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【夜を注ぐ③】

2話→ https://note.com/shimishmidaikon/n/n00a8dbabcd71

帰りたい…。酒の勢いでこんなところまで来てしまった自分を責めながらも、ミサトの頭はどうやってこの場から逃げるか、口封じの追跡を免れるか、とキリキリと回り続けていた。

しかしどう考えても逃げることも追跡を免れることもできない。同じく酔った勢いでミサトの職場、出身、住所がカヤに開示済みだったのが大きい。しかも3回ほど同じ話をしたので、都合よく忘れられてもいないだろう。

道を囲むように整然と植え込まれた木々が月明かりを遮り、丘全体を闇で包んでいる。闇の中を黙々と進むと、

春先の冷たい風に混じって、時折話し声が聞こえてくるのが分かった。

声の方を見ると、遠くで揺れる明かりが見える。

「カヤさん、アレって…」

「あぁ、あの人も私達と同じところに行くのよ」

カヤは落ち着いた声で答える。
やがて遠くにいた明かりの持ち主の姿がはっきり見えてくると、ミサトはその異様さに気付いた。

そこにはちょうちんがあった。ゆらゆらと揺れ、柔らかな光を放っている。

目を引くのはその上に浮かぶ能面だ。

それは面に似合わぬ紳士服に見を包み、糸でつられたように、ぎこちなく腕を動かしながらギシギシと音を立てて歩いていた。

そしてその後ろには、影を埋め尽くすように小さな黒い人形が、わらわらと進みながら絶えず何ごとかを呟き、頭をちぎれるほど左右に揺らし続けている。

一団はさながら小さな百鬼夜行を思わせたが、それでいて一つの生き物のように形を変えながら進んでいた。

「カヤさん…っ」

思わず呼びかけると、カヤは

「大丈夫よ」

と落ち着いた声で手を差し伸べた。振り向いたカヤはいつになく朗らかに、そして無邪気な表情で微笑んでいた。

「もう少しで着くわ」

ふもとでの気まずさが嘘のようなカヤの笑顔に、ミサトは口をつぐみ、そのおっとりした声に導かれるままカヤと手を繋いだ。

彼女の手は意外に暖かく、手を引かれて歩くミサトの頬はかすかに赤みを帯びたようだった。

次→ https://note.com/shimishmidaikon/n/nc2ba17ab2d24

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