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【夜を注ぐ④】


前話→ https://note.com/shimishmidaikon/n/n731dcfb51f20 

カヤがミサトの手をぐいぐい引きながら歩くと、急に開けた場所に出た。鬱蒼とした木々は途切れ、草原と満点の星空が広がっていた。

ただ、広がっていた。

そこにはおおよそ酒造の出来るような施設も、建物も無かった。ミサトは裏切られたような気分になったが、あまりの肩すかしに言葉も出ない。

「ここが夜の溢れる場所よ」

ミサトとは対象的に、カヤは絶えず笑顔で話し続けており、今にも飛び上がりそうだ。実際カヤはミサトの手を引きながら何度か跳ねながら草原を進んだ。

ミサトは、丘の麓で無言だったカヤが、目の前で表情をコロコロと変えながら話す姿に困惑しながらも、帰るわけにもいかずノロノロと引きずられて歩いた。

くるぶし程の草の中を進んで行くと、やがて一つの机にたどり着いた。
カヤは机に懐中電灯の光を当て、

「ここで夜を採るの」

カヤの言うことは相変わらず理解できなかったが、ミサトは考えないことにした。ここに来るまでずっと分からなかったし、丘を登った疲労でそれどころではなかったからだ。

ミサトが、ニコニコと曖昧な微笑みをたたえていると、突然前方から声がかかった。

「いらっしゃいまし」

カヤが声の方に光を向けると、そこにはメイドが一人背筋を伸ばして佇んでいた。
メイドは張り付いたように表情を変えず、人形のような笑みのまま

「よくぞお越しくださいました。ご注文をお伺いします」

と、仰々しく深く頭を下げてメモ帳と万年筆を渡してきた。声に温度がない。

カヤはミサトに懐中電灯をもたせ、さらさらと何事かをメモに記した。ミサトはメモを覗き込んでみたが、驚いたことにまったく理解できなかった。

日本語だが、まるで外国語か何かを見ているようだ。ミサトは不信感と不安を募らせながらも、それを悟られぬ様に必死で口角を引きつらせた。

そんなミサトを尻目に、メモをメイドに渡したカヤは満面の笑みをたたえてこちらへ歩いてくる。静まり返った草原にカヤのスキップの靴音だけが楽しげだ。

「始まるわ」

「え、なにが…」

カヤは上を指さした。見上げると今にも落ちてきそうな星空があった。すると、突然空がゆらゆらと波打ち歪み始め、やがて

ゆっくりと落ち始めた。

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