見出し画像

360度評価の注意点を識学的に整理してみる。

弱者を守るための経営と見なされている「360度評価」の注意点について解説していきます。360度評価には多くのメリットがありますが、これを採用すればあらゆる組織が例外なく成長するというわけではありません。360度評価を導入するか迷っている人や、すでに始めたけれどもいまいち効果が感じられないと悩む人にとっては、本記事が助けになるはずです。

360度評価とは


働きたい会社の理想像は人によってさまざまですが、働きたくない会社のイメージは割と似通います。それは、利益ばかりを追いかけて社員に激務を強いる、いわゆるブラック企業です。

「そんな会社にしないために」との考えから生まれた、現場の声一つひとつを拾い上げようとする手法が360度評価です。360度評価は、1990年代に人材育成のメソッドとして大いに発展しました。部下、同僚、上司からの評価をもとにそのフィードバックを通して適切な教育を行っていくことが主目的とされています。

一方で、管理職に対する抑止力としての機能も期待されています。とある外資系の会社では、本国から来た社長の評価はすべて360度評価によるものでした。それには本国の目の届かないところで社長が暴走しないようにするという意味合いがあります。

さらに、部下や現場の声をしっかり上層部が拾い上げるという機能も360度評価にはあると言われています。現場の従業員が声を上げられず過酷な労働を強制されることがあってはなりません。利益を追い求めるあまり過度な労働を強いる管理職をとがめ、現場で泣き寝入りするような社員をなくしていく。360度評価は、まさに「弱者を守る経営」なのです。

また、現場の「困っていること」に経営のヒントが隠されていることも多くありますから、360度評価でそれを見つけることができるとも考えられています。

4つの期待とその注意点


360度評価に期待されるのは、下記の四つにまとめられます。

  1. 管理職の育成

  2. 管理職の権限の乱用の抑止力

  3. 現場の声を拾い上げて経営に活かす

  4. パワハラ、隠れ残業など労務上リスクを事前に防ぐ

ただ、①~④にはそれぞれ注意点もあります。以下で解説していきます。

管理職の育成 成熟した組織でなければ機能しない


まずは①についてです。360度評価によって管理職を育てるためには、その組織が成熟していなければいけません。

あなたが管理職だとして、自分の上司や人事部が部下の自分に対する情報を持っていたらどう感じますか。しかも、それは自分が知らなかった内容です。

情報は権力にもなります。この場合、「部下に嫌われているのでは。それを知っている人事部が私を左遷させようと裏ですでに工作をしているのでは」と疑心暗鬼になってしまうことが予想されます。その状態で、果たして上司として毅然としたマネジメントが行えるでしょうか。部下に気を遣い過ぎるあまり正しい指摘さえおぼつかなくなります。

実際、360度評価を導入している企業では、管理職がいる意味がなくなったり、部下が上司を糾弾する事態が発生したりします。部下は上司を評価できると勘違いし、その場の感情や主観を上司以外にぶつけるのです。気に入らない上司を、部下が別の部署の上司と利害関係が合うことで結託し、貶めようとするということです。卑劣とはいえ、サラリーマン社会ではよくある話です。いずれにせよ、このような環境では管理職が成長することはできません。

360度評価を機能させるためには、当事者同士での指摘ができる、疑念の発生しない環境や、指摘を受け止められるような管理職の人格形成が必要になります。成熟した組織であるという前提がなければ、360度評価は正しく機能しません。

管理職の権限の乱用の抑止力 フィードバックを行おう


次は②について見ていきます。

これは一定の効果を生みます。権限を乱用する管理職がいたら通報されますから、360度評価が抑止力になるわけです。

ただ、当事者同士でのフィードバックがなされなければ、情報を集約している人事などの部署が本来持つべきでない権力を持つ可能性があります。これも①同様に注意が必要です。

現場の声を拾い上げて経営に活かす トップのエゴが出てしまう


続いて③です。

例えば、社長があなたの部下に直接ヒアリングを実施し、勝手に部下の要望に応え権限行使を行ったとしたらどうなるでしょうか。「上司にはだめだと言われていたのですが、さすがは社長です。ありがとうございます。やっぱり社長は分かってくれますね」といった考えを部下は抱くでしょう。社長は「自分は社員の声を聞いてあげて会社をよくしている」とでも思いながら機嫌よく去っていきます。

管理職であるあなたにしてみれば、ただただやりにくいだけですよね。これはトップのエゴです。360度評価には、常にそのエゴを満たすために使われるリスクがあるのです。

パワハラ、隠れ残業など労務上リスクを事前に防ぐ 客観的な事実を見ることが大切


最後は④に関してです。

労務上のリスクを軽減するために最も重要なのは事実情報の収集です。360度評価で得られる情報が常に事実であれば④の機能は果たせるでしょう。ただ、これには評価者訓練が必要になり、また評価項目も客観的事実に限定する工夫が必要です。

例えば「あなたはこの人と仕事をしていて安心できますか」などはいけません。これは主観でしかなく、その人の感情であり事実を示すものではないからです。「この人が嫌いで、嫌いな人から指摘されたらいやな思いをしたのでパワハラです」といった主張がまかり通っては組織が破綻します。

明確なルールが存在し、それに違反しているかどうかの事実情報を常に回収できる状態であれば、わざわざ聞きに行くまでもなく報告が上がってくるものです。報告をしにくくなる原因は、感情的な人間関係や変な気遣いが多いことです。

公明正大なルールや評価、規律のある組織は風通しがよいです。そういったことをしっかり整えておくことの方が、労務上のリスクへの対策としては効果があります。

まとめ


匿名性の高い360度評価は管理職の育成を阻害し、組織の一部に、情報による本来不要な権力を与え、事実ではなく主観による意思決定がされる原因になります。

ただ、直接のフィードバックをお互い行えるような人材育成を実践していくことで、その効果を得られることになります。そのためには、まずそういった他者評価にしっかり向き合える強さと、自らの価値観や感情による主張を犠牲にしても、組織をよくするための事実情報を提供することを優先できる強さをしっかり組織内に育む必要があります。


引用元:「識学総研」360度評価の注意点
この記事を書いた識学コンサルタント:羽石晋