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図面

 ブーブーブー……、スマホが震えたのはわかったけれど、どうしてもまだ、眠たくて起き上がることができなかった。
 それでもぐぐぐっと手を伸ばしてスマホを握りしめる。時間もついでに確認しようとして。スマホを手にとり、ぎょっとなる。
 時間よりもメールの相手からに。
 修一さんからだった。時間は朝の8時。なんでまた? 文面は『今からあえない?』という今から喫茶店にいかない? みたいな軽いメールだった。
 しばらくスマホをみてから、枕の下におき、カーテンをあけ、空の色を確認する。
 梅雨の合間。いやになるくらいのブルーが広がっている。なってこった。そんな色。
 そしてまたスマホを握りしめ指がわたしの意識よりも勝手にスマホの画面を滑りだす。『いまね、起きたぶんだよ。8時半まで待って』そう打って急いでベッドから這い出る。寝坊をしたキャリアウーマンのように。顔を洗い、軽くお化粧をし、紺色の長袖Tシャツに黒いドットの茶色のチノパンを履いて結構くたびれたバックを持ち、部屋を出る。
『いま、うちの前にいるよ』と打つと『いま、いく』そうすぐに返ってきた。
 はやっ。いつもこのテンポで返事がきてくれたらいいのに。わたしはため息と二酸化炭素を一緒に吐く。うちの横にある自動販売機で缶コーヒーを買う。ルーレット式の自動販売機で(昔ながらの)7777が揃ってしまい、当たってしまった。こんなところで運を使うなんて。わたしはまたため息をつく。コーラーのボタンを押した。
「なんでこんなに朝早いの?」
 うちの前で待っていたら、奥さんの知り合いがいて急いでおいたましたといい、この辺で待つのは危険だと笑う。笑いごとじゃねーしとおもうも
「なんでこんなに朝なの?」
 ちょっとニュアンスが違うけれど同じ質問を重ねた。今日は修一さんとの間にサーフボード(邪魔物)はいない。うしろに押し込まれている。だから、修一さんの横顔が朝からみえて瞬時幸せを感じた。ついでにさっき当たったコーラーを渡す。はい。どうぞ。あ、ありがとう。
「きのう、打ち合わせでさ、泊まったんだよ。それで。で、今日はもううちにこもって今度からはじまる現場の図面を描かないといけなくて。めんどうだけれど」
 描こうか? 喉の奥まででかかった言葉をのみこむ。以前コンビニの図面を描いたことがあり、とても時間がかかってしまったから。
「描いてあげたいけどね」
 だからそういった。
「え? 描いてよ」
 え? そうきたか。わたしは、うっそーといいつつ窓の外に目を向けた。CADはほとんど修一さんからおそわった。こうやってぇー。で、ここで、マウスを離すー。ここの寸法が違うし。面積もださないと。授業料は体でいいかな。修一さんはそういうと真顔で怒った。真剣におぼえてくれ。と。
 打ち合わせが終わってから修一さんが雇っている従業員の監督たちと居酒屋にいったという。どうやってホテルに戻ったのかまるで記憶がないといい、なんならまだ酒が体内に残っているともいう。
「え? じゃあ、まだ酔ってるの?」
「それはないよ」
 車窓から流れる景色はまだ朝のその色をしており、新鮮さを感じた。
「それはない。だって高速乗って帰ってきたんだから」
 タオルを首に巻いている修一さんのタオルになりたいよな。ふと、そうおもった。
「そっか。そうだよね」
「うん」
 修一さんがクスクスと笑いながら返事を返した。
「朝から?」
 喫茶店でモーニングが食べたいからコメダにいきたいです。という敬語で謙遜した訴えは即却下され(ひとめがこわい)いつもいくホテルに入った。
 だから、朝から? と語尾をあげた。
「そう、朝からだ」
 その声にわたしはもうベッドの上にいる裸のわたしを想像し、妄想もする。
「へー、朝からねぇ〜」
 部屋に入り、朝だからなのか時間のせいなのか新鮮な空気なのか空腹なのかわからないけれど、わたしと修一さんは洋服を着たままでベッドになだれこんだ。まるで渇望をしている男と女のように。半ば無理やりといってもいいほど修一さんは容赦なく入ってきて、そして果てていった。上半身だけはお互い衣服を身に纏っていた。わたしの黒いドットの茶色のチノパンとピンク色のショーツ。修一さんの作業ズボンと奥さんが洗濯をした緑色したチエックのトランクスがベッドのまわりに盛大にばら撒かれている。
「なんかさ、」
 天井をみあげながらわたしはなんかさ、という。
 修一さんは、ゆっくりと首だけわたしの方に向けて言葉のつづきを待つ。気怠そうに。
「あ、いやなんでもないや……」
 なんかさ、獰猛だったよ。とても荒々しく感じたしね、こうなんていうか、性処理道具? ラブドールになった気分だったの。
「別にいい」
「なんじゃそれ」
 お互いシャワーをし、今度は裸で抱き合った。ただ、抱き合っただけだった。
「眠たいな。寝ちゃいそう」
「寝たら。起こしてあげるから」
「図面描かなきゃ」
 その唇にわたしの唇をそっと重ねる。黙ってよ。口封じ。そんな感じで。
「1時間したら起こすわ。わたしもお昼からバイトだし」
「うん。って、バイト始めたんだ」
 知り合いのデザイン会社にいっていると伝えると、そっかよかったなといい、ほんとうによかったなとくどいけどまたいった。
 1時間したら起こしてあげるね。

「おい! 起きろよ!」
 え? 朝? なん時? すっとぼけた声をだすとそこに裸の修一さんがいた。
「おはよ」
 おはよ。じゃねーよ! 明らかに修一さんは怒りをあらわにしており、しばらく脳が稼働をしなくなっていた。
「もう、夕方の4時だぞ」
「え?」
 スマホをみるとデザイン事務所から2度電話がきており、メールも3通きていた。
『急ぎの仕事あり。至急連絡ください』
「ほら、帰るぞ」
「うん」
 眠ってしまった時間は戻ってはこないしもう今日はやり直せない。こうゆう日だったのだ。
「お腹空いたよ。朝からなにも食べてないし」
 はぁ? それいまいうことか? 余裕だな。そんな顔をし、修一さんが眉根をひそめてみせる。
 ひそめた眉根を親指でわたしは押さえて
「もうじたばたしないのっ」
 大人の余裕をかもしだしてみたけれど
「ばか」
 速攻で修一さんの怒ったような呆れたような声がしてわたしははーいといい首をすくめてみせた。

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