新型コロナウイルスに関係する内容の可能性がある記事です。
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元ひきこもり社長の、しくじり体験からの逆転ストーリー【はじめまして!シノハラシゲシです】

はじめまして!シノハラシゲシと申します。
このたびは、私のnoteをご覧いただきありがとうございます。

サクッと自己紹介させていただいてから、
元ひきこもり社長のしくじり体験からの
逆転ストーリーをご紹介させていただきます。

プロフィール概要

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シノハラシゲシ

クリエイティブディレクター
人間味発掘・発信プロデューサー

1971年 鹿児島生まれ

「人間味が正しく伝われば経営が安定し、地域や家庭の幸福度がアップする!」をモットーに、彩り豊かな発想と創造力で理想の結果へと導きます!

大手広告代理店系のデザイン会社で
グラフィックデザイナーとして
アパレル系のテナントビルのデザインに携わる。

AppleのMacの登場によるデザインのデジタル化をきっかけに、
別の企画デザイン会社へ転職。

お店・個人・中小企業・公的機関などの
様々なクリエイティブを担当。

2001年、本格的なIT化の波とともにWEBスキルを独学で習得。

同時期に事業承継し代表取締役に就任。

長年にわたるオフラインマーケティング(広告・PRなど)に加え、
オンライン(WEB)マーケティングを掛け合わせた集客の仕組みで
数々のクライアントのコンテンツ制作、集客UP、売上UPに貢献。

2012年、ひとりでほぼ回してきた事業体系や
働き方を見直すために同法人を一時休眠。

現在は、小さな会社経営の経験も活かしつつ、
地域電器店のブランディング、マーケティング、
オンライン化の支援事業を全国展開している会社の
クリエイティブディレクターとして従事。

プロデュースした地域電器店が、
次々と地元メディアやBSの番組などにとりあげられる。

さらにコロナ禍にありながら、
昨年比売上アップで業績が好調なお店が次々と誕生中。

その傍らで、自らの電子出版の経験をもとに
電子書籍の出版サポートなども行っている。

主な実績

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過去の活動歴で主なものをまとめました。

◆住宅会社の集客の自動化をプロデュース
オンラインマーケティングとブランディング戦略の掛け算で、サイト公開3ヶ月後より1000万円以上の新築の家(注文住宅)を2ヶ月に1度のペース(年6棟)で成約に導く。トータル5年間=約3億6000万円以上の売上に貢献。

▼上記内容の書籍を2020年10月に発刊。amazonで初登場1位を獲得

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◆関西の建材メーカーのサイト設計・運営・集客を担当
SEMを用いて新たな販路を開拓。
業界顧客専門のECサイト(BtoB向け)を構築。
集客⇒会員化を推進。(現在も尚稼働中)

◆地元水族館のプロデュース
地元水族館のイルカ館のHP制作やイベントなども企画・プロデュース。
イルカのクイズ番組や身長計を制作して来館者増につなげる。


最近のお仕事についてはこちら


しくじり体験からの逆転ストーリー

この物語の内容は、2020年10月に発刊した自身の著書
「ネットで新築の家を売る方法」の抜粋となっています。

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登校拒否→高校中退→ひきこもり(ニート)生活→社長就任

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私が広告デザイナー時代、
使用していたパソコンはAppleのMacでした。

思えば1990年代を境に
デジタル化やインターネット化の大波が
一気に押し寄せつつありました。

私はいち早くパソコンでデザインをするスキルや
インターネットスキルを独学で習得していきました。

その後Windows95の登場で、
世界中に爆発的にインターネットビジネスが
広がりつつあったころ私は結婚しました。

2001年には、妻が代表をつとめていた会社を
事業承継し代表になりました。

技術面でのスキルは習得し、
制作面での自信はありましたが、

事業を営むうえで最も必要なセールススキルや
コミュニケーションスキルには一抹の不安がありました。

その理由のひとつは、
高校時代のある経験が根底にあったからです。

それは「対人恐怖症」。

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さかのぼること高校2年の夏

私は友人と深夜、虫取りにでかけました。

自然豊かな田舎町ではあたりまえの夏の光景。

さほど収穫もなかったので、
帰ろうと山から降りてきたところで
運悪くパトカーと出くわしてしまいました。

これが「深夜徘徊」という立派な補導理由だといわれ、
パトカーに乗せられそのまま派出所につれていかれました。

私は、たいした罪の意識もなく
残りの夏休みを過ごし、
普通に登校しました。

始業式の全校朝会での生徒指導部からのアナウンス。

「この夏、たった一人だけ補導された者がいる。」
「心当たりのあるものは名乗り出るように」

とのこと。

いつもなら、複数人は必ずいたであろう補導者が、
その夏休みに限って私ひとりだったのです。

その後、恐る恐る生徒指導部におもむき、
謝罪をし、正直に理由を話、事なきをえました。

しかし安心しきっていた私に、
担任だけは理由はどうあれ許せなかったようです。

思いっきり顔をなぐられ、
その後、反省日誌を進級するまで書かされ続けました。

反省することは大事なことだと思います。

しかし、反省だけし続けていると
何の価値も生まないのです。

この頃、うつ病という病名があったか定かではないですが、
間違いなく気持ちも心も落ち込み、
ブルーな毎日をすごしていた記憶があります。

そんな毎日を過ごしていたある日、
ふと鏡を見ると
頭の上に円形脱毛症ができていました。

後にこれがどんどん拡大していき、
気にすればするほど進行。

しまいには全身の毛までもが
抜け落ちてしまいました。

そんな私は、思春期真っ只中。

高校2年の夏休みをさかいに、
学校にいけなくなり登校拒否。

そしてそのまま高校を退学。

20歳になるまで部屋からほとんど出ることのない
ひきこもりのニート生活を送っていたのです。

そんな対人恐怖症が少し残っていた私に、
営業や交渉などがつとまるわけもありません。

未熟な私に不幸の影が少しづつ忍びつつありました。


詐欺にあい、マイホームを手放す

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私のデザイン性を高く認めてくれていた
クライアントのひとりのI氏の事務所に
その男、S氏はきていました。

I氏の長年の知人だというS氏。

ほどなくして、
S氏から私の携帯に連絡がありました。

関西のプロバレーボールチームをホテルにまねき、
チャリティイベントを開催するので
チラシを制作してほしいという内容でした。

この件に関しては、デザイン制作費ももらえたし、
実際にバレーボールチームも来て、
少しチープではあったのですが、
イベントも滞りなく行われました。

後に聞かされる話なのですが、
実はこのイベントのすべての費用は
チャリティではなく、
I氏が支払っていたのです。

この一見でS氏に対して、
私は疑いも抵抗もなくなっていました。

それから2週間くらいたったある日の夕方、
S氏が突然自宅に訪ねてきたのです。


悪い奴らに追われているから、かくまってほしい

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S氏の白いシャツの胸元あたりに、
誰かに蹴られたのか靴跡がついていました。

これは大変なことだと思い、
すぐに自宅にまねきいれました。

その後を追ってきたのか、
こわもての人々数名が語気を強めて
「Sはいるか?」と私にたずねました。

「そんな人は知りません!」
というと、他をあたるといって
その場は事なきをえました。

私は、S氏に
「何も悪いことをしていないのであれば、
今すぐ警察に行き事情を話しましょう」

と言いました。

そのS氏を車に乗せ、
私たちは警察に向かいました。

警察署にもうすぐで到着するという時でした。

S氏が、
「実は、遺産相続争いに巻き込まれていて狙われているから、
警察に行っても無駄なんだ」

というではないですか。

若かった私は、法律にさほど詳しくなかったので、
うのみにしてしまいそのまま引き返してしまいました。

その夜、S氏の知人であるクライアントI氏に、
その日の事情と遺産の件を確認してみました。

その話は本当で、
多額の遺産の後見人になっているという話でした。

そのことで、私もS氏はただの善意の第三者なんだと
信じ込んでしまったのです。

その日からS氏は、
私の家とI氏の家を根城にしながら約3年間もの間、

その遺産とやらを受け取るための印紙代、弁護士費用、
県外にいる親族に印鑑をもらうための交通費や宿泊費などの名目で、
私やI氏から少しづつ金銭を搾取していったのです。

S氏がその後突如として姿をくらましてから、
全ての全容がわかったのですが、
最初に私の自宅に追っかけてきたこわもての彼らも
S氏にだまされていた人達でした。

S氏を私に紹介したクライアントのI氏は、
数千万円のお金を拠出していました。

私も、結果的に数百万の詐欺にあってしまっていました。

「遺産が近日中には入る、それでまとめて返す」
と言われつづけて気が付いたら3年。

マイホームのローンや様々な支払いを先送りした結果、
完全に資金面でショートしてしまいました。

運よく自宅の前にあった専門学校が、
土地を高くで買ってくれました。

しかし、残念ながら
マイホームは手ばなさなくてはならなかったのです。

その他の全ての残債を支払い、
差し引いた残りのそのわずかな資金を元手に、
私は妻の実家の片隅で再び事業を再開しました。


同年代の勢いのある若きオンラインマーケターとの出会い

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再始動を開始した私は、
一連の失敗を通して、経営は我流ではいけないと痛感していました。

実際にビジネスの結果を出しているメンターに
学ばなければならない必要性も強く感じていました。

ここ地元鹿児島で実際に会って学べたり
情報交換できるようなそんな人はいないかと
血眼になって検索していました。

今ではすっかり影を潜めてしまいましたが、
当時多くの人々が利用していた
和製SNSの代表でもあったmixi(ミクシィ)上で
その出会いは実現しました。

その人は、私よりもひとつ上の若き経営コンサルタント。

意外なことに同じ校区内に住んでいました。

灯台下暗しとはこのことです。

その若き優秀なひとつ違いのコンサルタントを
ここから先はSK氏と呼ばせていただきます。

そのSK氏は、東京の経営コンサルタント会社で、
若くして頭角をあらわし、

新宿支店の支店長として活躍していたのですが、
家庭の事情でやむなく地元に帰ることになります。

そして、家業の仕事を手伝うかたわら
EC通販事業を0からたちあげ、
1年で年商1億円を稼ぎ出したという経歴の持ち主でした。

私はこの人だ!と思い
SK氏にすぐさまコンタクトを取り、
ぜひ会ってほしいと願いでました。

その後、SK氏はこころよく会ってくれました。

そして初対面にも関わらず
私の経営に関する悩みや今後の方向性などについて
親身になって具体的にアドバイスしてくれたのです。

それからSK氏から連日のように
最新のビジネスやマーケティング情報、
ビジネスツールの活用方法などを
学べる環境になったことで、
私のビジネスは加速していきました。

未だかつてない挑戦

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SK氏のサポートのおかげで、
ホームページ制作やオンライン集客の
コンサルティングなどの案件は順調に増えていきました。

そんなある日、
地方の住宅会社から一件の依頼がまいこみました。

その内容は、
ホームページ上から新築の家を成約に導けるか?
というものでした。

それまでのほとんどの依頼内容は、
主にBtoB案件(企業対企業)で
BtoC(企業対個人)の案件はこれがはじめてでした。

「新築の家」という高価格帯の商品の
販売・成約というとてつもない難題に私は、
はじめは少し考えさせてくださいと申し出ました。

なぜなら、家どころか物などを
ホームページ上で売った経験や実績など
全くなかったからです。

実はその住宅会社には、
すでにホームページがありました。

一見よく見る普通のホームページ。

その後話をよくよくうかがうと、
そのホームページは、
集客や商売にまったく役にたっていないという。

しかも数百万の契約で発注にもかかわらず、
制作後のサポートやメンテナンスなども
一切ないというひどい内容でした。

私は、その詐欺にも近いような契約内容や
状況にただただ驚きを隠せませんでした。

実は現在でも、クライアントが
何も知らないことを逆手にとって、
多額のリース契約を組ませる制作業者が
後をたちません。

オンラインマーケティングや
ホームページ制作などの専門業者に対して
疑心暗鬼になるのも当然でした。

しかし、社長はこのままでは悔しいと、
なんとかならないものかと
熱心に私に問い続けました。

困った私は、ふと少し前に知り合った
女性起業家が作成した
ホームページのことを思い出しました。

そのホームページは、
100人中100人誰が見てもデザインがめちゃくちゃ。

しかしそのホームページから
毎月400万円以上も商品が
飛ぶように売れているというのです。

その衝撃的なデザインの
ホームページとは、こんな感じでした。

①マスコミに取材された時の写真が貼られたトップページ
②かろうじてわかる商品ページ
③商品を申し込むフォームがあるページ

この3つのページだけでした。

ここからいかにして
そんな売上をあげているのだろう?と不思議に思い、
その女性起業家から直接話を聞いていました。

彼女は、メールマガジンを発行していたのです。
しかもその読者数はなんと、15,000人!

つまりメール(手紙)でファンを獲得し、
信頼と信用をがっちり構築していたのです。

デザイン畑出身の私は、
ビジネスにおいて当たり前のように
デザインの役割のほうに
重きをおいていたのでかなり衝撃的でした。

しかし、この女性起業家の話を聞き、
文章だけでも十分にビジネスを
成り立たせることができる
のだと確信していました。

ひょっとしたら、
この方法をおりまぜたら
新築の家も売れるかもしれない…

そういうふうに思った私は、
その社長に今あるホームページとは別に
信頼構築用のホームページの制作と、
Web広告による集客法を提案。

こうして初めての大プロジェクト、
ホームページ上から
新築の家を成約に導くプロジェクトがはじまったのです。


1,800万円の新築の家がホームページから売れた!

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新たなホームページも別途制作・公開し、
Web広告の運用も開始。

そんな仕組の運用開始から
約3ヶ月たった暑い夏のある日、
一本の電話が鳴った。

その住宅会社の社長からの電話でした。

「シノハラ君、ホームページから1,800万の新築の家が売れたよ!本当にありがとう!」

涙が出るほどのうれしさと、
全身の力が一気に抜けていくような、
安堵感に同時につつまれた瞬間でした。

思えばその前年に詐欺に合い、
お世話になった義父母も同時期に亡くなり、
不幸の連鎖で失意のどん底にいました。

事業は傾き、
長年住んだマイホームをやむを得ず手放し、
妻の実家に移り住み、
立て直しをはじめたばかりの、
再起をかけていた重要なプロジェクトで
こうして結果がでたからです。

その後2006年に構築した、
この集客から新築の家の成約へとつなげるこの仕組みは、

2011年の息子さんへの
社長交代によるリニューアルまでの約5年間にわたり
新築の家の成約の要として、ほぼ自動で機能し続けたのです。

※トータルで1000万円以上の新築の家(注文住宅)を2ヶ月に1度のペース(年6棟)で成約。5年間で3億円以上の売上に貢献。

住宅業界で実績もない、
そんな私の提案を信じて挑戦させてくださった
その社長(現在は会長)には今も心から感謝しています。

一見不可能とも思えるプロジェクトであっても、
知恵をしぼれば何らかの結果を導き出すことができる。

この起死回生の原体験が、
現在もなお私の中で自信となって生き続けています。


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こ~んな長文にも関わらず、最後までお読みいただき
心より感謝申し上げますm(_ _)m

ありがとうございました!
今後ともよろしくお願いいたします!


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