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「シンコキュウ・プロジェクト」始動

三好賢聖です。呼吸とウェルビーイングに焦点を当てた新プロジェクト「シンコキュウ」についての専用のnoteを開設しました。

私は「物の動きのデザイン」というテーマについて、2015年から研究を行ってきました。そしてこれまでの研究成果を元に、呼吸に関する新しいデバイスを開発しました。

今回のポストでは、10月の展示会での発表に先立って、プロジェクトの経緯や目指すところなどについて書いていきたいと思います。今後、デザインリサーチやウェルビーイングに関する関連情報も取り上げる予定ですので、よかったら時折覗いてみてください。

他のソーシャルメディアとは違い、noteでは比較的伸び伸び、たっぷりめに書きたいと考えています。そのため、投稿はやや長め・詳しめになる予定です。要点を太字にしてありますので、忙しい方はご参考ください。


1. シンコキュウ・プロジェクト

今回新たに開発したのは、深呼吸を誘発することで、ウェルビーイング向上に貢献するデバイスです。名前はカタカナで「シンコキュウ」といいます。

イギリスのRCAでの博士課程(PhD)を終えて帰国したとき、デザイン研究者として次に何をすべきかを考えていました。ひとまずは、研究で得た知見をより多くの人に届けたいという思いから、連載、学術書、専門書などを執筆してきました。

しかし、研究成果を人に伝えるだけではなく、人々の生活に対して何か新しい価値を届けられるようなものを創りたい、という思いから、今回のプロジェクトを始める決意をしました。

2. 研究成果の実用化へ向けて

博士の研究は、アカデミックな世界では評価をいただいた一方、成果を実用化するまでには至りませんでした。動きのデザインに関する基礎的な知見を得るところに、かなりの時間を要したためです。

ここで、自分はあくまで研究者として研究に専念して、応用や実用化は他の人に任せる、という選択肢もあり得ます。研究者のキャリアとしてはそちらの方が主流かもしれません。しかし自分の研究成果について一番よく理解しているのは自分だろうし、その可能性を誰よりも信じられるのは自分なのではないかと思い、実用化についても自分でやってみようと考えました。

一点ものか、発明か

研究者、デザイナー、あるいはアーティストとして制作を行うとき、成果物は「一点もの」であることが往々にしてあります。オブジェ、体験型作品、インスタレーションなど。これまでにも個人、コラボレーション、スタジオなど色々な形で、こうした「一点もの」の作品の制作に携わってきました。

「一点もの」の制作はいつもエキサイティングで、完成したときの達成感や満足感にはなんともいえない中毒性があります。しかし一方で、大学で最初に学んだのが工学だったからでしょうか、「発明やイノベーションが、人々の生活を変える(たとえそれがどんな些細な変化であっても)」ということに対する想いが、自分の中に強く残っていました。

「シンコキュウ・プロジェクト」では、最終的に「一点もの」の作品を生み出すというよりはむしろ、より多くの人に届けられるような製品や仕組みを創り出すことを目標にしています。なぜ「呼吸」なのか、ということについて、今回のポストでは掘り下げていきたいと思います。

3. 呼吸に興味をもったきっかけ

咳喘息

2019年にイギリスから帰国後、春になると咳が止まらないようになってしまいました。診察や検査を受けた結果、花粉へのアレルギーによって咳が出ていることが分かりました。いわゆる咳喘息のような症状で、3、4回呼吸するたびに咳が出ます。屋内であっても、ちょっとした匂いや、冷たい空気を吸うだけでも咳き込んでしまいます。

咳が出ている間は、基本的に呼吸がしづらくなります。深く吸ったり吐いたりすると咳が出てしまうので、変に浅い呼吸をしなくてはなりません。咳をしすぎて、肋骨を痛めたこともありました。会議や打ち合わせのときに自分が咳ばかりしていると、周りの人が嫌な気分になっていないかどうか気になるというストレスもありました。

6月頃に花粉が落ち着いてくると、ようやく普段通りの呼吸ができるようになります。咳を気にせず、たっぷり息を吸ったり吐いたりできるのは、なんて気持ち良くて、なんて恵まれたことなんだろうと思わずにはいられません。こうして自分の体質をきかっけに、呼吸の質について考えるようになりました。

そしてコロナ禍

2020年のコロナ禍、当時妊婦だった妻と私は運動不足解消のため、オンラインでヨガを始めました。ヨガの呼吸法(プラナヤマ)では、姿勢を連動させて呼吸を行います。深い呼吸をするだけで、こんなにも心身の調子が整うものなのか、と驚きました。と同時に、身体感覚に関する研究をしておきながら、呼吸について何も知らなかったことを痛感し、反省しました

ヨガをきっかけに、メディテーション(瞑想)のレッスンを受けたり、アプリを使ったりしてみました。特に、声の指示に沿って行う瞑想「ガイド付き瞑想」(guided meditation)はとても取り組みやすく、今も時折行っています。知人から教えてもらった「Balance」というアプリを気に入って使っています。

ヨガや瞑想のパワーを体感していた一方、少し痒い所に手が届かない感覚もありました。ヨガや瞑想で呼吸や心身の調子が整ったとしても、忙しい日常の中で、その状態が続けられるわけではない。ヨガや瞑想は、日々の仕事や生活から少し離れた、少し特殊な時間です。ヨガや瞑想「以外」の時間のなかで、呼吸を整えたり、心身の調子を整えたりする方法はないのだろうか、と思うようになりました。

スクリーン無呼吸症候群?

そんな中、興味深い現象に出合いました。スマホを使っているときに、なんともいえない息苦しさを感じることに気づきました。特に、急ぎのメールを書いているときや、ツイッターを見ているとき、2段階認証のコードを覚えて打ち込むときなど。スマホだけではなく、パソコンをしているときにも、近い息苦しさがあることに気づきました。

調べてみると、なんと「スクリーン無呼吸症候群」(screen apnea)という言葉があることが分かりました。この息苦しさに気づいた人が2008年頃からインターネット上で話題にし始め、「スクリーン無呼吸症候群」や「Eメール無呼吸症候群」(email apnea)などの俗称で呼ばれています。まさに私が経験していたものです。

そして2022年、昭和大学医学部の研究チームから「スマートフォンでの読書は溜息を抑制して読解成績を下げる」という趣旨の論文が発表されました。デジタル機器を使うと(紙を使うときに比べて)認知力が低下するということについては、過去の研究である程度知られていましたが、呼吸まで抑制されているということが実際にデータとして示されたのは、実に興味深いことです。「スクリーン無呼吸症候群」を科学的に明らかにする大きな手がかりといえるでしょう。

とすれば、スマホやパソコンがこれだけ世界中に普及した今、「スクリーン無呼吸症候群」は世界規模の問題かもしれません。世界でのスマホの普及率は諸説ありますが、仮に低めの50%だと仮定しても、利用人数は40億人にも上ります。それだけの人の呼吸が、多かれ少なかれ抑制され、更に認知力まで影響を受けている。果たしてこの現状は、このままで良いのだろうか。こうした無理をかかえた時代と環境を、少しでも何とかできないだろうか、と考えるようになりました。

4. 「シンコキュウ・プロジェクト」へ

こうした経緯で呼吸に興味を持ち、自分なりの解決策を考え始めたのが「シンコキュウ・プロジェクト」です。今開発しているデバイス「シンコキュウ」は、日常生活の中で、ほんの少しでも呼吸に意識を向け、呼吸を通じて心身を整える手助けをするためのものです。

実は、博士課程の間に、かなり近いコンセプトのものを考えたことがありました。「呼吸する加湿器」(Breathing Humidifier)というアイディアで、呼吸するときの肺のように膨張と収縮し、ミストを空気中に吐き出すという加湿器です。加湿を行うと同時に、周囲の人に深呼吸とリラックスを促すというものです。一度はこのアイディアをそのまま具現化しようとも考えましたが、試行錯誤を経て、見送ることにしました。その辺りは、改めて書きたいと思います。

呼吸する加湿器(Breathing Humidifier, designed with Anne Zhou)

呼吸への理解を深めようと、ブテイコ呼吸法(Buteyko Breathing Method)の認定インストラクターの資格も取得しました。これはコンスタンティン・ブテイコ博士が1950年代に作り出した呼吸法で、喘息などの呼吸症状の改善に用いられています。現在は、アイルランド在住のパトリック・マキューン氏が主に指導にあたっていて、オンラインで受講することができます。精神的な側面を重視するタイプの呼吸法とは異なり、ブテイコ呼吸法では論文など科学的エビデンスを参照しながら教えられるため、元々理系の自分にとってはより納得感を持って習得することができました。

ブテイコ呼吸法の指導を行うパトリック・マキューン氏 [出典]

なぜ呼吸が大切なのか、どう呼吸すべきなのか、デバイスは誰のためのものなのか、どのような技術が使われているのか、誰が開発しているのか、どんな失敗があったのか、これからの展開はどうなるのか。これらについては、また次回以降のnoteでじっくりとお伝えしていきたいと思います。

「シンコキュウ」の公式 Twitter(X)Instagramでは、これからプロジェクトの最新情報を発信していきます。ぜひフォローしてください。


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