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エッセイ・評論など

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音楽、その他の芸術や社会問題についての評論やエッセイなど。力を入れて書いたものから、気軽に一気に書いたものまで。とりとめのない雑感も。
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#映画

「為すすべのなさ」を抱えて──クリストファー・ノーラン『オッペンハイマー』

「為すすべのなさ」を抱えて──クリストファー・ノーラン『オッペンハイマー』

 先月末にようやく日本公開された、クリストファー・ノーランの新作映画『オッペンハイマー』を観て、しばらく茫然としていた。あまりの凄みに圧倒されて茫然としていながら、日常の音に劇中の音を想起するほど作品に頭が浸されてそれについて考えずにはいられず、しかしやはり思索はまとまらないという状態になってしまっていた。それでも考え続けているうちに、この茫然とするほかない感覚、言い換えれば「為すすべのなさ」のよ

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これからの表現芸術のために、表現芸術のこれからのために──映画『TAR/ター』との対話

これからの表現芸術のために、表現芸術のこれからのために──映画『TAR/ター』との対話

「芸術家として優れている人ほど往々にして人間としては問題があることをするものだ」というような意見を、陰に陽に口にする人は、少なくない。かれらは、芸術家は社会規範からはみ出しているからこそ、常人にはできない発想や表現が可能なのだと言うのである。
 私はこういった意見に、反対の立場を取り続けてきた。
 確かに、私も含めて芸術にのめり込むような人間は、内面に、この世界への絶望と結び付いた、現実の倫理とは

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芸術は「現実を忘れさせる」ものか?

芸術は「現実を忘れさせる」ものか?

 ずっと夢の中にいられたら、ずっと眠りから覚めないでいられたら、と思うことがある。ただでさえ、人生は辛いことの方が多いのに、昨今のように次から次へと大きな問題が社会に、一個人に襲い掛かってくる状況下に生きていると、よりその思いが強くなる。人間の心は、現代を生きるにはあまりに脆弱なのかもしれない。
 芸術に触れたいと思うことは、この「ずっと夢の中にいられたら」という願望に似ている。フランスの現代小説

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