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馬ほど健気で従順な生き物が他にいるだろうか?

最近、近親縁者で馬に関わる人がぽつりぽつりと現れた。
馬と関わる仕事をしたり、馬に親しむ機会が増えたり。

わたし自身は、馬、という生き物にはさほど興味を持たずに生きてきた。
馬は、動物園や牧場にいるか、競馬場で走っている。
あとは、時代劇などで人を乗せて走ったり、馬車を引いたり。
それ以上に馬について深く考えたことはほとんどなかった。



通っていた大学に馬術部があり、キャンパスの敷地内に馬が2,3頭いた。

生き物を飼っていれば、獣とその排泄物の臭いはどうしても避けられない。
たまに、キャンパス内の馬場の横道を通ってたどりつく裏門からキャンパスの外へ出ることがあった。
その際は、鼻を覆ってその横道を早歩きで通り過ぎていた。
しかも、「 馬術部は、毎日毎日、朝早くから馬のお世話があってめちゃめちゃ大変らしい 」という話もよく聞いた。

それに、馬、ですぐさま思いつくのは、競馬だろう。
競馬は、パチンコに並ぶギャンブルにすぎない。
あまり美しくない格好をしたおじさま達が、馬券を握ってレースを見つめ、買ったら大喜びで札束を手にし、負けたら激しく舌打ちしたり何かに八つ当たりをしながら競馬場を去る。
学生の頃の大昔は、競馬に対してそんなイメージしかなかった。


しかし、今振り返れば、知人で競馬が好きだという人に結構遭遇している。


例えば、大学時代のふたつ上の先輩。
サークルのほぼ幽霊部員で、時たまふらりと部室にやってくる人だった。
そんな彼が、それほど話したこともないわたしに、ある秋の日曜日の午前に突然電話をかけてきた。
そして、次のような話を手を変え品を変えて30分くらい熱心に語った。

「 今日の競馬をテレビで見てほしい。
僕は、競馬というギャンブルが好きなわけじゃない。
馬という生き物が懸命に走る、その姿が好きなんだ。
なびくたてがみや、身体、それが美しいんだよ。
懸命に走る、そんな馬の姿を見るのが大好きなんだ。
そして、そんな馬達の競り合いに興奮するんだ。
君にも、ぜひとも競馬や馬を好きになってもらいたいんだよ 」


受話器の向こうから感じる、あまり話したことのない人の唐突すぎる熱量。
正直、引いた。
途中から、なぜこんな話を聞いてなきゃならんのか、と興ざめだった。
競馬中継も、確かバイトの時間と被っていて結局見なかった。


ただ、その先輩には引いたけれど、そんなふうに馬を愛でる人がいるのだということは理解した。


その後も、付き合った男の人のうち半分くらいが競馬好きだったり、隣の席で一緒に仕事をした人が競馬好きだったり。

社会人になって三年目というやっぱり大昔に、付き合っている人と一緒に中山競馬場に行ったことがある。
彼の方が競馬場に行きたがったから。
何のレースか覚えてないけど、駅も競馬場もめちゃめちゃ混んでいた。
先に書いたような、馬券を握り締めた荒ぶるおじさま達も多かった。
正直ちょっと怖かったけど、男の人と一緒だったのでその点は安心だった。
レースの終盤、彼が「 差せ!」と仕切りに叫んでいたのを今でもはっきり覚えてる。イケボの人だったから、余計記憶に残っているのかもしれない。

そして、最近。
わたしの周囲がますます馬づいた(?)ので、馬に思いを馳せる機会が以前よりかなり増えた。

昨年も、それまでご縁のなかった競馬中継を見る機会があった。
確かに、あの時先輩が電話でわたしに熱く伝えたかった想いは、なんとなくわかった。

それに、2023年の有馬記念は素直にめっっちゃくちゃに感動した。

怪我でレースから離れていた武豊さんの、久々に復帰戦。
それに、武さんが乗る馬の方も、しばらく勝っていないらしい。
さすがに武豊さんのお名前くらいは知っていたので、そのお馬さんに注目してみた。


スタート直後、その馬が走る位置はかなりの後方、後ろから数えた方が早い順位だった。
え、こんな所にいるのでは追い抜くなんて無理なんじゃ?と諦めの気持ちで見守っていた。
でも、有馬記念は2キロ以上も走るのね。
2キロも疾走を続けるなんて、わたしには絶対無理。
ジョギング程度でも体力のない今は無理そうだ。
が、その長い距離を駆ける間に、あんなにも後ろにいたその馬が、ひしめき合ってる集団のやや外側からどんどん追い上げ、とうとう前から三番手に。
実況アナウンサーが大興奮で馬の名前を連呼している。
ああ、多分、これが、あの大昔の中山の彼のような、「 差せ!! 」って叫びたくなる心境なんだろうな……
そして、最後の直線、混戦しつつもとうとう全員を抜いたその馬と武さんの優勝という超劇的な幕切れ……!

────── あんなに追い抜いて、
本当に勝っちゃうなんて!!
なんというドラマ!!
武さんも凄い!!!
これが武さんの凄さ、強さなのね!!!
なに、なんの魔術師なの?! ( ← 魔術ではない )。
ああ、なんか、お馬さんも武さんもめっちゃめちゃカッコイイ……!!
これぞ、競馬の公式宣伝文句の
HERO IS COMING.』!!


大興奮冷めやらぬ中山の様子と、武さんのインタビュー、と番組の最後までしっかり見届けてしまった。
さらに、たまたま録画してあった番組のレースの部分だけ10回くらい見返してしまった。

もし、勝った馬に少しでも賭けていたら、悦びもひとしおどころじゃないだろう。
ビギナーズラックでそれを味わったら、絶対にまた求めて止まなくなる。
だから競馬にハマる人は多いのかもしれない、とひしひしと実感した2023年の年末だった。




と、有馬記念が面白かったのはいいとして。

よくよく考えてみれば、馬ほど古来から人に寄り添ってくれる生き物は他にいるだろうか?


暴れ馬もいるけれど、たいていが人のいうとおりに物を運んだり、人を乗せたり。
時には餌を目の前に、時には鞭で叩かれながら走る。
時には、神様への奉納の品にもなる。
近代なら、調教されてレースに出される。
優れた馬なら、子孫を残すための種馬にされる。
食用の肉にもされる。

そして、骨折してしまったら、もう長くは生きられないと判断されて、処分されるらしい。

どこの地域だったが、馬に急な坂道に登らせるという神事を催すニュースを見た。坂道を上がる途中で馬が骨折してしまったとかしてないとか、記憶は曖昧だけど、動物愛護団体のようなところや一般の人からも苦情が殺到したらしい。

飼われて、可愛がられつつ手なずけられて。

もちろん、馬術部員から競馬関係まで、馬と接する方々が馬にこのうえなく愛情を持っているのはわかる。

けれど、人と馬、という大きな関係でくくってしまうと、そのほとんんどが、結局のところ人の都合のいいように馬を生かして使っているのがほとんどじゃないだろうか。

犬猫だって、人が好きで飼ってはいる。
けれど、猫は自由きままに暮らすのが基本だし、警察犬、盲導犬など訓練される犬は別として、飼い犬も人が犬を可愛がりたいから飼うだけで、何か仕事をさせたりしない。

動物園にいるような動物で、馬ほど人のために尽くして働く動物はいるだろうか。
象は人を乗せたり物を運んだりはする。
鶏も豚も牛も羊も、人の食卓に登場したり毛や皮を人の道具に用いることはある。
けれど、彼らは競馬のようにこんなにも日常に浸透しているエンタメに登場する動物じゃない。

何より、歴史的にみても、馬は人の合戦などの場に連れて行かれ、人の争いゆえに命を落とすのだ。


そうやって考えると、古来から現代社会まで、こんなにも広く色々な場面で何気なく人と共に存る動物は、馬以外にはいないんじゃないだろうか。
人のいうことはまあまあ聞き、人の都合で生かされたり処分されたり命を落としたり。


……… なんだか、健気で偉いな、
馬って……。


こうして、競馬に出場する個別の馬のことはまったく知らないけれど、『 馬 』という存在そのものにこのうえなく哀しみに近い愛おしさを感じるようになったわたしなのでした。





中山に一緒に行った、大昔のその彼が、「 今度は大井のトゥインクルレースに行こうよ、夜の競馬場は綺麗だよ 」と言っていた。
その後、行く前に別れてしまったから、結局大井には行ってはいない。


今年は行ってみようかな。
今なら、一人でも競馬場に行けそうだ。

大井を走る馬を美しく写真に撮れたら、
それはきっと、わたしなりの馬の愛で方になるのだろう。


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