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今なぜ〈人が大事〉なのか。ローカルに求められる『戦略人事』

〈うちの会社は、社員を何よりも大事にしています〉

みなさんの職場で、こんな言葉を耳にする機会はないでしょうか。

ネットやSNSを通じて企業の素の姿が見えやすくなった近年、この〈人が大事〉の姿勢を打ち出すことは、セールスや採用など、あらゆる場面で「自社を選んでもらう」ために重要視されるようになってきました。

同時に、さまざまな産業が構造的な変化を迫られるなかで、より本質的に「人こそが経営の最重要資産である」「イノベーションを生み出す源泉である」と考える経営者も増えています。

こうしたなかで求められるのが、経営的な視点を持った人事の存在です。たとえば、人と組織のあり方を研究する雑誌『Works』は、2021年10月の168号から3号に渡って「CHRO」(最高人事責任者)の特集を組んでいます。経営の中心に「人事」を据え、「人」に向き合おうとする企業が少しずつ現れていることの、一つの証とも言えるでしょう。

これら人事と経営を取り巻く動きを、今回の『しがと、じんじ。』では、ローカルの視点から読み解いてみたいと思います。

経営戦略の中心に人事を据えるとは、一体どういうことなのでしょうか? 人に日々向き合う人事の仕事に、どんな可能性があるのでしょうか?

〈人が大事〉とは言うけれど……


最初に紹介した〈人が大事〉の話。実はこの言葉は、誰でも口にすることができるフレーズでもあります(もしかしたら、日本中のほとんど会社で言っている可能性もありますよね)。

もう一歩踏み込んで、「〈大事にしている〉と言いますが、本気でそれを言い切るために、どんな取り組みをしていますか?」と問われたとき、自信を持って答えられる会社はどのくらいあるでしょうか。

・長時間労働を前提にした業績評価になっていないか
・「みんな大事」と言いながら、結局は正社員だけを優遇していないか
・働き方の調整を相談されても「個人の要望には答えられない」「無理ならパートになるしかないよ」などと最初から言い切ってしまっていないか
・個人の意向に関係なく、異動や転勤を「従うのが当然」と考えて命じていないか
・結果的に退職者が出ても、場当たり的な採用で穴を埋める行為を繰り返していないか

……ちょっと厳しいことを書きましたが、実はこうした昔からの慣例を変えず、従業員側にガマンを強いている企業は未だ少なくありません。それなりに歴史があり、制度も整っている会社でも(むしろそうした会社ほど)、過去の経緯から柔軟な対応が取れないまま、今に至っているケースは往々にしてあります。

また、ここにはもう一つ、〈人が大事〉と言いながら、その「人」に向き合う責任者が誰なのか、曖昧な体制にしていることも課題として挙げられます。

たとえばローカルの中小企業などでは、そもそも「人事部長」がいないことも少なくありません。総務、財務、経理……ぜんぶひっくるめて「総務部長」という肩書きのなかで、一部として「人事」の仕事、そのさらに一部で「採用」を担う。こうした構造になっているため、そもそも「人」を経営の中心に据えることが、(悪意はなくても)難しくなっている場合も多いのです。

背景にある「社員=扱う技術者」


もちろん、こういった状況が生まれた背景には、それなりの経営的な理由があります。過去多くの企業の改革や再建に携わってきた冨山和彦さんが、それを現代における課題とともにズバッと語ってくれているのでご紹介します。

「ものづくりで稼いできた日本企業にとって価値創造の源泉は、長らく工場や設備などのハードだった」と冨山氏は説明する。「人はそのハードを動かす労働力にすぎませんでした。現在は、付加価値を生む源泉はあくまで人の知恵です。工場やそこにある設備1つをとっても、人の知恵が詰め込まれて、はじめて価値を生むのです。つまり、コンピュータや工場は、人の知恵やアイデアを具現化する手段なのです」(冒頭で紹介した『Works168』より)

これは特に第二次産業(製造業)の割合が大きい滋賀県を見渡したとき、ものすごく本質を言い当てているなと感じる言葉です。

実際、県内の会社にお邪魔すると、「この最新の機械がすごくてね……」と教えてもらうことがよくあります。もちろん性能が高いのはすばらしいことなのですが、問題なのは「機械の力」への投資が、一番の競争優位になると思い込んでしまっていること

もちろん優れた機械の存在は、今まで利益の大きな源泉になっていたのだと思います。ただ、現代のように社会が進んで、あらゆるものがコモディティ(汎用品)化されてきた状況では、この発想だけではすでに差別化が難しくなっている。むしろその機械を使って「どう別の価値を生み出すか」を考えることが、経営において大きなインパクトを与えるようになり、富山さんの言う「人の知恵やアイデア」が必要になっているんですね。

そのとき、人を「機械を上手に扱える技術者」とだけ見ていては、結局は「いかに安く、効率的に働いてもらうか」の目線になってしまう。持っている強みを柔軟に発揮してもらうことは難しいでしょう。むしろ今必要なのは、個々の力を引き出すための「仕組み」への投資であり、そこに社員を「一人ひとり違う人」として見る(=〈人を大事〉にする)ことの大きな意義が生まれているのです。

求職者の変化に、企業が追いついていない


ただし、ことローカルにおいては、そうした事業戦略的な意味とは別に、もっと差し迫った事情から〈人を大事〉にする必要性が生まれてきています。それが「働き方の選択肢」の多様化です。

この数年で、かつての「地方か都会か」といった議論を超えて、働き手に提示される選択肢が一気に増えてきました(コロナ禍でのリモートワークの普及が、それに拍車をかけています)。採用難と言われる時代ですが、一人ひとりの細かなニーズに応えられる企業にはむしろどんどん人が集まるようになり、地域を問わない奪い合いが始まっています。

さらに、キャリア形成の考え方が変わるなかで、若い世代ほど自分の「スキル」や「居場所」に敏感になってきていることも見逃せません。

名だたる企業が終身雇用の体系を見直すなかで、「新卒入社から定年まで務める」といったテンプレートのような働き方はもはやイメージができないし、時代の変化も速いのに「最初に身につけたスキル」で50年後も食べていけるとは到底思えない。そんなふうに素直に感じるからこそ、特定の企業だけに所属しない人(複業や兼業)が増えたり、そのマッチングを促すプラットフォームが注目されるようになったりしているのだと思います。

一方で、彼らは個人の幸せを大事に考える視点も持っており、成長を求めながらも「存在」そのものをきちんと肯定してくれたり、個人の得意・不得意をきちんと認めてくれたりする組織を求める傾向もあります。

問題なのは、こうした求職者側の変化に、追いついていない企業が多いことです。今の時代、「その働き方はうちでは無理」と言った瞬間に応募は来なくなるし、すでにいる人材も「じゃあ別のところで働きます」と去ってしまう。そういった状況のなかで「この最新の機械をきちんと動かしてくれれば大丈夫だから」と言っても、それで大丈夫なのは“目の前の事業”であって、“自分の将来”や“求める居場所”ではないことを、働き手はきちんと知っています。

ここのギャップをきちんと理解したうえで、社員と会社の関係をどう柔軟に考えていくか。働き手のスキルアップと、事業で求める成果をどうつなげていくか。具体的なニーズが見えているからこそ、経営のなかに「人事の責任者」を置ける組織・置かない組織の違いが、早晩大きな差となって現れてくるように感じています。

経営の視点から戦略を立案する『戦略人事』


自社の製品やサービスを差別化するためにも、組織として生き残るためにも、今求められているのが経営戦略に携わることのできる人事です。これを『戦略人事』と定義したいと思います。

社員の個性(興味関心やスキル)を事業に活かしながら、多様化する働き方のニーズに応えていく。もちろん、会社のミッションなどの実現からブレてもいけません。

これは社長やCEO(最高経営責任者)の仕事でもありますが、一定以上の規模であれば、細かなプランを一人で立てることは難しいでしょう。社長のパートナーとして、経営の視点から戦略を立案できる人事が必要になっている、というのがこのコラムでお伝えしたかったことです。

これに伴って、組織における「人事」そのものの評価も、同時に見直されるような働きかけが必要かもしれません。もう一度、冨山さんの言葉を引用します。

「ヒトが工場や設備を動かす労働力でしかなかった時代には人事はコストセンターでしたが、今や価値生産における最重要資産を、いわば“運用 ”し、最大化するプロフィットセンターであらねばなりません。CHROの要請が高まってきたのは、その利益部門の “Chief”として、会社全体のリソース配分の優先順位を判断する役割を担う存在だからです」

『Works168』は、経営者や人事担当の方にぜひ読んでいただきたいと思うのですが、一方でCHROや戦略人事などと言うと、地方の現状から遠い存在のように(「東京の真似なんてしても意味ないよ!」などと)受け取られてしまうかもしれないので、そこを少しだけ最後に補足します。

以前、採用企画の裏側を書いた、次のような記事を出したことがありました。

ここに「地方こそ、人に真摯に向き合う必要がある」というくだりがあります。〈人に真摯に向き合う〉、書いてみると当たり前のなのですが、その「当たり前」を実現できている会社は世の中にそう多くはない。だからこそ、みなさんには胸を張って〈うちは人を大事にしている〉と言えるようになってほしいと考えています。

競合が少ないローカルで、そうした評価がきちんと受けられる状態になれば、今の求職者は必ず見つけてくれます。そういった企業が同じエリアに増えれば、今度はそのエリアそのものが注目されるようになり、相乗効果で価値が高まっていく

こういった循環を『しがと、じんじ。』では生み出していきたいと考えています。2022年は、『戦略人事』を増やし地域全体を活性化させる、具体的なプログラムを滋賀で動かしていく予定なので、興味がある方はぜひご一緒できればと思います。

北川雄士/Yuji Kitagawa

滋賀県彦根市生まれ。株式会社いろあわせ代表取締役。
広告代理店、ITベンチャー企業の人事部門責任者の経験を経て、2014年にフリーの人事として独立。これまでに数千人の面接を経て来た。2015年末にUターン。ひと・もの・まちを“掛け合わせ”、それぞれが持ついろや魅力を大切にしたいとの想いで、株式会社いろあわせを設立。現在『しがと、しごと。』をはじめ、行政や地元企業と共に地域発の採用の仕組みや場づくり・まちづくりを積極的に実践中。(TwitterFacebook

(編集:佐々木将史

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