鶴岡サイエンスパークは世界基準の地方再生モデル

山形県鶴岡市が推進する鶴岡サイエンスパーク。ベンチャー企業の設立が相次ぐ同パークの研究施設は今や「満室」状態で、敷地に開発余地がないため2019年春着工予定で周辺に広げる計画となっている。

新たな産業クラスターを創出し、世界から注目を集める鶴岡市。地方創生、地方活性化を手がける人なら既に委細承知のことと思いますが"世界基準の地方再生"モデルとしてnoteにそのポイントをまとめておきたいと思います。

慶應義塾大学先端生命科学研究所を誘致

鶴岡市のそれは2001年、慶應義塾大学先端生命科学研究所(Institute for Advanced Biosciences , IAB)が誘致されたところから始まる。新規産業を根付かせるために市がバイオテクノロジーを研究する大学の施設を誘致した。

鶴岡市は人口約13万人と典型的な地方都市。緩やかに人口減少で疲弊していき、このままでは消滅するだろうと言われていた。農業と観光も頑張らなければいけないけれど、同時に必要なことは新しい産業を興すことだろうと。

そこで2001年、当時の市長が立ち上がり、ゼロから新しい産業を生み出そう、コスト競争で勝てない日本には、知的産業しか残されていない。そのためには核となる研究所が必要だから誘致しようとなったそうです。

しかし、当面の間、経済効果はありません。大学の学部を誘致すれば、学生がそこに住むことで経済効果は見込めますが、研究所では研究者が数十人程度。「慶應の研究所があることでどんなメリットがあるのか?」と最初の数年は批判もたくさんあったそうです。

「これは次の世代への種まきだ」と市長はそう言い、30年後の鶴岡をどうしようか考えた時に、今から種を撒いておかないと間に合わない。新しい産業を育てるのには時間がかかるのだと。

鶴岡市の腹の座り方が半端ではない。慶應義塾大学先端生命科学研究所の誘致を決めた市長に先見の明あり。

優秀なベンチャー企業を輩出

誘致に成功したことで、ここから人工合成クモ糸繊維の開発で知られるSpiber株式会社など世界的に注目を集めるベンチャー企業が輩出され始める。

2003年 HMTヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ

・メタボローム解析、うつ病の診断キットを開発
・2013年、東証マザーズ上場

2007年 Spiber

・世界初の人工クモ糸繊維の量産化技術を確立
・世界初の合成タンパク質素材の衣料製品を発表

2013年 Saliva Tech(サリバテック)

・唾液からがんなどの疾患を検査する技術を開発

2014年 YAMAGATA DESIGN

・地域開発、街づくりを推進するディベロッパー
・Spiberのメンバーが独立して起業

2015年 メタジェン 

・人の便から腸内細菌の遺伝子情報などを分析

2016年 Metsela(メタセラ)

・移植用の心臓組織の製造・販売
・心臓以外の臓器細胞の製造販売も計画

この結果として、日本最先端のバイオテクノロジーが、鶴岡市の新たな産業として根付き始めています。2014年にはSpiberのメンバーが独立し地域開発を行うベンチャー(YAMAGATA DESIGN)を立ち上げた。現在は、この会社が行政に代わり、土地開発、教育・住宅環境整備、外国人対応など地域のデザインの旗振り役および推進者となり、鶴岡サイエンスパークのブランディング、コミュニケーションまでを手がけている。そして、サイエンスパークにかかる全ての開発はこれらのベンチャー企業が核となり、地元資本のみで進行している。ちなみに、Spiber、HMT、メタジェン、YAMAGATA DESIGNの4社は地域未来牽引企業にも選定されています。

暮らしやおもてなしをデザイン

こうして新しい産業クラスターが根を張り始めたその上に、住む人の暮らしの豊かさを生む拠点や、来訪客へのおもてなしがデザインされていきます。

FARMER'S DINING CAFE IRODORI

ここは、大正時代に建てられた古民家をREDESIGNした空間で、友人や家族と地域の自然を味わう場所として作られた。可能な限り地元庄内産の食材を用い、生産から調理の過程まで極力添加物を使用しない、「ココロ(心)とカラダ(身体)とオナカ(食欲)を満たす」美味しい食事を提供することをコンセプトとしている。

そして2018年、この秋、総工費12億円、40億円をかけた新たな拠点が生まれようとしている。

KIDS DOME SORAI(総工費12億円)

0〜12歳の子どもたちを対象とした全天候型の子ども施設。子どもたちが自由な発想で遊びや学びにチャレンジし、自分の好きなことや、それを一緒に楽しむ仲間に出会える環境を整える。丘のように起伏のある床面と空が見える天井で、自然にそのまま屋根をかけたような空間が特徴となっている。

設計を手がけたのは建築家の家坂茂氏(プリツカー賞受賞)。

SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE(総工費40億円)

ここは山形庄内地域の人々が、その友人や家族を世界中から招くための宿泊滞在施設。まるで水田に浮かんでいるようなこの施設は、建築家坂茂氏が設計を手がけた木造2階建ての温もりある空間となる。訪れた誰もが自然体となり、地域の方々と深い交流ができる新たなコミュニティの形が作られる。

施設の中には、近頃のホテルさながら、宿泊、レストラン、天然温泉、フィットネスが完備されており、目の前に広がる田園風景を眺めながら心を落ち着けて過ごすことができるようになっている。そして、サテライトオフィス環境と会議室を備えたビジネスラウンジもある。出張で庄内を訪れた方々に、地域での「居場所」を提供すると共に、宿泊施設との連携により都心部のベンチャーや企業の研修合宿需要へも対応していく姿勢だ。

コンセプトは「自然体で過ごす交流と滞在の拠点」。自然体というワードがとても心地いい。自然の恵みを五感で感じてこそ「自然体」でいられる。高層ビルが立ち並び、室温は調整され、手続き通りに全てが進もうとする都市部では自然体どころではなく「人工体」でいる他ありませんよね。

これら全ての拠点開発は「YAMAGATA DESIGN」が手がけており、完全に研究所から生まれた民間主導で地方再生が進んでいるのが分かります。

完全地域主導、地元資本のみで100億円超の開発を進行しており、投資家のための開発ではなく、地域のための開発となっている。完全民間主導、ベンチャー企業を核に市・県が全面的に協力する形になっている。民間が地方再生を牽引。

エキサイティングな産業は大学から起こる

概してになるが、これが鶴岡市で起こっていることだ。

地方都市において人口がどんどん減っているのは事実で、各自治体などが移住定住を促進するイベントなどを行って努力をしているけれど、結局のところ若者が地方に来ないのは、仕事がないからだと思います。それも農業などではなく、都会に負けないくらいエキサイティングなもの。

ここで話は少し逸れますが、海外の地方活性化の例を見てみましょう。添付のマップは「世界の主な産業クラスターと主要大学」ということで、大前研一さんの著書より引用させて頂いたものだが、大学が核となりその地域の産業クラスターを作るというのが「世界基準」となっているという図です。

大学を核にした産業クラスターとして一番有名なのはやはりシリコンバレー、スタンフォード大学ですね。この他にも、東海岸にはMIT(マサチューセッツ工科大学)やハーバード大学があります。イギリス、ケンブリッジ大学のテクノロジーパークも有名。インド工科大学に関しては、世界最高峰のITエンジニアが集まっていると評判高く、世界中の企業が殺到しているそうです。

地域の核に大学があるので、企業は優秀な人材を調達するためにその地域へと人材確保に出掛けますし、シリコンバレーのような何の変哲もない地方都市から、アップルやグーグルは誕生しました。それは地方都市でも面白い人がいっぱいいるからだと思います。結局は人。重要なのは、面白い会社や面白い人が集まって、「ここに会社を作りたい。クリエイティブな部門を置いて、ワイワイ楽しそうにやりたい」と思わせる環境を地域に作れるかどうか。

日本では大学発のベンチャー企業が他国と比べてなかなか出てこず、大学が産業クラスター形成に機能していないと言われています。これは、大学の先生達は外国の論文を読んでいるだけで、新たな産業を生み出すことに興味がない、などがその大きな課題だと言われています。(そうでない場面が増えているのも事実ですが...)

鶴岡市の場合、最先端テクノロジーの研究所を誘致したことで完璧に世界基準のフレームにはまり、地方にもかかわらずエキサイティングな仕事の創出ができています。そして、そのことがエンジンとなって回り始め面白い人たちが集まってきているのでしょう。

大学が核となり、地域に産業クラスターを作るという世界基準の地方再生モデルを実行している。

最後に

振り返りも兼ねて最後にポイントを整理しておきます。

鶴岡市の腹の座り方が半端ではない。慶應義塾大学先端生命科学研究所の誘致を決めた市長に先見の明あり。
完全地域主導、地元資本のみで100億円超の開発を進行しており、投資家のための開発ではなく、地域のための開発となっている。
完全民間主導、ベンチャー企業を核に市・県が全面的に協力する形になっている。民間が地域再生を牽引。
大学が核となり、地域に産業クラスターを作るという世界基準の地域活性モデルを実行している。

SUIDEN TERRASSEがこの秋に完成したら訪れてみたいと思っています。世界基準に則った地方再生が進む地域にはどんな面白い人がいて、どんな話が飛び交って、どんな行動が行なっているのか、この目で見てきたいと思います。

++++

日本の大学や研究所は首都圏に集中しています。このような先進国は日本くらいらしいですね。普通、大学や研究所というものは田舎町にあるもので、ケンブリッジ大学だって、オックスフォード大学だってそうだと聞きます。ハーバード大学のあるボストン郊外も、のどかな地方都市みたいですし。それなのに日本は都市圏に大学が乱立し、都心に集中している。

今から20年ほど前、様々な大学が地方にキャンパスを作ったのですがうまくいかなかったようです。それはやはり、日本人のメンタリティーが「東京にいる方がカッコいい」「東京が一軍」みたいになっているからでしょう。

私はその概念をひっくり返す必要があると強く感じています。地方に対する「格下感」を逆転させない限りは、「地方再生」「地方創生」を本当の意味で実現できないかなと。鶴岡市はそういう意味でもモデルケースになるだろうと思っています。

以上、この記事が誰かの何かのお役に立ったら幸いです。

それでは今日はこの辺で。


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