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【コメディ】結婚プレゼンテーション

区役所の戸籍係に勤める好子のもとに今日来た客は、一風変わった客。

持ってきた婚姻届について不思議な依頼をするのですが、好子はそれを聞き入れることができません。
でも、やっかいな客だと思いつつも、好子には相手をせざるを得ない理由もあって……

噛み合わない二人の会話は、どこに行き着くのでしょうか?

*************
▶ジャンル:コメディ

▶出演

  • 好子:福島貴子(東北新社)

  • 田島:福田好孝

▶スタッフ

  • 作・演出:山本憲司(東北新社/OND°)

  • プロジェクトマネージャー:大屋光子(東北新社)

  • プロデュース:田中見希子(東北新社)

  • 収録協力:オムニバス・ジャパン

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『結婚プレゼンテーション』シナリオ

登場人物
 好子(36)
 田島(48)

   ピンポーン。
好子「次の方、どうぞー」
田島「はい」
好子「今日はどんなご要件ですか?」
田島「こちらを」
好子「ああ! これはおめでとうございます! 内容確認させていただきますね」
田島「お願いします」
好子「えーと、あ、忘れてらっしゃいますね」
田島「はい?」
好子「肝心のところ。ね」
田島「ん?」
好子「『妻になる人』の欄です」
田島「あー、あ、はい。はいはい」
好子「うふふ、一番大事なところですよ」
田島「そうですね」
好子「お相手の方の署名とハンコもですよ」
田島「はい」
好子「こちら、ご本人に署名していただく必要があるんですよ。いらっしゃいます?」
田島「は?」
好子「今日」
田島「あ、はい」
好子「よかった。じゃ、こちら記入お願いしますね」
   ペンがコトリと置かれる。
好子「え?」
田島「お願いします」
好子「ええ、ですからね、ここは、えー田島さん? が、結婚なさる方。その方に書いていただくんです」
田島「お願いできますか?」
好子「すみません。代筆はできないんですよ」
田島「はい。お願いします」
好子「……えーと……どういった……」
田島「お願いします」
好子「ここは、これから結婚する方のお名前を書くんですよ」
田島「そうです」
好子「なんて言えばわかってもらえ……あ、課長ー? 休憩中か」
田島「ささっと書いちゃってください」
好子「な、何を?」
田島「な、ま、え」
好子「待って。今ちょっと混乱してます」
田島「ほぉ」
好子「混乱している。でも、混乱しているのを俯瞰的に見ている自分にも驚いています」
田島「そうですか」
好子「要するに……あなた、田島さんは、もしかして私に私の名前をここに書けと、そう言われてるわけですか?」
田島「それ以外にどういう意味が考えられます?」
好子「ないかも、ですね」
田島「ですよね」
好子「しかしですね。それはできない相談というものです」
田島「はあ」
好子「なぜなら、私は田島さんとは結婚しないからです」
田島「なるほど」
好子「結婚する意思がないですし。そもそも田島さんのことを知りませんし」
田島「そうですね」
好子「はい。そうなんです」
田島「しかしですね、私は今日、あなたと婚姻届を出したいと思ったので、区役所に来ました」
好子「はい」
田島「これを出さないと何のためにわざわざ区役所に来たかわからないということになります」
好子「なるほど……」
田島「はい」
好子「……と言えば私が名前を書くとでも?」
田島「のではないかと」
好子「なことはないかと」
田島「いやー、はは。物事簡単に行かないものですな」
好子「いや無理でしょ。どう考えても無理でしょ」
田島「そうでしょうか」
好子「私がここに私の名前を書く理由がどこにあります?」
田島「意図を明確に伝えるためにはまず結論からと思っていました」
好子「はぁ」
田島「ですが、それでは順序立ててプレゼンさせていただきます」
好子「プレゼン」
田島「プレゼンテーションの略です」
好子「知ってます」
田島「私、田島貴士は」
好子「ちょ、ちょっと待ってください」
田島「すいません。始めからやります?」
好子「なんですかそれ」
田島「パワーポイントです」
好子「じゃなくてですね、ここで急にプレゼン始められても……」
田島「結論を先に言ってしまい混乱させたようなので、経緯を説明させていただきたいと」
好子「それは聞きましたけども、経緯は結構です。結論聞いてしまいましたんで」
田島「そこに至るまでの経緯を聞いていただければ結論に納得していただけるかと」
好子「どうでしょう……」
田島「どうでしょう」
好子「あの、ね。ほかに待っていらっしゃる区民の方もね、いらっしゃいますし」
田島「私もです」
好子「何がです?」
田島「区民です」
好子「そう……でしたね。そしたらどうでしょうか。また日を改めてお話伺うというのは」
田島「そういうところをね、私がなんとかして差し上げたいと思っている部分は少しあります」
好子「は? 何の話です?」
田島「いい部分でもあり、しかし損している部分でもないかとも思っており」
好子「だから何の話です?」
田島「また結論から言うことになってしまいますが、あなたの人を傷つけないようにしよう、そういう優しさ、私はそういうところがいいと思っており、しかし同時にそれがかえって優柔不断さと受け取られかねないというところを、私が補えれば」
好子「な、な、何を言ってるんです?」
田島「要するにあなたのそういうところをその……愛しているのです。結婚してください!」
好子「急ーっ! え? もしかして私のこと、付け回したりしてるんですか?」
田島「いえ。今日初めてお会いしました」
好子「じゃあなんで私のこと知ってるみたいな言い方するんですか」
田島「それは、知っているからです。好子さん」
好子「私はあなた知りませんよ。田島さん」
田島「私が好子さんのことを無理に知ろうとしなくても、ご自分で発信してらっしゃるので」
好子「発信……?」
田島「私、海坊主です」
好子「海から来たんですか」
田島「いえ、人間です」
好子「人間なんですか。海坊主って」
田島「ハンドルです」
好子「ハンドル……」
田島「車のではないです」
好子「えっと……」
田島「はい」
好子「ハンドル、ネーム?」
田島「ツイッターの」
好子「ああ……」
田島「好子さんのフォローをさせていただいてます」
好子「海坊主……何百人もいるからな……え、私と絡んだことあります?」
田島「絡んだ?」
好子「会話とかで」
田島「いつもいいねしていますよ。いつもいいねいいねと思っていますので。それを絡んだと言うなら」
好子「そうなんだ……え、私のツイッターフォローして、ツイッターの情報だけでここにたどり着いたんですか?」
田島「そうですね」
好子「すごいですね!」
田島「すべてあなたが発信されたものですよ」
好子「いやいやいや、してませんよ! 私、大体区役所職員なんてどこにも書いてないし、同僚もツイッターやってるの知らないはずだし!」
田島「エビフライ定食」
好子「は?」
田島「でした。昨日はたしか」
好子「何が?」
田島「おとといは、黒酢酢豚と杏仁豆腐セット、その前はえーと、ボロネーゼランチ」
好子「お昼? 私の?」
田島「ほら、このように」
好子「何ですか、これ。犯行現場を線で繋いだみたいなやつ」
田島「このランチの分布の中心に、区役所があるんですよ」
好子「バ、バレバレ!」
田島「バレバレなんです」
好子「これ、犯人だったら逮捕されますね」
田島「逮捕は時間の問題ですね。次にですね」
好子「わかりました。わかりました。プレゼンの内容、大体わかってきました」
田島「いえ、まだイントロも終わってないんですが」
好子「もしかして。でもたぶん……私の家、わかってますよね?」
田島「おそらく」
好子「きゃーっ! ハッ、あ、(周囲に)失礼しました。何でもないです。何でもありません。すいません」
田島「大丈夫ですか?」
好子「大丈夫なわけないでしょ!」
田島「ですね」
好子「つまり、あれですか。私に会ったことも話したこともないのに、ツイッターで、私のこと気に入っていただいて」
田島「気に入るって言い方はちょっと」
好子「それはまあ、有り難いというかなんというか……違うな」
田島「正確に言うと、結婚したいということです」
好子「田島さん、あなたすごいですね」
田島「何がですか?」
好子「結婚したくなります? ツイッターで?」
田島「なりました」
好子「そっか。なったのか」
田島「ですから来ました」
好子「でも私、あなたのこと何にも知らないんですよ」
田島「はい」
好子「まあプレゼン受けなくてもだいぶその……どういう人かはわかってきましたけど」
田島「どういう人ですか? 私」
好子「あ、適当なこと言いました。わかってません」
田島「やはりプレゼン」
好子「そういうことでなくて。いや、だから、急に言われても困るじゃないですか」
田島「困らせてますか」
好子「私、困ってる感じでしょ?」
田島「たしかに踏んでないですからね。段階を」
好子「そうです! わかってらっしゃるじゃないですか」
田島「ではどうすればいいと思われますか?」
好子「そうですね……って何で私が考えなくちゃいけなんですか! 大体田島さんがね、どんな仕事されてて、どんな暮らしされてるのか、私知りません」
田島「そうかと思います。ですから」
好子「あ、それを知りたいという意味ではないですよ。私にとって別にどうでもいいことです」
田島「はぁ」
好子「でも、ひとつ教えてもらっていいですか? 今日初めて会いましたよね」
田島「初めてですね」
好子「顔は? そのぉ……体は?」
田島「は?」
好子「私の」
田島「好子さんの顔や体がどうしたんですか?」
好子「もしかして……女性の容姿には関心ないんですか?」
田島「ありますよ!!」
好子「びっくりした」
田島「容姿に関心ない人います?」
好子「いやいや、ない人いるのかなって思うぐらい私、不思議な気持ちなんですけど」
田島「もちろん外見も含め、あらゆる要素が恋愛においては大切です」
好子「ですよね」
田島「しかし、こと結婚ということになるとどうでしょう」
好子「はい」
田島「それがこちらの円グラフです」
好子「あ、こんなに偏るんですね。割合」
田島「善悪に対する考え方。物事を評価、判断するときの基準。思想信条。人生とは、何に価値があるか。いわゆる価値観というもの。ほぼこれに尽きるのではないかと思うのです。結婚は」
好子「それは、ちょっとわかります」
田島「ツイッターのつぶやきを十年ほど見させていただいて」
好子「十年?」
田島「これほど価値観が合う女性とはこれまで出会ったことはなく、これからも出会う確率が低いかと」
好子「十年」
田島「私と好子さんの社会的、肉体的な観点から年齢を考え、今決断すべき時かと思いました」
好子「…………私は?」
田島「は?」
好子「私の気持ちはどうなんです?」
田島「もちろん、好子さんの気持ちは尊重すべきです」
好子「ですよね」
田島「突然の私の提案に対して、納得されていないと思います」
好子「そうです」
田島「しかし、私には自信があります」
好子「自信ですか」
田島「価値観がこれほど合う人と出会う確率は、とても低いからです」
好子「価値観……私は田島さんの価値観、知りませんよ」
田島「ごもっともです。ですからプレゼン」
好子「ごめんなさい」
田島「は?」
好子「やっぱり婚姻届に署名はできません」
田島「そうですか……」
好子「ただ」
田島「ただ?」
好子「ひとつだけ、わかっていただきたいことがあります」
田島「何でしょう」
好子「私……理屈ではないんです」
田島「は?」
好子「私の気持ちを動かすものは……」
田島「はい。わかっ、てます」
好子「それも?」
田島「もちろんです」
好子「私にとって大事なのは、大事なのは……」
田島「声」
好子「そうです。声」
田島「はい」
好子「あなたの声は、私を包み込み、体の芯まで響く」
田島「はい」
好子「田島さん、好きです」
田島「好子さん」
好子「あなたの声をずっと聞いていたい、そう思ってます」
田島「好子さん」
好子「やっぱりプレゼン聞かせてください」
田島「好子さん!」
好子「田島さん!」
                              〈終〉

シナリオの著作権は、山本憲司に帰属します。
無許可での転載・複製・改変等の行為は固く禁じます。
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ただし、以下のクレジットを表記してください。(作品内、もしくは詳細欄など)
【脚本:山本憲司】
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