機能しなくなり、今度は商品を入手したくても誰も運んでくれる業者がいない、あるいは現地ですでに生産する業者が潰れてしまった、ということが連鎖した。連鎖倒産。

衣服は買えばよいもの。食品は買えばよいもの。食器は買えばよいもの。農具は買えばよいもの。そうしたものを買いそろえるために、自分は専門分化した何かの製品を作りさえすればよい。それも自分の担当部署の仕事さえしっかりやっていれば給料はもらえる。そんなシステムがローマ帝国ではできていた。

しかし、ゲルマン人たちはそうした流通システムを維持することなんかに頓着していなかった。それでいて、ローマ帝国を運営すべき皇帝や官僚は、ゲルマン人の攻撃で行政どころではなくなり、公務員は給料をもらえず、業者は連鎖的につぶれていき、システムが崩壊してしまった。

この結果、ローマ帝国が帝国として機能しなくなった時、旧帝国に住む人たちは、自給自足を余儀なくされた。衣服も自分たちでどうにか作らなければならない。農具も自分たちで。食器も自分たちで。何もかも自分たちで作らなければならなくなった時、新石器時代の水準にまで技術は後退した。

現代の世界も、高度に専門分化している。パソコンやスマホ、液晶などは台湾、韓国、中国などで組み立てられている。ネットショップで注文すれば、世界中の安価な商品を購入することができる。もはや、何かの製品を注文すればそれが外国製だというのはむしろ当たり前になっている。

そうした高度に専門分化した現代社会が、きしみはじめている。新型コロナで人々の移動がままならなくなり、意思疎通はかろうじてネットで行えるが、実際に会って話すことは困難になった。人の移動が激減したことで、飛行機がついでに載せていた貨物を動かしにくくなった。

新型コロナの影響もあり、世界中で船の輸送に支障が起きている。船で荷物を運ぶときはコンテナが必要なのだが、そのコンテナが不足。それでいて新型コロナ対策のため、船が港に入れなかったりなど、流通がどうもうまくいかない事態が続いてしまった。

そこに中国とアメリカが対立。中国製品を買わないようにするなどしたことで、中国で生産するものを購入しづらくなった。台湾が代わりに半導体を製造しようとしているが、なかなか間に合わない。

さらにロシアと欧米が対立。ロシアは肥料として重要な硝酸アンモニウムの世界シェア45%。それが、今回の対立で輸出禁止対象になったり。肥料も手に入りづらくなったり。

半導体さえあればテレビゲームや自動車が作れるのに、作りさえすれば売ることができるのに、材料が手に入らない。売るに売れなければ、従業員に支払う給料もその分目減りしかねない。世界中の対立が流通不全に陥らせ、販売機会を様々な形で失い、稼ぐタイミングを多くの人が失っている。

新型コロナの影響で、飲食店や旅行業者がまったく稼げなくなっている。この人たちの給料が減ると、その人たちの消費が減りかねない。すると、ローマ帝国が崩壊していったのと同じことが起きかねない。

さすがに世界中の政治家たちはそれを理解し、ともかく金融緩和を断行し、お金の流れが途切れないようにしている。しかし、物流のきしみが、経済全体をきしみさせかねない状況になっている。

現代社会は、古代ローマ帝国以上に専門分化している。このため、物流が機能不全に陥る、原材料が手に入らず、製品の販売機会を逸してばかり、ということが続くと、各所で倒産が相次ぐ恐れがある。ローマ帝国が次第に機能不全に陥ったのと同じことが起きかねない。

今、アメリカ、ヨーロッパ、日本など「西側」諸国は、中国に依存しすぎないよう、自国でも半導体を作る体制を築こうとしている。これは恐らく、半導体に限らない動きになっていくだろう。しかし、自国主義がうまくいくかどうかは不透明。先進国はどこも少子化で苦しんでいる。労働者を確保できるのか?

アメリカはトランプ大統領時代に中国人をはじめとする留学生の受け入れをほぼ拒否するような状態となっている。アメリカの先端技術が中国に流出しないよう、という目的だったのだが、皮肉にもアメリカの先端技術開発はかなり中国人留学生や移民によって支えられてきた。

中国は優れた技術者・研究者が自国で研究開発するようになり、加速度的に技術を高めている。他方、アメリカは外国人を排斥したために、開発力を大きく損ねている様子。流出を防ごうとして、そもそもの推進力を失いかねない格好。

アメリカは本来、世界中からの留学生や移民を受け入れ続け、そしてその人たちにとって魅力的な国であり続けることで、留学を終えた後もアメリカで暮らすことを多くの人が希望した。だからアメリカの技術開発は高度に進み、世界一の座を維持してきた。しかし。

外国人排斥により、アメリカは研究開発の推進力を失いかねない。中国の人々は、もはやアメリカで暮らすことを希望しない人が増えてしまった。移民に厳しい社会となったアメリカは、外国人にとって魅力に乏しい社会になりかねない。

バイデン大統領は政策を転換し、外国からの移民を受け入れ、かつての活力を取り戻したいところだろうが、新型コロナのため、人の移動に制限がかかっていて、うまくいかない。アメリカが世界の王座にい続ける推進力が、まさに失われようとしている。

もし古代ローマ帝国の人々が石油の利用法に気づいていたとしたら、現代とそん色のない科学技術を開発できていた可能性がある。そのくらい、古代ローマの人々は高度に専門分化していた。その人々が、物流の悪化により新石器時代にまで技術を退歩させた。その事実に恐れおののく。

分断は、ゲルマン人の大移動がローマ帝国に与えたのと同じ影響を与えるかもしれない。様々な思惑が交錯する国際社会だが、全部自国主義で行こうとしたら、新石器時代に戻りかねないリスクがあることは、頭のどこかに入れておく必要がある。

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