笹川 健一 (Kenichi Sasagawa)
「巡る時間」と「追われる時間」のあいだ~『屋久島で生きると戯れる、はじまりの旅 2022春』旅日記#03~
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「巡る時間」と「追われる時間」のあいだ~『屋久島で生きると戯れる、はじまりの旅 2022春』旅日記#03~

笹川 健一 (Kenichi Sasagawa)

***プロローグ***

”映画を創りたい”。
正確には、”映画のようなものを創りたい”
それが、大人になりかけた頃の夢。まだ屋久島を知る前の夢。

目の前にいる存在、ある存在それぞれが自由に表現され、可能性に満ち溢れていく。そして、それらは時に繋がり合い、またあらたな可能性が萌芽する。そんな奇跡のような瞬間をこの目で見てみたいという夢。


旅のふりかえりの前に

「はじまりの旅」からもう一か月以上が経ってしまった。

前々回の記事では、『屋久島で生きると戯れる、はじまりの旅 -A journey back to the origin-』を創ることになった話をした。

あらためて自分でも読み直してみて、人から託された”問い”がこんなにも自分を動かすんだなと今そう感じている。

旅の興奮冷めやらぬ中、綴る旅の記憶も良いなと思っていたが、すこし落ち着いて、冷静になって、あの4日間を振り返ってみようと思う。

はじまりの旅で意識した「2つの時間」

「はじまりの旅」から遡ること6年。
2016年4月に島結で『屋久島ヨガ・リトリート&白谷雲水峡・太鼓岩ツアー3日間』を開催した。この旅をやり終えた時の充実した感覚は今でも残っている。この時も5名(20代、30代)の旅人と屋久島でともに過ごした。

旅を終えた後、再会を果たした仲間もいたし(一人はお友達を連れて屋久島に帰ってきてくれた)、その後の人生が大きく動いた仲間もいた。今もSNSで繋がっていたりしていて、どこかでこちらを見守っていてくれているのを感じている。

でも、この旅でやり切れなかったこともあった。
人と人のつながり、人と自然のかかわりを結び逢わすことはできたけれども、それを旅人たちの日常にも持ち帰ってもらえるまでには至らなかった…ずっとそう思ってきた。

そんな募る想いもあって、今回の「はじまりの旅」では、旅を企画する時から、2つの時間を意識していた。

・ひとつは、旅人が暮らす日常の時間
・もうひとつは、僕らが屋久島で暮らす日常の時間

僕も十数年前まで、旅人が暮らす日常の時間を生きていた。だから、それがどんな時間なのか、感覚として身体に残っている。

そして、それは「追われる時間」だ。
それは都会であればあるほど追われる感覚は強くなるように思う。

今、僕はもうひとつの日常の時間を生きている。
屋久島での時間。それは「巡る時間」だ。

どちらが良くて、どちらが悪いということではない。どちらもこの世に存在している時間だ。その証拠に僕の身体には2つの時間の感覚が残されている。

旅人には、この旅を終えた時、屋久島にいてもいなくても、「巡る時間」を感じてもらえるようにしたかった。屋久島に来た時だけ、「巡る時間」を感じてもらうのではなくて…。

屋久島がただの退避場所ではなく、巡る島にしたかった。

屋久島の川には水が巡り続ける


「巡る時間」は、自然が刻む時間

この旅のサブタイトルとして付けたのが、
「あなたの五感で味わう、ありのままの屋久島」と出会う旅

『屋久島で生きると戯れる、はじまりの旅』というタイトルが旅のあり方(be)を示しているとすれば、この副題は、この旅で何をするのか(do)を表した言葉だ。

告知ページでもこんな風に綴っている。

「あなたにとっての屋久島とは?」という問いに、
あなたが五感で味わう”ありのままの屋久島”を表現して、ともに分かち合えたら…そんな想いで、今回のツアーを作りました。

島結-SHIMAYUI- 「屋久島で生きると戯れる、はじまりの旅」より

「追われる時間」から「巡る時間」へチューニングするのは、そう容易いことではないと思っている。屋久島でガイドをしていて山や森を歩いていると、旅人の中には、屋久島にいるのに、「追われる時間」を過ごしている人たちがいる。

そんな時、残念な気持ちになる自分がいる。
なぜそうなってしまうのか?

おそらく自分自身で感じていないのだと思う。
もしくは、感じられないのかもしれない。

それはまるで屋久島の何かを観察しているように見えてしまう。

はじまりの旅の仲間には自分の五感〈見る、聴く、嗅ぐ、味わう、触れる〉全てを使って、屋久島の自然と戯れて欲しかった。なぜなら屋久島の「巡る時間」は自然が刻む時間だからだ。自然との深いかかわりなしには、「巡る時間」を生きることはできないから。

自然との深いかかわりは、必ずしも屋久島の山の奥や森の奥へ踏み入ることとは限らない。それは屋久島の日常にある自然でも、深くかかわることができる。そして、そのかかわり方は人それぞれだ。

森の中での感じ方は、人それぞれ

その可能性を「はじまりの旅」では、「森林浴」が最初に見出してくれた。

屋久島での森林浴の可能性[1日目]

今回の「はじまりの旅」には、高校生1名、大学生1名、20代の社会人が3名参加してくれた。こんなに若い仲間が集うとはちょっと想像していなかった。その最初の驚きのお話は前回の記事にて。

その分、どんな旅になるのか旅の数日前からワクワクが止まらなかったのを覚えている。

「はじまりの旅」の前夜

少しだけ前日の話を。

フェリー屋久島2が宮之浦港に到着する

1日前入りした、しーちゃんをあかりんと宮之浦の港へ迎えに行った。
お客さんだから…と気を使うこともなく、時間があったので、そのまま普通にランチをして、ホームセンターで竹の子掘りに使うスコップを買い足しに行って、八万寿茶園さんで抹茶ソフトクリーム食べて、屋久島の日常をそのまま一緒に過ごして、宿へ向かった。

あかりんのオンラインでの知り合いというのもあったけど、しーちゃんの穏やかな雰囲気が、自然とそうさせてくれたようにも思う。しーちゃんがソフトクリームを嬉しそうに持つ、あかりんと僕の写真を撮ってくれた。その表情は、友達と過ごす日常そのものという感じだった。

「はじまりの旅」の前夜。この日のことを頭の中で反芻しながら、この流れのまま初日を迎えようと思った。僕自身が、自然体で、ありのままに。

「追われる時間」から「巡る時間」へのチューニング

4月14日午後2時。旅のファシリテーター・あかりんの「森林浴プログラム」から「はじまりの旅」がスタートした。

旅のはじまりは、いつも緊張と興奮が漂う。
「追われる時間」から「巡る時間」へのチューニングが必要なのだ。

3泊4日の旅の中で、一番大事な時間と言ってもいいかもしれない。僕も事前にあかりんの森林浴の練習台になったし(練習台だったけど、十分に満足できるものだった)、場所の下見も入念にしていたので、きっと良い時間にしてくれるだろうと信じていた。

森の中での静かな時間をともに過ごす

森の中に入り、旅のはじまりを告げ、目を瞑り、静かな時間を仲間とともにする。次第に川の音、鳥の囀りが耳に入ってくる。辺りの音がよく聴こえてくるようになったら、自らの感覚が呼び覚まされてきた合図だ。

五感を呼び覚ますのに、「森林浴」は大きな役割を担ってくれた。

この日、4月から屋久島の地域おこし協力隊として移住してきたちぇりーが、この旅の取材の目的で参加してくれていた(こちらから声を掛けたというのが正しい 笑)。

彼女は、はじめ立派なカメラを持っていたが、このチューニングの時間を終えて、カメラをバックにしまった。

彼女がこの森を自らの五感で味わうことを決めた瞬間だった。観察者ではなく、この時間をともに分かち合う旅人になろうとしていた。

※ちぇりーが表現してくれた文章も素敵なので、最後に紹介したいと思う。そして、その文章には5年ぶりの再会を果たせたあやこちゃんが挿絵を描いてくれている。あやこちゃんの温もりある挿絵もぜひ見てほしい。

森林浴は、森を歩いて移動しながら、2時間半くらいかけて行った。自分自身の感覚をまるで準備体操するような感じで。ゆったりと、呼吸を感じながら。

最後は、新緑の眩しい森に包まれた川で自由な時間を取った。思い思いの場所で、自然を感じていた。

森の中で自由な時間を過ごす その1
森の中で自由な時間を過ごす その2

森林浴の中では、森を感じる時間とともに、
仲間たちと想いを共有する時間もちゃんと設けた。

これはこの旅のあり方を伝える上で大切な時間だった。

この旅の仲間の誰かが想いを言葉にする時、みんなでその言葉を聴くよ。そして、それはみんなが、分け隔てなく、言葉にする機会があるんだよというメッセージだった。

屋久島の新緑の薫りに包まれて、対話の時間を過ごす
自由な時間を感じて、気持ちをシェアする

旅人たちは、このメッセージをしっかりと受け取ってくれたように思う。

森林浴の後に、この島の神様がいる「牛床詣所」へ。われわれが屋久島にお邪魔していることを伝えた。

牛床詣所にてお参り


ありあまる自由を、生きると戯れる[2日目]

朝5時、旅の2日目がはじまった。
前夜の横殴りの雨は、朝になると止みはじめていた。

ありあまる自由に、戸惑う旅人たち

誰もいない早朝の安房川。はじまりの旅仲間、9名(※)が集う。順番にカヤックに乗り込むと、一斉に上流へ向かって漕ぎ出した。
※地域おこし協力隊・ちぇりーと島結ガイド・光平も参加してくれた!

新緑の安房川へ漕ぎ出す

早朝の安房川は、少し上流に向かって漕げば、水と森の世界がひろがる。ありのままの屋久島を感じるにはうってつけの場所だ。

当然だけれども、川に道はない。
どこへ進もうと、川のどこを漕ごうと自由だ。

僕も普段のガイディングは手放して、みんなを見守った。先頭で漕いでいた2,3人が突然漕ぐのを止める。そして、この森に、この川に浸っていた。

いったんっ漕ぐのをやめて、ただ浮かぶ

途中、川の中州でゆっくりと朝食タイム。
そして、松峰大橋の奥まで漕いで、みんな思い思いに引き返した。

先頭を引っ張っていたあかりんが、帰りは後ろに回り、突然カヤックの上で寝そべり始めた。あかりんは本当によく寝る。寝るのが好きなようだ笑

水上散歩、至福の時。

安房川の上で、ありあまる自由を前にして、最初はみんなどうしていいのか分からない。そんな様子だったが、みんな何かを悟ったように、川の流れに揺られてボーっとしたり、カヤックの上で寝そべり始めた。

人の目は気にせず、ただただ気の向くままに。

カイルも…Zzz
みつも…Zzz


感じること、そして、その先にある”生きると戯れる”へ

きっと自分の感覚を頼りに、この自然を味わうことができたら、旅人にとっての”ありのままの屋久島”がそれぞれの目の前に立ち現れてくるはずだ。旅を創るとき、そんなイメージを抱いていた。

自分の五感〈見る、聴く、嗅ぐ、味わう、触れる〉全てを使って、自然を味わうことができるようになった旅人はどんな状態にあるのだろうか?

それは、きっと我をも忘れて、夢中で、遊び尽くす。そんな状態なのではないだろうか?

そんな状態を何とか言葉で表現したい。それを旅のタイトルに据えたい。何か良い表現はないだろうか?トッピーの森で、うんうん唸って思いついたのが、”生きると戯れる”という言葉だった。

この旅に参加してくれた高校生のみつが、”生きると戯れる”というこの言葉に魅かれて、参加を決めたと旅の最後に教えてくれた。

こんな表現はもともとはないし、勝手に作り出した造語なのだけれども、この言葉のイメージや質感を受け取ってくれていたことがとても嬉しかった。
そんな想像力豊かな、みつの旅日記も最後に紹介したいと思う。

振り返れば、このリバーカヤックの体験が、「はじまりの旅」のあり方を決定付けていたように思う。旅の最中には気付けなかったけど、この時間が、あとからじわじわと旅人たちを「巡る時間」へいざなってくれたのだと思う。

ありあまる自由の中で、あなたはどうありたいのか?

旅人の一人一人が見る、”ありのままの屋久島”が
ひとりひとりに問いかけてくれたように思う。

ありあまる自由を安房川で見た旅人たち


暮らしをエンターテインメントに!

ゆぅーくりとお昼ご飯を食べた後、午後からは「あごだしとキャンプの宿トッピーの森」で、竹の子掘り!!

竹の子掘りのレクチャーをはじめると、”キャー!!”と悲鳴が…ヤマビルの登場。人は竹の子を掘り、その人の血をヤマビルは吸う。我々も巡る自然の一部なのだ笑

はじめてのヤマビル体験(笑)

はじめこそヤマビルを気にしていたけど、竹の子掘りに、一部の人は竹の伐採に我も忘れて夢中になったいた。まさに”生きると戯れる”時間だった

掘って
食べて
掘って
喜んで
笑う

僕らがカヤックをして、お昼ご飯を食べて、竹の子を掘っている時、妻のやりちゃんは、炭火でトビウオを焼いていた。森には、竹の子の青臭い香りとあごだしの香りが共存していた。

竹の子掘りの後の休憩時間に、かっきーがやりちゃんのトビウオを焼いていた。裏で焚火の準備をしていると、二人の笑声が聴こえてくる。この時、かっきーは、ありあまる自由を歩き始めていたのかもしれない。
かっきーも旅の記憶を綴ってくれた。その感受性豊かな言葉たちで。こちらも最後に紹介したいと思う。

みんなで掘った竹の子の灰汁抜きをするため、「トッピーの森」の雑木を集めて、火を焚き始めた。妻のやりちゃんの”てめえの飯は、てめえで作れ”をモットーにご飯作りというみんなの協働作業がはじまった。

あかりんが火を焚こうとすると、もう一台の焚火台にみつとカイルが寄ってきて、負けじと火を焚く。この日から二人は、火付け担当となった。ほかの仲間たちも野菜を洗ったり、切ったりと、それぞれの持ち場で作業していた。

火起こし担当のふたり
野菜を嬉しそうに洗うちぇりー
TTGの準備中!!

そして、この日のメインイベントは、ガイド・光平の「竹炊きごはん(TTG)」。竹をきれいに2つに割って、そこにご飯とお水をセットする。竹でまた蓋をしてそのまま焚火に放り込む。すると、見事な白飯が!

「竹炊きごはん(TTG)」の蓋を取った瞬間。
この日、この夜、一番の歓声が「トッピーの森」にこだました。

さすが屋久島のガイドだ!
暮らしをエンターテインメントにしてくれた!

竹炊きごはんを火の中へ
夜はしだいに更けていく


自然と対話し、人と対話する[3日目]

3日目は、屋久杉の世界へ。
樹齢1,000年を超えた杉を屋久杉と呼んでいる。
1,000年を一代で生き切る。人間であれば一体何代かけて継いでいけるのか。そのこと、その時間をどう感じるのか?

一つの森に七つの森が立ち現れる

この日は、1本の屋久杉の前で、静かな時間を過ごした。2,000年以上は生きてきたであろう屋久杉に触れて、それぞれが何を感じるのか?どんな想いが溢れてくるのか?

屋久島で2日間ともに過ごしてきた時間も振り返り、今湧き上がるそれぞれの思いを言葉にしてもらった。旅の終わりを迎えた時、どんな自分でありたいのか?明確にこんなあり方とは言えなくても、ぼんやりと頭に描いてもらえるように、対話の時間をしっかりと取った。

自然とひとつになる感覚をみんなで味わう

ヤクスギランドでの森歩きは、島結では今までやったことのない森歩きをした。ツアー前には、あかりんが森林浴を取りれて、森を案内するのもひとつ、僕が屋久島のガイドとして、インタープリターするのもひとつと選択肢を2つ考えていた。

でも、その屋久杉からヤクスギランドの移動する車の中で、閃いてしまった。

第3の選択肢を!

この仲間たちなら、もうすでに”ありのままの屋久島”を表現できるのではないか?と。そのプログラムの内容をあかりんに話すと、「面白そう!」と即答してくれた。こうして、旅人たちは、僕の即興アイデアで、屋久杉の森を歩くことになった。

ヤクスギランドの森の中でそれぞれが感じる「自分にとっての屋久島」と思う風景を、それぞれに表現してもらった。7人で森を歩けば、7人それぞれが見るそれぞれの森に触れることができる。

10年ガイドをしていても見れなかった森がそこにはあった。”この森には多様性がある”なんて説明しなくても、少なくとも7つの森が存在していた。

一つ目の森
二つ目の森
三つ目の森
四つ目の森
五つ目の森
六つ目の森
七つ目の森

竹の葉で包まれたお弁当を川にある大きな岩の上で食べた。みんな穏やかで、満ち足りた表情をしていた。

川の音が心地よい岩の上で

お弁当を食べ終わり、お天気も良かったので、30分ほど自由な時間を設けることにした。この岩から見える範囲内でと伝えたが、気付けばみんなあちらこちらへ移動して、ボーっとしてみたり、風景を見つめてみたり、目を瞑って自然を感じたりしていた。気持ち良すぎて寝ちゃう人も…笑

ありあまる自由の中で、右往左往する仲間はもういなかった。みんな”生きると戯れる”を自らの意志で実践し始めていた。

”生きると戯れる”を自らの意志で実践する旅人

あかりんが旅日記で表現してくれたように、
僕らはただ”森の中で、信じて待つ”
本当にただそれだけ。
あかりんの旅日記も最後に紹介したいと思う。

”森の中で、信じて待つ” あかりん


ビジョナリー・ジャーニーの時代

午後からは、「島結つながるSHORT TRIP」の時間。

「はじまりの旅」を創るメンバー以外の生き方にも触れてもらいたいなという想いと、自然とともに生きる人の手仕事にも触れてもらいという想いから、この時間を作った。

今回は、久保養蜂園 屋久島ファームのくぼちゃんと律ちゃん(あまねちゃんにも♪)に協力してもらった。くぼちゃん・りっちゃん夫妻とは、うちの妻ともども移住当初からお世話になっていて、まさか焼酎作りして、焼酎売っていた二人が、はちみつの養蜂をするとは?出会った頃は予想だにしてなかった。

まさに”生きると戯れる”の実践者である二人から旅に関わることを快諾してくれた時は、素直に嬉しかったし、有難かった。

ふたりには、この旅でのこの時間の意図や、そもそもどんな想いでこの旅を企画して届けようとしているのかしっかりとお伝えさせてもらった。

その意図を汲んでもらえて、テイスティングからフィールド見学そして、旅人たちと”生きると戯れる”実践者・くぼちゃんとの対話の時間。

極上のはちみつを味わい、思わず笑顔になる
律ちゃんがはちみつ入り紅茶&ほうじ茶ブレンドしてくれた
養蜂場にてフィールド見学
蜜蜂とはちみつのお話タイム
蜜蜂が一生かけて集めるはちみつをいただく(感謝)
蜜蜂がご挨拶に
くぼちゃんの”生きると戯れる”を語ってくれた

旅を終えて思ったのは、細かい段取りを決めるよりも、この場を設ける意図を伝えることが何よりも大切なんだと気づかせてくれた素晴らしい時間だった。

旅人の中にも、「はじまりの旅」を終えた後の自分を想像する時、生きること、働くこと、自然と関わること、あり方のひとつとして、この時間が思い起こされるんだろうなと思った。

この日最後は、お土産物を買いに、「武田館/YAKUSHIMA BLESS」へ。
「武田館」さんには、島結レーベルのあごだし商品も置かせてもらって、いつも作り手のことを応援してくれる有難い存在。

この日、BLESSの金田さんが声かけてくれて、この旅のことをお話していたら、屋久杉見ますか?とこれから屋久杉の工芸品にある加工途中の屋久杉材や土埋木を見せてくれた。

YAKUSHIMA BLESS にて
屋久杉のことを熱くお話してくれた
最後は、土埋木のお話

お土産を買うためにと思って足を運んだら、段取りしていてもなかなかここまではしてもらえないのでは?と思えることが目の前で展開していくことに、あかりんと二人でこんな奇跡ってある?と笑ってしまった。それくらいこの時間も良い時間だった。

旅の企画から大切にしてきたことだけれども、旅をしながらさらにその思いを強くしたことがある。それは、旅を創っていく上で、旅を終えた後に描きたい世界=ビジョンをしっかりと言葉にして表現すること。そして、それを丁寧に旅人やこの旅に関わる人へ伝えていくことが大切なんだということ。

まさに、これからは”ビジョナリー・ジャーニーの時代”なんだと思う。

屋久島の漁師さんも集う、「結-YUI-の焚火会」

最後の夜は、2日目にみんなで掘った竹の子で竹の子ご飯を炊いた。またみつとカイルが、火を焚いてくれた。もう二人の志事になっていた。

それから妻が製造するあごだしを使った、「屋久島あごだしおでん」をみんなで作った。この時期獲れる水イカを漁師のかよちゃんが釣ってきてくれて、水イカの刺身も振る舞われる贅沢な最後の晩餐となった。かよちゃんも一緒に火を囲み、旅人たちによる「結-YUI-の焚火会」をともにした。

この夜、大学生のカイルが相談してきた。
「はじまりの旅」数日時間に余裕があるから、屋久島で自然とともに生きる人を紹介してほしいと。その人に会って、その人のフィールドを見てみたいと。地域の課題解決に取り組む彼らしい相談だった。

もともとつながりがあって、モスオーシャンハウスには行くことが決まっていると教えてくれた。あともうひとつ。それなら、エコビレッジ・アペルイはどうかな?と話をした。旅が終わった後、無事にアペルイに行けて、カイルからは行って良かったとメッセージをもらった。

今思うと、カイルが描きたい未来のための相談をしてくれたというところが、「結-YUI-の焚火会」らしい会話だったなと思った。

いよいよ明日はもう最終日。
どこか寂しい雰囲気を感じながら、この日は眠りについた。

ありのままの屋久島に出会えた瞬間[4日目]

最終日は、野生動物たちの森へ。
前日に屋久島のパン屋さん「ヒロベーカリー」でパンを買って、大川の滝まで車を走らせた。

家族のような団らんのひと時

大川の滝近くの海辺で朝食を取った。久保養蜂園 屋久島ファームのはちみつを贅沢にパンに塗って食べた。

「久保養蜂園 屋久島ファーム」のはちみつを贅沢に味わう

目の前には、果てしなく続く大海原、後ろを振り返れば多種多様な緑が続く新緑の森。浜にころがる岩に座るとお尻にその感触が伝わる。波の音と川の音が交互に聞こえてくる。そして、はちみつの甘い香りが口の中に広がった。

広い広い浜なのに、朝食を食べる時は、みんなで小さく輪になっていた。お互いに昔から知っている、そんな家族のような団らんのひと時だった。

家族のような団らんのひと時

ここでも自由な時間を用意した。どんな風にみんなが過ごしていたかはもう言葉にする必要もないだろう。みなさんの想像の通りだ。

大川の滝を肌で感じたあと、照葉樹の森へ向かった。

大川の滝にて


7人の前に立ち現れた、ありあまる奇跡たち

ガジュマルの巨木まで道なき道をみんなで歩いた。
この森に道はない。
誰もが自分の道を歩くことができる。
どの道も正解だし、道に正解などない。

ガジュマルの巨木の前で、旅の振り返りをするためのワークをした。僕は、お昼ご飯の準備に取り掛かった。お昼ご飯は、島結レーベルの「屋久島フィッシュカレー」を用意した。

屋久島トビウオ入り、フィッシュカレー

あかりんがファシリテートしてくれたワークは、木から自分へ手紙を書くというものだ。「屋久島フィッシュカレー」のパッケージには屋久島の作家さんが描いた絵ハガキが入っている。この絵ハガキを使って、手紙を書いてもらった。

最後の旅の振り返りの時間は、素晴らしい時間だったことを多くの人へ伝えたいけれども、言葉にすることはできない。あそこにいた7人だからこそ立ち現れた世界だったのだと思う。

一人一人の話に耳を傾けながら、何度も涙を堪えるために天を仰ぎ、ひとつひとつの言葉を噛みしめるように聴いた。森や樹木と五感で深くつながることで、それを感じる自分自身とも深くつながることが「はじまりの旅」を通してできたのだと…旅人たちから教えてもらった。そこから湧き上がってきた言葉からは、一人一人が”ありのままの屋久島”と出逢えたという、そのたしかな手ごたえを感じさせてくれた…今はそう思う。

ふりかえり直前の様子。このあとはシャッターを切れなかった。

最初にお話しした、ずっと見てみたかった夢。
この日、僕はその夢を見ることができた。

目の前にいる存在、ある存在それぞれが自由に表現され、可能性に満ち溢れていく。そして、それらは時に繋がり合い、またあらたな可能性が萌芽する。そんな奇跡のような瞬間をこの目で見てみたいという夢。

冒頭のプロローグより

2022年4月14日(木)~4月17日(日)の4日間はどんな時間だったか?

そう問われたら、こう答えるだろう。

ありあまる自由の中で、ありあまる奇跡を、
旅人たちとともに駆け抜けていくような、
そんな瞬間の連続だった
と。

「はじまりの旅」のその後の話[1カ月後]

僕は森にいる。

小川をまたいで立つ木。
どこか自分に似ているように見える。
じっとその木を見つめていると木が僕に語りかけてきた。

木:「君は、今何を思うのかね?」

はじまりの旅が終わり、ふと自分のいる時間のことを想っています。

木:「それは、「巡る時間」と「追われる時間」のことだね。」
木:「君は、2つの時間のあいだで、どうありたいのかい?」

今、僕は、「巡る時間」に日常を置いています。
「追われる時間」とは程よい距離を取っているのかもしれません。

でも、「追われる時間」には苦しい時間もあったけれども、刺激的で、新鮮で、充実感もある、素晴らしい時間もありました。だから、この「追われる時間」にもどうにか接点を持ち続けたいと思っています。

木:「その接点というやつは、君にとって何なんだね?」

その接点とは何か…。

それは、”旅人との出会い”なのかもしれません。彼ら彼女らから多くのことを受け取ったし、これからも受け取っていくと思います。

木:「君は、「巡る時間」に日常を置きながら、「追われる時間」とどう対峙するつもりなのかい?」

どう対峙したらよいのか…。

2つの時間のあいだで、自分がどうありたいのか…?

この木との対話を経て、ぼんやりとひとつのイメージが浮かんできた。

それは「巡る時間」に軸足を置きつつ、
いつでも「追われる時間」の流れに乗れる
そんな”しなやかな”あり方。

そんな”あり方”をして何を為していくのか?

旅人がもし「巡る時間」に身を置いたことがないというのであれば、その旅人と「巡る時間」を屋久島でともにしたいと思う。

それは頭で考えて見えてくる世界ではなく、おそらく、心で感じることで見えてくる世界なんだと、「はじまりの旅」をともにした仲間たちに教えてもらった。

「巡る時間」は、何も屋久島にだけあるわけではない。人が自然と生きる地域なら、この「巡る時間」に触れられるはずだ。

僕が最初にこの「巡る時間」に触れたのは、
屋久島ではなくて、西表島だった。

「西表島(の自然)」で「巡る時間」に出会い、
「巡る時間」を身近なところに持ちたいと思い「奥多摩(の自然)」へ通い、じっくりと時間の軸足を移すために「屋久島(の自然)」に移住した。

これからも「屋久島(の自然)」で、
旅人と「巡る時間」との出会いを創り続けていきたい。そして、旅人の日常でも「巡る時間」を感じられるようにしたい。

それが「はじまりの旅」から僕が頂いたギフトだ。

2つの時間のあいだをこれからも僕は生きていく。


***エピローグ***

屋久島での11年を振り返ると、「追われる時間」から「巡る時間」へ生きる軸足を移していく”あいだ”だったのだと思う。

屋久島でガイドを志して、最初の5年は本当にがむしゃらに働いていた。ネクタイもしてないし、スーツも着てないけど、東京でのサラリーマン時代と中身はあんまり変わっていないのでは?と思うくらいに。おそらく屋久島に住みながら、まだ「追われる時間」に軸足があったのだと思う。

2016年のリトリートの旅の後、旅人たちの人生それぞれが幸せへとつながっていくのを見させてもらって、自分が旅を通して、表現したかったことはこういうことなのかな…と感じることができた。
でも、まだ言葉にはし切れなかった。

そして、2018年に島結にもスタッフが入ることになって、ようやく考え方に変化が訪れた。がむしゃらに働き続けた先に、一体どんな未来があるのか?それは幸せな生き方なのか?ガイドをするスタッフのあり方を考えた時に、自分のガイドとしてのあり方を客観視できるようになった。

2022年4月。
「屋久島で生きると戯れる、はじまりの旅-A journey back to the origin-」は、A journey back to the originというう名の通り、僕自身にとって、まさに”原点回帰の旅”となった。

もう次のアクションは決まっている。
2022年11月、
「屋久島で生きると戯れる、はじまりの旅  2022秋」を開催すること。

ここにどんな人たちが集まり、
どんな時間をともにするのか、
今から楽しみでならない。

ラストカットは、永田いなか浜で
ジャンプのタイミングを見計らって…

最後に…
この旅に集ってくれた、あやこちゃん、みつ、カイル、かっきー、しーちゃんへ、そしてこの旅を一緒に創ってくれた、あかりん、こうへい、ちぇりー、やりちゃんへ、この旅にゲスト出演してくれた、久保夫妻、金田さん、かよちゃんにも有難うございますとこの場を借りてあらためて感謝の意を伝えたい。

あやこちゃん、みつ、カイル、かっきー、しーちゃんへいつでも屋久島に帰っておいで。

火を焚いて、待っているよ。

旅人たちはまた日常へ旅立っていった


**「はじまりの旅」の旅日記ご紹介**

「はじまりの旅」の”旅人たちが五感で味わった、ありのままの屋久島”との出会いの旅日記はこちらから。

地域おこし協力隊・ちぇりーの旅日記。あやこちゃんの挿絵もぜひ♬

高校生・みつの旅日記。疾走感溢れる文章をぜひ!

かっきーは、自分の住む地域の「巡る時間」を感じられる場所で日記を書いてくれた。感受性豊かな表現をぜひ!

ともに旅を創った、あかりんの旅日記はこちらから。


**後記**
5/30 記事タイトルを変えました。
最初の公開前のタイトルは、
「巡る時間」と「追われる時間」のあいだ
でした。

でも、考えた末に、
ビジョナリー・ジャーニーの時代
にて公開。

しかし、この文章の本質は公開前のタイトルかなと思い、
元へ戻しました。巡り巡ってもとのタイトルです(笑)

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笹川 健一 (Kenichi Sasagawa)

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笹川 健一 (Kenichi Sasagawa)
島結-SHIMAYUI-代表。2011年4月東京から屋久島へ移住。29歳で広告プランナーから、ネイチャーガイドへ転身。”伝える”がライフワーク。あごだしとキャンプの宿「トッピーの森」にて『結-YUI-の焚火会』開催中!!(https://www.shimayui.com