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【読書感想文】法月綸太郎の冒険/法月綸太郎 ※ネタバレ注意

本日の読書感想文はこちら。

小説家・法月綸太郎と父親の法月警視が活躍する人気シリーズの短編集。
バラエティに富んだミステリーが楽しめる作品です。


短編とは思えない濃厚ミステリー【死刑囚パズル】

中里陽一は東京拘置所の刑務官。
その日は朝から休みだったのですが、出勤する予定だった職員が怪我により
仕事が出来なくなったため、中里に要請が回ってきました。一般企業でもありそうなことでも、場所が場所だけに相当な仕事なのです。自分の仕事を誇りに思っている中里ですが、こればかりは気が重くなっている。
その日行われる予定だったのが、有明省二という死刑囚の死刑執行だったからです。
この有明省二、一言で言えば『悪魔』そのもの。傷害罪に始まり、強盗、婦女暴行等々…見ていて気分が悪くなるような罪状がずらりと並んでいます。彼の死刑執行に立ち会うよう、中里が呼ばれたということです。
ですが、それよりもさらに予想外のことが起こってしまいます。
絞縄を首に巻き、まさに執行されようとしていたその時、突然有明が苦しみだしました。のたうち回った後、そのまま亡くなってしまったのです。死因は中毒死、最後の餞として用意されていた饅頭とセットのお茶に、大量のニコチンが混入していたのです。
当然、現場は大混乱。捜査をするにしても、警察に連絡すれば騒ぎはますます大きくなるし、何より拘置所内、しかも死刑台で殺人が実行されたとなれば日本の法の根幹を揺るがす事態にもなりかねない。そこで考え付いたのが、所長と旧知の仲でもある法月警視と、息子の綸太郎コンビだった―――
最大の謎は『何故死刑囚を死刑執行日に殺害しなければならなかったのか』になります。元々亡くなることが決まっていた彼を、何故その日に葬らなければならなかったのか。
また被害者はニコチンで中毒死したのですが、その際に使用されたアンプルが処分されずにダストシュートに残っていました。何故凶器が残るようなことをしたのか。そもそも何故、凶器にニコチンを選んだのか。
そこかしこに散らばる小さな違和感を拾い集め、そこから論理的にすべての謎を聴衆の目の前で披露する様子はお見事としか言いようがありません。
そして綸太郎が動機に気付いたのは、犯人がわかった後でした。その動機は…計り知れないほど、哀しいものでした。
ミステリーとしては勿論、死刑制度や執行の様子などが事細かに説明され、今まで詳しく知らなかった法律のことも理解できるものとなっています。
短編ながら、名作中の名作と言えるでしょう。

サイコパスクイズの原型?【黒衣の家】

当麻規介の葬式が終わった当麻家。
当麻家長男・靖規と妻の朝子、息子の澄雄。靖規の妹の真希子と夫の公一。靖規の弟の克樹と妻の真由子、その娘の真理。規介の妻であり靖規たちの母・佐代とその妹の世津。そして規介の甥である法月警視と綸太郎親子。
葬式が終わった後の暗い雰囲気ではありますが、そこでちょっとした騒ぎが起こります。克樹と佐代が言い争いに発展し、「次にここに来るのはあんたがくたばった時だ」と吐き捨てて克樹は出て行ってしまったのです。
ですが、四十九日にもならない間に、本当に佐代が亡くなってしまうのです。食事の際に用意された味噌汁に農薬が混入されていた中毒死なのですが、更に不幸は重なり同じく食事をしていた世津も、悶え苦しむ佐代の様子を見て心臓発作を起こしてしまいました。法月警視から事件の様子を聞いた綸太郎は、いつものように自宅で推理を始めるのでした。
この話、見出しにも書いたのですが、クイズで見たことがあるシチュエーションだと気付いた方もいるのではないでしょうか。それを知っている方は、動機や犯人に自ずと辿り着けるかもしれません。
また法月警視の警察を目指した理由や過去もちょっと語られるのが興味深いです。

悍ましい犯人の動機が語られる【カニバリズム小論】※内容注意

綸太郎は大学時代からの友人である語り手の元を訪れます。
大久保信というこちらも綸太郎の大学時代の知り合いが、恋人を殺害した上にバラバラにし、五日間にわたってそれを食していたというショッキングな事件を起こしていたのです。犯人は既に逮捕されているが、綸太郎が気にしているのはその動機でした。何故恋人を口にしたのか?その話を聞いてもらおうと、以前カニバリズムの研究に凝っていた語り手を訪れたのでした。
綸太郎は既に答えに辿り着いているのですが、どうして話を聞いてもらおうと思ったのかが最後に判明します。悍ましさに背筋が震えます。
それから、題材が題材だけに食欲が間違いなく削がれます(特に肉類に対して)読まれる際には注意してください。

綸太郎と司書のやり取りが楽しい【図書館シリーズ】

綸太郎が通う図書館で司書をしている沢田穂波という女性とのコンビが光るシリーズ。他の短編でもちょいちょい登場します。

◇切り裂き魔
図書館で所蔵している本のページが、切り取られてしまう事件が発生。それは推理小説に限定され、しかも最初のページだけが綺麗に切り取られている、しかも大量に。
本の貸出リストから、犯人はあっさりと判明。ですが、その動機の裏には真の黒幕とも言うべき人物の存在がありました。
決して褒められた行為ではありませんが、図書館でそんなことをされたら、やりたくなってしまうのもなんとなくわかります。推理小説オンリーというのが、謎を解くポイントです。

◇緑の扉は危険
菅田という男性が、自宅で首を吊って亡くなってしまいました。
彼は図書館長と親しく、生前には私蔵寄贈の約束もしていました。遺言にもその旨が書かれていたのですが、そこでトラブルが発生。
彼の妻が、頑なに寄贈を拒否しているというのです。その時点で怪しさ満点ですよね。しかも彼女は、夫が好きだった三島由紀夫や江戸川乱歩にも興味がなく、本の価値もわかっていない。それなのに本に執着するのは何故か。
また現場の様子から自殺だと思われていますが、綸太郎は密室殺人ではないかと疑っています。その根拠とは?
綸太郎は一人多重解決をよくやっていますが、この作品では切れ味鋭い推理を見せてくれます。あと、こう言っては何ですが、奥さん難ありすぎじゃないですかね。

◇土曜日の本
書店でアルバイトをしていると、毎週土曜日にやってくる奇妙な客がいた。その男性客は50円玉を20枚所持しており、毎回1000円への両替を依頼してくる。そのアルバイトを辞めるまで、それはほぼ毎週続いていた。正体も理由もわからないままだった。
…という女性作家の実体験を綸太郎が穂波に聞かせていると、知り合いの大学生がやってきます。その大学生が持ってきた話は、今しがた綸太郎が話していた内容とまったく同じだったのです。知り合いの女子大学生が書店をアルバイトをしていると、変装をした男性が両替にやってくるという―――
犯人や動機がわかると、ちょっとほっこりしてしまいます。

◇過ぎにし薔薇は……
穂波がいる図書館で、一日に三冊本を借りていく女性がいました。本間詩織という名前の彼女は、中身を気にせずに本をどんどん借りている様子。しかも別の図書館でも同じ行為をしており、とてもすべて読めるような本の数ではないことは明白でした。
しかも彼女が借りていった本には、必ず薔薇の栞が挟まっていたのです。一連の彼女の行動は何を意味するのでしょうか。
これは、動機がかなり重いです。読んでいていたたまれなくなってしまいます。また読書好きの方は、共感できる部分もあるのではないでしょうか。
【図書館】シリーズの中でも好きな作品です。

読んで損はなし、ロジカル推理を余すことなく味わえる

安楽椅子探偵もの、日常ミステリーものなど、いろいろなジャンルのミステリーが詰まっています。
また綸太郎が割とヘタレな変わり者なので、父親や穂波などとのやり取りも楽しめます。まあ本作に限らず、綸太郎は変人扱いされていますが(特に警察内で)
法月綸太郎入門とも呼べる一冊、何度読み直しても楽しめます。
ではでは、また次の投稿まで。

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