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本日8月19日は、語呂合わせでバイクの日だったのですね

 毎朝、めたぼっ栗さんがnoteに投稿してくださる祈りの言葉を拝読し、自分では思いつかなかった方々への祈りに気づかされて、ささやかに心を合わせています。

 本日の祈りは、こちらでした。

 私も、かつてはライダーでした。

 乗り始めたのは、大学生の時。北海道大学に通いながら、道内各地を走り回っていました。一方では物書きになりたくて、出版界を志望していました。すると、オートバイが好きだったことからバイク雑誌の編集部にご縁がつながり、在学中からライターとしてデビュー。卒業後は入社して、編集長まで経験させていただきました。
 そのまま物書きとしていまも仕事をしていますから、いまの私は、あのころのライダーだった私から始まっている、ということになります。

 8月19日は819でバイクの日。
 オートバイに乗っていたころはもちろん知っていましたし、雑誌の記事でもたしか書いたことがありました。
 でも、いまやバイクを降りて四半世紀以上。最近では遠い記憶になっていて、思い出す機会はなかなかありませんでした。

 めたぼっ栗さん、思い出させてくださり、ありがとうございます!

 それにともない甦ってきたのは、ある夏の暑い日の記憶。
 エンジンから立ち上る熱でうだりそうになりながら、山裾の細い道をナナハンで走っていたときのことです。前方に、キャンプ道具を山ほど積んだ自転車が1台、走っていました。当時はバイクだけでなく、自転車で北海道を旅する人がたくさんいたので、一見してツーリストだとわかりました。

 私も暑かったですが、ペダルをこいでいる彼はもっと暑くてバテているはず。そう思い、追い抜きざまにサムズアップでハンドサインを贈りました。
 ハンドサインで挨拶を交わすのは、ライダー同士の恒例でした。バイクと自転車で交わすことはあまりなかったのですが、そのときは、たとえ無視されてもいいからサインを贈りたいと思ったのです。めったに車の通らない山道で、炎天下に私と彼の2台だけ。こちらはパワーのあるナナハンで、向こうは自転車です。私が励まさなくてどうするのか、という気持ちでした。

 追い抜いたあと、バックミラーを見ると、彼は青空にこぶしを突き上げ、力強いガッツポーズを何度も返してくれていました。

 励ましたつもりが、励まされ、胸が熱くなりました。
 人ってこうやって励まし合えるものなんだなあ、と、鮮やかな感動が残りました。

 このエピソードは、これまでにもエッセイに何度か書いたことがありますから、私にとってことあるごとに甦る、印象深い出来事なのだろうと思います。思い出すたびに、あのときの旅人に励まされる気がして、元気が出ます。

 たった一瞬のことだったのに、私にとってはおよそ30年が経っても色あせない感動なのです。
 人と、人とが励まし合うところには、びっくりするほどの力が生まれるものなのかもしれません。

終わりに、兄弟たち、喜びなさい。完全な者になりなさい。励まし合いなさい。思いを一つにしなさい。平和を保ちなさい。そうすれば、愛と平和の神があなたがたと共にいてくださいます。
(コリントの信徒への手紙二13:11 聖書 新共同訳)


◇見出しの写真は、みんなのフォトギャラリーから、
Yoshi(yoshitravelogue)さんの作品を使わせていただきました。
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