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“経営×人事”の学び合いが、「幸せに働ける」組織を増やす。しが採用ゼミ・2022を振り返って

「社員のエンゲージメントをどう高めるか、改めて考えないとダメだと思った」
「他社のプレゼンを見て、自分たちができてない部分がよくわかった」
「一人で改革はできない。味方をつくる必要がある」

これらは、2022年秋の『しが採用ゼミ』に参加した、滋賀に拠点を置く法人の人事責任者、経営者の方の声です。県の「しがジョブパーク」事業(株式会社いろあわせが運営)の一貫で、“会社が変われば、採用も変わる”をコンセプトに、ローカルの企業の魅力を根底から高めていく連続セミナーを行いました。

全4回のうち3回は、組織開発の支援や、人事責任者として活躍中のゲスト講師陣によるセミナーに加え、ワークショップ、参加者同士のディスカッションなど。それらを踏まえての最終回には、自社の「人材戦略」を各社5分で、熱量高くプレゼンテーションしてもらいました。

インプットとアウトプットを繰り返した3カ月で、参加企業にはどんな変化が起きたのか。そこから見えてくる地方の未来はどのようなものになるか。プロジェクトを主導する北川雄士(株式会社いろあわせ代表)と、初回講師を務めた羽山暁子さん(株式会社Pallet代表)の対談をお届けします。

ゼミ初回──「エンゲージメント」「戦略人事」とは?

北川:まずは企画者として、『しが採用ゼミ』の各回を簡単に振り返らせてください。

もともとこの講座は、「経営層が“人事を経営の中心に据える”価値観を真剣に持つ」「自社の課題を把握し、人材戦略を立て実践に移す」ことをゴールにしています。参加法人さんにも、当然その趣旨は説明していました。とはいえ、実際は“人事を経営の中心に据える”ってどういうこと?という疑問もかなりあったはずです。

その中でトップバッターとして、宮城を拠点にさまざまな切り口で人事の支援をしている羽山さんに登場いただきました。組織と個人の関係性や「エンゲージメント」の考え方を、かなり丁寧に話してもらいましたね。

『しが採用ゼミ』羽山さんの資料より

羽山:「働きやすさ」(衛生要因)と「働きがい」(動機づけ要因)の違いなど、初めて聞いたという方も多かったようでした。他にも「いい会社ってどういうイメージ?」とみんなでホワイトボードに書き出したり、各社に「今の時点でどのくらい人材戦略を策定できているか」を10段階で整理してもらったりもしました。

北川:羽山さんとのワークでは、「人材戦略を立てられていない」と回答した参加者がまだほとんどで、それも人材戦略と採用計画を同一レベルで捉えているところもあるなど、理解にもバラつきがあったように思います。

ただ、今後求められる「戦略人事」の役割もしっかり解説してもらったり、初回から参加者一人ひとりと対話して課題感を把握できたりしたことは、その後に大きく生きたなと感じています。

『しが採用ゼミ』羽山さんの資料より

ゼミ4回の変化──「人材戦略」から課題を整理する

北川:第2回の講師は、以前『しがと、じんじ。』でも対談させてもらった、レアジョブグループの人事責任者・秋岡和寿さんにお願いしました。事業会社の中で、実際に経営と人事をつなぐ役割をしている方です。

秋岡さんには、「経営者」が今なぜ人事にコミットしなければならないか、時代背景も絡めてお話ししてもらいました。それぞれの経営者にとっての“いい人材”の本意を問うワークなどをしながら、ミッション(企業が果たす使命)・ビジョン(中期的に目指す姿)・バリュー(大切にする価値観や行動指針)を定める意義などについても詳しく語ってもらっています。


秋岡さんの講義内で紹介した、いろあわせのミッション・ビジョン・バリュー

北川:あとは、前回の終わりに出した宿題(採用のバリューチェーン/「8ステップ」を自社に当てはめて考えてくる)に対して、一社ずつ「ここはこうですかね?」と見ていく時間もとりました。アウトプットを持ち寄り、みんなでじっくり共有していく時間の重要性を、このときはっきり感じました。

北川:第3回の講師は、羽山さんに紹介していただいた、株式会社Funleash代表の志水静香さん(TSUTAYAなどを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブCHROも兼任)でした。ここでは、経営者から従業員への約束事となる「人材マネジメントポリシー」という視点や、実際に人材戦略をどう立てていくか解説いただきました。

特によかったのが、人材戦略の「惹きつける」「育てる」「報いる」といった柱に、事業戦略の細かな項目をクロスさせていく整理方法。それまでの講座のインプットもつながって、参加者のみなさんが「戦略人事ってそういうことか!」と思わず膝を打った瞬間がありました。

「人材戦略」を具体化した最終プレゼン用のシート(いろあわせver.)

北川:第4回ではそれまでの講座を踏まえ、どんな人材戦略を立て、それを今後どう実行していくか全員にプレゼンしてもらいました。志水さんもオンライン越しに参加され、フィードバックをくださっています。

どのプレゼンも内容に具体性があって、各社の変化に僕自身がすごく驚きましたね。県の担当課もかなり手応えを感じてくれたようで、実際に県庁の中でも各企業と同じ課題を抱えていることを認識し、どう人材戦略を据えていくか真剣な議論が始まっています。

「インプット、アウトプット、シェア、フィードバック」が循環する場づくり

羽山:最終プレゼンのシート、私も見ました。すばらしいですよね。

特に私がいいなと思ったのが、志水さんの講義でみなさんが膝を打った整理表に、「採用」と「ブランディング」が「惹きつける」というワードで表されているところです。初回のころは、まだ採用と自社のブランディングが結びつくイメージを持ちきれない様子を感じていましたし、「うちに惹きつける要素なんて……」という雰囲気も多少ありました。

でも、最後にはみなさんそこに腹落ちして、おそらく「採用」の概念から変わってきている。改めて自社の価値を探して、「人を惹きつける」ための発信していく方向に行動が変容してきていることが、このシートを見ているとよくわかります。

羽山暁子さん。新卒で人材会社に入り、法人営業、人事を経て、ITベンチャーの人事責任者へ。2015年に東京から仙台にIターン。フリーランスの後、株式会社Pallet設立。代表を務める

北川:組織開発や人材支援でよく意識することですが、今回なるべくこちらから答えを渡すことをせず、一人ひとりの気づきを支えるようにしていました。このゼミの対象が経営者、あるいは経営層にかなり近しい人事の方だったのも大事なポイントだったかなと思います。「会社のあり方を変えないと」と、組織づくりに対して深いところで“自分ごと化”していくのを感じました。

羽山:私も宮城で近い活動をしていますが、こういう変化って、1回で生み出すのはすごく難しいんです。でも、違う立場や背景の人から、異なる言葉によるインプットを何度も得るうちにだんだん染み込んでいく。北川さんも私も、他の講師のみなさんも、実はずっと同じことを言っていて、その繰り返しがよかったのかなと思いました。

もう一つ、複数の会社が集まって対話をする場の重要性も、改めて感じますね。他社と事例を交換したり、気づきや自信も得たりできる機会をつくれたのは、ものすごい価値じゃないかなと私は思います。地方で、しかも中小企業でとなるとどうしても「ひとり人事」になりやすい。孤独だし、深く考えられる時間も少ないですから。

北川:本当にそうなんです。戦略人事についての知見のある人から「インプット」があって、自社の状況や課題を「アウトプット」をしていき、さらに他の参加者に考えを「シェア」して、みんなから「フィードバック」を受ける。この4つのサイクルをぐるぐる回せたからこそ、自分が本当に何をすべきか、深めていただけたのかなと思います。

北川雄士。広告代理店、ITベンチャー企業の人事部門責任者の経験を経て、2014年にフリーの人事として独立。2015年末に滋賀にUターンし、株式会社いろあわせを設立。代表取締役を務める

北川:さらに言えば、講座が終わったあと、次の講座までの間にうちのスタッフが参加者の伴走支援に入れたのも、密かなポイントだったかなと思いますね。一社ずつアポイントをとって、「一緒に宿題シートつくりましょう」と声をかけ、実際に訪問相談を行うところまで。これを3カ月で2〜3周していたんです。

羽山:ああ、それはすごく大事ですね。私たちも宮城で、そこをかなり丁寧にやっています。インプットも対話ももちろん大切ですけど、その間のつなぎを支援側がどこまで個別に対応できるか。それ次第で、最終的に得られるアウトプットのクオリティが全然違うものになるのを私も感じています。

「幸せに働いていい」の視点をみんなで広げていく

羽山:今回のゼミについて、私は北川さんに1年ほど前から構想を聞いていて。ローカルでどう展開していくか、どんなふうに「戦略人事」の概念を浸透させていくか……最初は難しさも感じていたんです。

でも蓋を開けてみたら、2022年は経産省で「人的資本経営コンソーシアム」が立ち上がるなど、人を育てていくことに国が戦略的に取り組み始めた1年だった。そこに先駆けるような形で、ローカルに一つうねりをつくり出せた意味では、今後の大きな試金石になるんじゃないかなと思います。

北川:変化を生み出せたという意味で、本当にやってよかったと僕も感じてます。その上であえて課題に触れるなら、「これを今後どう拡大していくか」かなと。今回は10社でゼミをやりましたが、この熱量と内容を一度に100社でやることは正直難しい。地域に対して与えていくインパクトを考えたとき、質と量とどちらを優先して高めるべきか……ここはまだ僕も結論が出ていなくて。

羽山:やっぱり両方じゃないですかね。そのためには、こういう支援ができる人材をローカルで育てていくことも、合わせて考えないといけないだろうなと思います。

これは私がPalletで掲げていることなんですが、「2030年までに東北で、組織開発や人材育成を単独でできるプレーヤーが10人誕生すること」を一つ目標にしているんです。そしてそのプレーヤーは、私たちが伴走したクライアント企業の中から出てもいい、と思っていて。実際、自社の組織改革に成功していただけたところとすでに2社、パートナーシップを組めるまでになっています。

北川:それはすごい! クライアント企業の中に、組織開発の支援事業ができたってことですよね。その座組みは、羽山さんからお願いして生まれたんですか?

羽山:お願いしたというか……もともと私が、そういう絵を頭の中で描いていたんですよね。たぶんそれが伝わって、「一緒にやりましょう」と(笑)。

私は自分の考えとして、汎用できるものに対しては、きちんと“型化”して使ってもらえるように意識しているんです。人材支援についても、一定の型があるからこそ組織にインストールできて、それを広げていくなかで自由に飛び立てるようになる。今回のような実践をできるプレーヤーがどれだけいるかは、地域に大きな違いをもたらすはずです。

宮城県の南三陸町で開催された『組織・チームを前進させる「未来変革リーダー」養成伴走プログラム』で、実際に羽山さんが講師を務めたときの様子(2022年)。地域の経営者やリーダー層がインプット、アウトプット、シェア、フィードバックを行いながら、数カ月かけて「戦略人事」を学ぶ機会となった

北川:僕も今回のゼミで、あえて参加条件に「学びを周囲にシェアすること」を入れました。4回が終わってからも関わる業界団体さんなどに気づきや変化を共有してもらうよう、具体的なアクションや時期まで出してもらっていて。その意図を先鋭化した事例として、今の羽山さんの話は大きな参考になりました。

僕らもやはり、人事的な支援を通じて、地域全体を盛り上げていきたい。そのためにも、「人のことを考えて経営を変えていきましょう!」と経営者を支えられるプレーヤーを増やす必要がありますね。

羽山:私は最近よく、「ごきげんに働こう」「ごきげんな会社を増やそう」と言っています。企業はもっと「従業員が幸せに働いているか」に目を向けるべきだし、従業員も「自分自身が幸せに働けているか」に責任を持ってほしい。この両者の関係性が大事だと思います。

エンゲージメントを高めて……なんて言ってきましたが、シンプルに「幸せに働いていいんだ」ってことなんです。この考え方がもっと広まれば、地方の採用も変わるだろうと考えています。

北川:まさに。採用をテーマにしていても、それはただ「新卒採用をがんばろう」「中途でいい人を連れて来よう」ということではないんですよね。経営者が社員のエンゲージメントを高める取り組みを進めて、社員もそれに応えていく循環がつくれないと、人を採用し、定着してもらうことはどんどん難しくなる。それは地方に限らず、すべての組織に言えることだと思います。

『しが採用ゼミ』のような取り組みを足がかりにして、本質的に「幸せに働くとは?」「いい会社にしていくには?」と語っていく土壌をつくることが大事だと、今日改めて考えることができました。本当にありがとうございました。

(対談構成/佐々木将史、アイキャッチ/武田まりん


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