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短編小説|トイカプセルの中身

「ほら、これ」



 かじかむ手を厚手のコートのポケットに入れ、今朝購入したばかりのプラスチックの丸いカプセルを取り出し、そっと置いた。ゲームセンターなどでよく見かける、ガチャガチャのカプセルだ。


 ある墓の前に俺は立っていた。

 冷たい風が吹き、コロコロと転がりそうになるカプセルを、足元から拾った手頃な石を両脇にそえて固定する。

「もう三年も経ったよ、おまえがいなくなって」

 この無機質な墓石の中に、親友の遺骨が納められている。


 小学校からの幼なじみだった。

 いまだ信じられない気持ちで、じっと見つめる。

 痛々しく微笑む親友の顔が、瞼の裏に浮かぶ。

 突然の病は、そのときまだ十七歳という若さだった親友をわずか一年にも満たない間に、その命のすべてを奪っていった。

 まるで親友の必死の抵抗をあざ笑うかのように。


 線香の煙が視界の右から左へと、一本の筋のようにぼうっと流れていく。

 頬に触れる風が冷たい。あたりの木々はすっかり葉を落としている。もうすぐ冬が来る。

 俺は墓前で合わせている両の手をほどくと、カプセルに手を伸ばし、左右にねじって開けた。

 中には、折りたたまれた一枚の紙切れが入っていた。

 紙切れを取り出し、書かれている文字を確認する。


 ──『OKINAWA』


 飛行機の航空チケットを模したバーコードつきのデザインに、アルファベットで『沖縄』という到着地名が印字されていた。

 国内のLCC航空会社が企画した、このカプセルトイは〈旅ガチャ〉と呼ばれていて、ぜんぶで十一箇所ある行き先が書かれた航空券の引換チケットがカプセルの中に入っている。

 面白さと一回五千円という低価格で航空券が手に入ることもあり、SNSで話題になっていた。


 ふっと、俺はわずかに苦笑いし、自分のくじ運の悪さに、

「行ったことのあるころで、悪かったな」

 と言葉を漏らす。


 昔から学生のクラスの係り決めなどでは面倒なものほど当たるし、神社で大凶を引くこともしばしばで、いまだに何となく苦手意識が拭えないでいた。


『俺、自転車で日本一周とかしてみたいんだよな。行ったことのない場所に行くの、面白そうじゃね?』


 元気な頃に、そう笑っていた親友の言葉を思い出す。


 この〈旅ガチャ〉をSNSで知ったとき、意味のないことだとわかっていたが、生前の親友が行ったことのない場所へ行かせてやれるかもしれないと、ふとそんな思いがよぎった。

 しかし残念ながら、当たった沖縄は、中学の修学旅行ですでに行ったこのあるところだった。病に侵されるなど予期していなかった親友と俺が、一緒に行けた最後の旅行先だ。


 悪いな、と俺はもう一度心の中でつぶやく。

 行ったことのないところを引き当てられなくて──。


 そのとき、ザアーと勢いよく風が吹いた。

 あっ──、と思ったとき、引換チケットは緩んでいた指先を離れ、枯れ葉ともに頭上へ舞い上がっていた。

 それはほんの瞬きするくらいの一瞬だった。

 瞼を開ければ、目の前には、きらきらと眩い光を反射する青い海とさらりとした感触を予感させる白い砂浜が広がっていた。


 俺は呆気にとられる。

 数秒前までは、点々と墓石がただ並んでいる殺風景な霊園にいたはずなのに。

 視界だけでなく、寄せては引くゆるやかな波の音も聞こえる。少し肌にべたつくような潮のにおいがして、頬にあたる風は暖かった。


「夢、か……?」


 混乱していると、波間から誰かが砂浜に上がってくる影が見えた。

 少年だった。ふたりいる。日焼けした肌に水着姿の彼らは、声をあげて楽しげに笑っている。

 俺は息をのんだ。

 そこにいたのは、かつて見慣れた中学生の頃の自分だった。

 そして──、俺の隣には、もう見ることが叶わないはずの親友がいた。


「修学旅行、沖縄の……」


 なかば信じられない気持ちで言葉を吐く。

 中学の修学旅行、宿泊しているホテルの前の海辺で、自由時間に泳いでいる過去の出来事だった。

 吸い寄せられるように、俺は懐かしい親友の姿を見つめる。

 記憶の中の親友は、病室で弱々しく横たわり、頬がこけた顔で、それでも苦しさを見せまいといつも微笑んでいた。

 そんな親友に、俺は何もしてやれない無力さと憤り、避けられない喪失の悲しさを感じていた。だからなのか、思い出す親友の顔は、あの苦しげな微笑みばかりになってしまっていた。

 ああ、そうか。

 俺は思った。

 こんなに元気に動いている親友は、思い出の中でも、もうずいぶん見ていない。

 俺は親友の名前を呼ぼうとする。

 と同時に、景色は水面に広がる波紋のように、ぼんやりと揺らぎはじめていく。


「ま、待ってくれ!」


 思わず声を荒げる。

 砂浜で遊んでいる昔の俺と親友には届いていないようだった。


「待ってくれ!」


 再び声を発する。

 ふいに何かに気づいたように、親友が振り返る。

 ほんの一瞬、視線が交差した気がした。


 
 ──カサッ。

 枯れ葉の乾いた音がして、はっと俺は意識を戻した。

 うつろな視線であたりを見回せば、そこは元いた霊園だった。

 目の前には、親友の墓石がある。水をかけたばかりの部分が黒く濡れている。


「何、だったんだ……」


 手元に視線をおろす。右手は、風で飛ばされたはずの引換チケットを掴んでいた。

 墓石の間を縫うように、枯れ葉をカサカサと動かす風は冷たいはずなのに、俺の頬はわずかに熱を帯びていた。

 感触を確かめるように右手をぎゅっと握りしめると、本当は墓前に置いていくつもりだった引換チケットをポケットにぐっと押し込む。

 踵を返しながら、頭の中では沖縄行きの計画を立てはじめていた。


*twitterトレンド入り(2021年10月)ワード〈#旅ガチャ〉をお題にした物語です。
*〈#旅ガチャ〉・・・行き先を選べない旅ガチャ自販機を渋谷パルコに設置。
1回5000円のカプセルの中には、行き先が書かれた引換券が入っている。
*最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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