見出し画像

【夜を注ぐ②】

1話→ https://note.com/shimishmidaikon/n/nc7bd95a9dea0

「このグラスに入っているのは"夜"。ほら、中で光っているのが星よ。これは星雲。星が入ったものは珍しいから、取り寄せるのに苦労したの」

カヤさんは、よく通る声で楽しげに言葉を紡ぐ。私がキレイだと言った"夜"は、カヤさんがグラスを回すのに合わせて踊り、様々な模様を浮かび上がらせた。

「すごいすごい!どこのお酒なんですか?」

ミサトは少女のような目でカヤの話に聞き入り、すっかりその"夜"に釘付けになっている。

「そんなに気になるなら、このあと見に行く?」
「…何をですか?」
「"夜"がこぼれる場所へ」

何を言っているんだろう。このお酒の醸造所に行くのだろうか?ずいぶん洒落た言い方をするものだと思いながら、"夜"への興味からミサトは快諾した。

カヤは店を出たあと、裏路地を縦横無尽に進んで行った。両側から迫るビルの圧迫感や室外機の不快な風もものともせず、おおよそ人が通ったことのないような狭い道をするすると歩いく。

彼女の歩く姿は猫のようであり、都会のビルをすり抜けていく風のようでもあった。

こんな所で迷っては路地の迷宮から二度と出られないような気がして、ミサトは何度かつまずきそうになりながら、必死でカヤを追いかけた。

気付くとそこは、小さな丘の麓だった。

「ここを登るわよ」
「へ」

ミサトが呆気にとられていると、カヤはくるりと体をそむけ、丘を登り始めた。

カヤの手には懐中電灯が握られている。二人はそのわずかな灯りをたよりに、うっそうと茂る丘の林を歩いた。

ふもとの看板を見る限り、ここは自然公園のようだった。こんな所でお酒を作っていたら通報されるのではないか。作っているのが密造酒だったらどうしよう。

ミサトは急な坂に息を切らしながら、ついてきた事をうっすら後悔し始めた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?