【ピリカ文庫】星に不埒な願いを
初めて流れ星を見たのは、修学旅行の夜だった。
高校2年の冬に行った長野で私達は部屋を抜け出して語り明かした。
退屈な夜中、私は彼女――愛子ちゃんと目配せをしてそっと部屋を抜け出し、ホテルの屋上に忍び込む。
「寒い」
彼女が身をすくめると、私たちは身体を寄せて夜空を見上げた。透明な星たちが漆黒の空に浮かび、ポカンとした空間に吸い込まれそうだ。
「あの向こうには何があるんだろ」
ささやかな体温をジャージ越しに感じながら私たちは同じ空を見上げている。寒いはずなのに気持ちは高揚していた。
彼女と私はいつも二人でいた。生まれる前から一緒にいるような感覚――わかってもらえるだろうか。くだらない話をして、それだけで楽しかった。
でも高校生活も、残り一年ちょい。
卒業後、私達は別の進路に進む事を決めていた。
「愛子ちゃん」
私は彼女に呼び掛ける。
「なに?」
「仲良くしてくれてありがと」
「何をいまさら!」
恥ずかしい!とそっぽを向く彼女の、大きな瞳とふっくらとした頬が好きだ。
うちは女子高じゃないし、他に仲のいい友達にも男子はいる。だけど彼女は特別だった。
空を見上げると不意に一筋のあかりが通り過ぎる。
――流れ星だ!
不埒だと思いながら、私は愛子ちゃんにキスしたいと三度願ってしまう。
衝動的にギュッと抱き、そっと唇を合わせる。確かに彼女のぬくもりを感じた瞬間。
「そろそろ、戻ろ」
彼女は一瞬触れた唇のことなど忘れたように、私から離れた。もう友達に戻れないかもしれないと焦る私の耳元で彼女は囁く。
「今の、無しにしよう」
「ごめん」
反射的に謝る私の目を見ず、彼女は先を急ぐ。
それ以降卒業するまで、私達の関係が変化することは無かった。
私は高卒で地元のデパートの地下にある洋菓子店に就職し、彼女は関東の大学へと進学した。ほとんど連絡を取らなくなり、年賀状のやり取りだけが続く。
幸せに暮らしてますように。そんな事を思いながら10年が経過した。正月実家に届いた年賀状をめくりながら返事を書いていると
『結婚しました』と書いてあって目を疑う。
28歳になってすぐ、愛子ちゃんは大学の同級生と結婚したらしい。
「愛子ちゃん、結婚したんだ。お似合いね」
腹立たしいくらい二人は似合いで、写真を破こうかと思うほど絵になっていた。
渋々返事を書こうと住所を確認すると、隣町に住んでいる事に気付く。
本人以外に見られないよう返信は封書で、ラインのアドレスをさりげなく書いて送る。これに返信が来なければ諦めるつもりだったが、投函した丁度一週間後にラインが来た。
愛子ちゃんからだ。
「こうしてると昔を思い出すね」
ラインで数回やり取りをした後で飲みに行くことにした私たちは、2軒目を出た後で公園のベンチに座っていた。周りには誰もいない。
空を見上げると満天の星だった。
私達はすっかり大人になってしまった。少し疲れたような顔の愛子ちゃんを見ながら感慨にふける。
「明子ちゃんは変わらないね」
彼女が私に言う。
「私は老けたでしょ?」
「そんなことないよ」
少し痩せただろうか。顎のラインが昔よりくっきりしたけど、私の中の思い出と変わらなかった。昔から彼女の事をよく見ていたから分かる。
大人になってお酒を酌み交わしても、すぐあの頃に戻れるけど、愛子ちゃんはもう人の物だと思うと、なんだか切なかった。私が男だったら選んでもらえたのだろうか。
あの頃にはわからなかった感情が胸の中をグルグルする。
「結婚、おめでとう」
想いを振り切るように口に出すと、愛子ちゃんが私をじっと見据えた。
「ねえ、明子ちゃんはいま幸せ?」
一人暮らしの中、貯金も出来てて、友達に恵まれている。親も兄弟も仲は良いし――不幸な要素など一つもない。
だけど、決定的なピースが足りない。
「どうなんだろう」
はぐらかすように言い、空を見上げる。好きな人と繋がれている。
家も近所だし会いたいときに会える。
だけど――満たされているとは程遠かった。
少しだけ彼女が私の方に近づく。うっすらとブラウスから体温が伝わる程度に触れあうと、修学旅行の夜を思い出した。
あの時もこんな星空だった。
「修学旅行の時のこと、覚えてる?」
愛子ちゃんが私の肩に頭をのせてつぶやく。
「あの時もこんな星だった」
キラキラした空、こぼれ落ちそうな星たち。そして私の不埒な願い事。
「あの時ね、明子ちゃんとキスしたいって流れ星に願ったんだ」
「え」
「本当にキスできたから、ビックリした」
流れ星に願うと叶うんだって、ちょっと怖くなったんだ。と彼女は言った。
「好きになってくれた人と結婚したけど、幸せじゃないんだ、私」
その時、一瞬空が煌く。
「あ、流れ星」
愛子ちゃんが素早く囁いた。
「明子ちゃん、私をさらって。さらって、さらって!」
じっと見つめる彼女と目が合う。
流れ星の願い事は、必ず叶う。叶えてみせる。
――私は愛子ちゃんの手を引いてベンチから立ち上がり、そのまま夜の街に駆け出した。
<FIN>
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