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わたしのオールで連れてゆく。

『宙船(そらふね)』

作詞・作曲 中島みゆきさん
TOKIOが演奏・歌唱する楽曲で、中島さんもセルフカバーされています。


最近、久々にこの曲のことを思い出しました。

TOKIOの楽曲としてダウンロードできなかったので、中島みゆきさんのカバー曲をスマホにおとしました。

中島みゆきさんが、命を揺さぶるように
力強く熱唱する一曲です。


その船を漕いでゆけ
おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に
おまえのオールをまかせるな

その船は 今どこに
ふらふらと浮かんでいるのか
その船は 今どこで
ボロボロで進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み

すべての水夫が
恐れをなして逃げ去っても


その船を漕いでゆけ
おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に
おまえのオールをまかせるな


その船は 自らを
宙船そらふね
忘れているのか
その船は 舞い上がる
その時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこが船の離陸地点
すべての港が
灯りを消して黙り込んでも

その船を漕いでゆけ
おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に
おまえのオールをまかせるな


何の試験の時間なんだ
何を裁くはかりなんだ
何を狙って付き合うんだ
何を船を動かすんだ

何の試験の時間なんだ
何を裁くはかりなんだ
何を狙って付き合うんだ
何を船を動かすんだ


その船を漕いでゆけ
おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に
おまえのオールをまかせるな

その船を漕いでゆけ
おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に
おまえのオールをまかせるな



──────────────
──────────────



わたしは
気がつけば
涙を流しながら
ただ舟を漕いでいた


目の前にいるのは、
わたしと同じ姿形をした
わたしより1歳くらい若い女


でも、
わたしには
子どもに見える
というか、もはや
子どもにしか見えてない


何故か、
子ども時代の
わたしにしか見えない



────────────────────────────

その舟に
たどりつく
遥か遥か前の日、
何気なく子ども時代の
アルバムをめくって見た


むかしから 今でも
カメラ目線で笑うのが
あまり得意じゃないわたし


それでも、
子どもらしく
おどけてみたり
大真面目な顔をしたり
無邪気に笑ったほんの一瞬や
逆にカメラと別の方を向いている
子どものわたしが、アルバムの中に
たくさんたくさん 息づき生きていた


………それを
じっと眺めたら
何となくわたしは
悲しくなってしまった


アルバムの中で
人付き合いが苦手だったり
人に言われた言葉で傷ついたり
正義をふりかざして真っ直ぐな言葉を
人に突きつけては、大人を心配させたり


人の沈黙が
苦痛だからと
人と無理矢理喋り

人が笑っていると安心するから
無理にわざわざ面白いことを言ったり


人に
はっきりと
なかなか言えない、
もやもやと形にならない
色々な感情を抱えながらも、

貧しい父と 病弱な母から
たいせつにたいせつにたいせつに
育んでもらったのが、この子なのだ


この子は、
大きくなった
でも、道の分岐に
立たねばならぬ時、
どこへ行くのかを見て
自分で選ぶのではなかった

少しだけ、灯りが見えて
こっちだと誰かが示す道を
ただ進まざるを得なかったの


そうして
気づいたら、
がんじがらめの
おとなの女になってしまう

そうなるって
知ってるのよ

だって、
アルバムの中のこの子は
間違いなく、わたしだもの


それでも、この子は
色々なものに守られている


作られた道、
だったとしても、
危ない崖の脇道には
神様が柵を造ってくれた

細すぎて歩けないような
危険で転がり落ちる道でも
奇跡のような羽が生えてきて
舞い上がってはふわりと越えた


導かれるように
歩いている今の道
今のこの子が手に入れ
握っているものの数々は
決して悪いものばかりじゃない

かけがえのないものを愛おしむきもちを

ちゃんと持てる人にこの子は育った



でも、

この子は
やりたいことを
きっとやっていない
この子をしあわせにしないと
この子とわたしは、きっと死ねない
アルバムを閉じながらわたしは決意した


といっても、
風の時代の強風に吹かれ続け
どこを向いていいのかわからない


守られながら
どうにか確実に
しっかり歩いてた
そんな子の手を引き、
二人で宙をじっと見上げる
そこにあるのは無数の文字達
群れとなって儚く浮かんでいる

その文字達は、
この子、つまり
わたしの本気の煩悩を
くっきり浮き彫りにしている

作詞家になりたかった

エッセイストになりたかった

シナリオライターになりたかった

何かを書いて毎日暮らしたかった


この子は、今でも
真面目な顔をして生きている

本当にやりたかったことを知りながら
それをやれない毎日を生きている

ただただ、
この道を歩かざるを得ないことを知って

投げ出さず 背負うしかなく


そして、道は完全に途絶えて、

目の間には一艘の小さな舟


……この舟に乗り、あのそらの風にのらねば。

あの文字達が浮かぶ
そらへこの子と行かねば

この子の
手を引いて
わたしは一緒に
舟に乗ったのだった



────────────────────────────


そうして、今わたしは
泣きながらオールを漕いでいる

しあわせにしなくちゃ

でも、風の海は荒い

風の向きはめちゃめちゃで、
でも、追い風なんかひとつもない

オールを必死で回す

どこに行くのかわからないまま

でも、どこかに着くと信じて

この子が心から笑える港が
きっとあると信じて


歌が聞こえる

舟を押してくれるように、力強い歌声が遠くから聞こえる


ソノフネヲコイデユケ

オマエノテデコイデユケ

オマエノオールヲマカセルナ


ふと
オールが軽くなった

彼が、手を貸してくれていた



『………手を止めるな、自分で漕げ


これは自分で漕ぐしかない

手は貸せるけど、
俺の力だけじゃ動かせない』


『このおにいさんはだれ?』

子どものわたしが、わたしにそう問いかけた

『あなたが恋している、あの人だよ』

『えっ?!』

子どもが本気でびっくりしている

無理もない

わたしだって、
こんなに永遠に人を愛するとは
思ってなかったもの


『……あなたは、
自分の舟を漕がなくていいの?』

わたしは彼に問いかけた

『俺は自力で泳げるから問題ない』

……… なに、それ。

答えになってないけど、
妙な説得力がある言葉


わたしは黙々と舟をこいだ


ナンノシケンノジカンナンダ

ナニヲサバクハカリナンダ

ナニヲネラッテツキアウンダ


────── ふっと、

静かな凪に包まれているのを感じる


心の奥に潜り込んだら

誰の声も関係ない
誰の目も届かない

何の風も感じない

あるのは、
わたし

わたしを動かすわたし

わたしの時間はわたしが思うように使うべきで

裁かれるとしたら、それは

わたしがわたしの意思に背くわたしを裁く時で

疲れるような付き合いなんか、本当はしたくない


────── 凪の中で、
彼がオールの手を離した

驚くほどオールは軽くなっていた


はっとしたわたしは、まわりを見回す

キィ… キィ… と
無数の舟が静かに進む

どの舟も、前へ 前へ と


『あとは一人で大丈夫だろう』

そういう彼がどこかへ消えるのかと不安に思っていると、

『あとは方角を見ててやる

とりあえず、思った方へ漕いでみろ』

と、彼はわたしと背中合わせでボートの端に座った

連れて行ってくれるわけじゃないけど、

連れて行ってくれてるみたいで

わたしは嬉しかった



この子の方は、わたしの向かいで

だまって膝を抱えて座っている


『……いくらでも、
好きなだけ黙ってていいよ』

わたしはそう声をかけると、
ひたすらオールを動かした



『ほら、見えてきた』

背中あわせの彼が声をかけてくれた


わたしは振り返った


彼の左肩の向こうの遠く


まるく小さなともしびが

水平線の上にぽぅっと浮かんでいる

僅かだけど、
光がはっきりとみえる

やさしく あたたかく
こっちだよ、と囁いてくるような

あそこに行かねばならない、
ではなく、
あそこへ行きたい
心からそう思える灯火ともしび


間違いない、あれは、
わたしだけの港だ


『でも、まだまだ遠いのね』

わたしは進む方向を間違わないよう、

慎重にオールを動かした



『遠い、遠いさ。
でも、追い風がないなら、進み方はこんなもんだろ。

風に乗れなかったとしても、

自分で真面目に漕げば

いつか 必ず、 辿り着くさ』


まるで行先を知っているかのように、

彼は自信満々につぶやく



黙って座り込んでいた子供のわたしが、

すっくと立ちあがって、
私のオールを掴んだ


『一緒にこぐよ』


『……うん、一緒に行こう』


子どもは、気がつけば女に戻っていた


そんなわたしたちを、
彼は穏やかに見ていた



港は、まだまだ遠い


でも、今までと違うのは

舟にちゃんと乗ったこと

そして、港を見つけられたこと


やっと、わたしは自分の意思で

舟を漕ぐことができている


あの港へ行きたいと思って

オールを自分で握っているのだ


『ねえ、本当にあの港でいいの?』

もう一人の女のわたしが、
わたしに尋ねた

『だって、あれしか見えないし』

『ほかの港はないの?』


『もしも ほかの港が見えたなら、

おまえらが、ちゃんと自分で選べ』


今度は、口を出した彼の方に
女が尋ねる

『あなたはいつまで乗ってるの?』

『さあ?こいつが俺に飽きるまでかな』

彼がちらっとわたしを見る


『……この人、

スーパーワールドワイドサスティナブルな男になっちゃったから、

ずっとかもしれない』


わたしは何となくそう答えた

その意味が通じた彼は 
ゲラゲラと笑った

『サス……なに?』

女があぜんとする

『いや、ごめん、なんでもない』


わたしは、再び黙ってオールを動かす


今はとにかく、

この舟を 漕ぎ続けるしかないの

漕ぎたくて漕ぎたくて漕ぎたくて

たまらないから









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