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2−赤


文字が闇に溶けた部屋
スポットライトに照らされた
真っ赤に溶けた唇の
可愛い化け物が言いました

「いらっしゃい」

震えが起こりました
握力が消えました
割れる音が聞こえました
足下が濡れました
甘く苦い匂いが立ち込めました
すると化け物は笑いました
そこで女であることを知りました

女は立ち上がりました
闇が彼女の顔を消しました
その身体は赤黒く汚れていました
奥にカンバスが見えました
それが何かは分かりません
穴のようにも見えました

女が近づいてきました
私は動けませんでした
心臓の音がとても鮮明に聞こえました
女は完全に光と決別しました
そして言いました

「私の絵、好き?」

私は右手に痛みを感じました
壊れるほど強く握られていました
握っていたのは柿崎早苗
私の同級生です
彼女は唇の溶けた女じゃありません
その女は私と早苗の目の前にいます
冷たい瞳
悪戯な笑顔で

「私の絵、どう思う?」

女の名前は白木希美
これがはじめての出会いです
私と白木希美と
柿崎早苗と白木希美の

大地から空に落ちる懐胎した赤馬
蜘蛛を捕食する四足の女
シェイクされる脆き男体
肉塊のワルツ
屍の舞踏会

全てがグロテスクでした
技術ある凄惨でした
私は言いました
凄い絵だね

白木希美は笑いました
乾いた嘲笑でした
安っぽい光が灯りました
柿崎早苗が点けました
柿崎早苗は言いました

「反吐が出る」

白木希美は両の下瞼を引き下げました
魔女の様に長い二本の指で
そしてアクリルの唇を震わせて
白木希美は言いました

「全てが?」

柿崎早苗は答えました

「あれは綺麗。あれだけ良い」

指したのは青でした
一面の青
私の眼中の外にあった
作品と呼ぶには足りない習作

白木希美は笑いました
自分の眼球をなぞりました
そして友情が始まりました

柿崎早苗と白木希美の
青く煌めく友情が
赤く弾ける友情が



次話


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