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短編小説

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2021年7月の記事一覧

うなぎ

うなぎ

 週末に近づくにつれて、直人にあいたくなる。あいたくはなるのだけれど、あうと拍子抜けするほどあいたかった気持ちがすっかりと失せてしまう。
 だから。
 直人がもう泥酔で眠っているだろう時間に故意にいく。たとえば、23時すぎとか、日曜日になろうとしている時間に。
 合鍵を鍵穴に差し込むタイミングでお隣の『ナカタ』さんが車に乗って帰ってきた。ばったりと鉢合わせという偶然。
 直人曰く、『ナカタ』さんは

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オンナでいること

オンナでいること

 1日に5人のおとこがわたしの乳首を舐め胸を揉みしだき陰部を舐めあげ股を割り箸のように2つに割り容赦なく入ってきて出ていった。
 もう今さらなんともおもわない。無意味に天井だけをぼんやりとみつめる。天井にある壁紙が鳥の柄だったということに気がつく。鳥が揺れて視界が狭くなり、上にいるおとこの荒い息遣いだけが部屋中を満たす。
「いってもいい?」
 決壊が迫りおとこの声に余裕がなくなる。わたしはそこで勝

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千秋楽

千秋楽

 ひさしぶりに直人と一緒の布団に入り、ひさしぶりに泊まった。だいたい、今夜いくね。とメールを打ったくせにいくのが遅くなったのだ。(ほんとうにつまらない野暮用で。以前デリヘルで働いていたときのお客さんにあっていた。嫌だけれど。仕事なのでと割り切っている)23時を過ぎていてだから直人はソファーで舟を漕いでいた。スーピー、スーピーという寝息はいっそおもしろいくらい心地よさそうで、いちいち起こすのはやめて

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まいちゃんのおとうさん

 毎週土曜日の朝。必ずではないにしろ、まいちゃんと喫茶店のモーニングを食べにいく。
「うち、パンケーキモーニングとアイスカフェラテで」
 いつもおなじメニューでいつもかわいい声と顔でいつもいく喫茶店のウェートレスに小声で注文をする。
「はい。少々お待ちくださいませ」
 これもまたいつもとおなじセリフでウェートレスがしゃべる。ロボットが読み上げる定型文のように。わたしは朝、といっても11時半くらいだ

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図面

図面

 ブーブーブー……、スマホが震えたのはわかったけれど、どうしてもまだ、眠たくて起き上がることができなかった。
 それでもぐぐぐっと手を伸ばしてスマホを握りしめる。時間もついでに確認しようとして。スマホを手にとり、ぎょっとなる。
 時間よりもメールの相手からに。
 修一さんからだった。時間は朝の8時。なんでまた? 文面は『今からあえない?』という今から喫茶店にいかない? みたいな軽いメールだった。

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雨

 雨が降っている。それもバケツをひっくり返したような大雨が。車、きれいになるかも。わたしはそうおもいながらわが愛車フィアットのハンドルをおそるおそる握りしめる。
【ブーブー】
 助手席においてあるスマホが振動をし、信号に引っかかったとき、手に取る。
 その名前をみて、はっとなる。と同時にそんな気もしていた。なぜならバケツをひっくり返したような雨だから。
 修一さんからだった。
 時間ある? という

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