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兄と映画館

10歳年上の兄は、私に映画館の楽しみを教えてくれた。

友達は少なく、恋人はおらず、スポーツもゲームもしない兄の唯一といっていい趣味が、映画だった。
兄の部屋に行くといつも、小さな箱型のテレビに知らない洋画が映っていた。棚に、床に、ビデオテープとDVDが年々うず高く積もっていった。

私が小学校高学年の頃からだろうか、大学生の兄は時折、映画館に連れて行ってくれた。ポイントが余って仕方ないのだと言って、キャラメルポップコーンもつけて。

初めはジブリやディズニーなどのアニメが多かった。ポニョ、アリエッティ、風立ちぬ、アナ雪、ズートピア。
じきに、テレビでCMを見て面白そうだと思った映画をせがむようになった。兄が観ているような洋画を。
予告と本編があまりに違うので驚くこともしばしばだった。でも、予想を裏切られることも含めて面白いと思った。

高校生になると、一人で映画を観に行くことも増えた。周りの友達は、映画館には行かない子が多かった。だってチケット高いじゃん、暗くて怖いし、と言われた。たしかに、高校生の千円は安くない。

でも私は映画館が好きだった。映画館で映画を観る自分をかっこいいと思っていた部分もあると思う(いまもそうかも)。
いまでも観たい映画があると、いそいそ映画館に行く。アマプラに入るまで待とうとは思わない。映画館で観る映画と、家のテレビやスマホで観る映画はまったく別物だと思う。
ネトフリで映画を観まくっている友達は、電車で10分でも空き時間があれば映画を観ると言っていた。それが彼女の楽しみ方なら文句はないが、映画をそんなに細切れにして観るなんて私には考えられない。

忘れられない映画体験をひとつ挙げるなら、ジブリの「かぐや姫の物語」だ。
かぐや姫の苦悩が、言葉ではなく映像で描かれるシーンがあり、私は感情移入してぼろぼろ泣いた。
しかし、この映画が金曜ロードショーで放送されると、特徴的な帝の長い顎がネタ扱いされ、肝心の映画の内容はあまり話題にならなかった。
悲しかった。私が心から感動した映画が、粗雑に扱われた気がして傷ついた。みんなちゃんと観てよ、と思った。テレビで流し見するんじゃなくて、映画館で観ればきっとわかるのに、と悔しかった。

映画館が好きだ。
サーカスのテントに入ったみたいな、わくわくする暗闇。映画と自分の一対一になる感覚。視界いっぱいのスクリーン。豊かな音響。
兄がいなければ、私は映画館好きにはなっていなかっただろう。

私が結婚して、兄と映画を観に行くことはなくなったが、たまには一緒に観に行きたいと思う。
いまでも映画の感想アプリで繋がっていて、時折映画の話をする仲である。

おかげで昨日も映画館に行ったよ。ありがとね、お兄ちゃん。

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