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耳を澄ます言葉

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2021年下半期に東京国際芸術協会会報に連載していたエッセイ・評論「耳を澄ます言葉」
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#オーケストラ

見えない檻──アレックス・オリエ演出、大野和士指揮のビゼー《カルメン》(「Tiaa Style」連載「耳を澄ます言葉」より第5回)

見えない檻──アレックス・オリエ演出、大野和士指揮のビゼー《カルメン》(「Tiaa Style」連載「耳を澄ます言葉」より第5回)

 昨年オンラインで視聴した、アレックス・オリエ演出、大野和士指揮によるプッチーニのオペラ《トゥーランドット》は、このオペラを荘重な悲劇へと変容させ、格差社会やマチズモ、犠牲を美化する思想への痛烈な批判を展開した、現代的で鮮烈なものだった。
 そのコンビによるビゼー《カルメン》が今年の7月に上演され、10月からオンライン配信が始まった。私はライヴに行くことが叶わなかったので、こちらも配信で視聴した。

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夜を想う(「Tiaa Style」連載「耳を澄ます言葉」より第4回)

夜を想う(「Tiaa Style」連載「耳を澄ます言葉」より第4回)

 人と話していて、言葉を探している間に話を進められたり、別の話題に移られてしまうことがよくある。
 たんに私の思考の速度が鈍いだけなのかもしれない。しかし現代人が、解決を急ぐあまりに、相手の話をよく聴き自らの内に染み込ませる時間、何かを言う前にそれは語るべきことなのかと立ち止まって自問する時間を失っているのは、間違いないだろう。
 昨今、希望を語る紋切り型の表現が消費され、「寄り添う」や「小さな声

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「今ここ」ではない場所へ(「Tiaa Style」連載「耳を澄ます言葉」より第3回

「今ここ」ではない場所へ(「Tiaa Style」連載「耳を澄ます言葉」より第3回

 リヒャルト・シュトラウスの『4つの最後の歌』を知ったのは、大学三年のソルフェージュの授業のときだった。先生が、ピアノで第3曲「眠りにつくとき」の冒頭の一節を、巧みな転調の例として弾いたのである。聴いた瞬間、絡み合う官能的な音が生み出す魔力に惹き込まれ、授業が終わっても旋律と和声が耳から離れなかったのをよく覚えている。
 全篇、ロマン主義の極限と言うべき魅力に満ちた作品だが、中でもその第3曲は格別

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