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ピーターラビットの世界


子どもの頃に祖父母の家で観たピーターラビットのアニメーションを今でも鮮明に覚えている。女性シンガーの澄んだ歌声(挿入歌:Perfect day)をバックにビアトリクス・ポターが森でスケッチをしている場面から始まる。だが、夕立ちが訪れ、彼女は急いで画材を片付けて家まで駆け抜ける。冒頭は実写で、帰宅後に彼女が文通している男の子に手紙を書くところからアニメーションに切り替わる。イングランドの湖水地方の長閑な光景を映した実写映像が、いまだに色濃く脳裏に焼き付いている。それからどれくらい経っただろう。成長してから古書に惹かれるようになると、ふとピーターラビットのことを思い出した。ヴィクトリア朝時代に書かれたオリジナルは100年以上前に出版されたアンティークブックとなるが、どんな感じのものだったのだろう。そんなふとした疑問からピーターラビットの世界観に足を踏み入れ、現在に至る。


英国の絵本作家ビアトリクス・ポターによって手掛けられた「ピーターラビットのおはなし」は1901年に私家版が250部発行され、1902年にフレデリック・ウォーン社から初版がロンドンで8000部発行された。発売当初から売り切れ続出のヒット作となり、増刷が幾度も繰り返された。世界中で愛され、現在では4500万部を超えるメガヒット作品となっている。老若男女から好まれ、日本でも多くの人々が幼少期に一度は目にしたことがあるだろう。

話題作となった「ピーターラビットのおはなし」は、ポターが文通していた幼い男の子に宛てた手紙から生まれた作品だった。ポターが手紙の中で創作したストーリーを編纂して出版社に持ち込み、一冊の本として出版したのが1901年の私家版だった。イラストはモノクロで、限定250部の小ロットだった。だが、これがたちまちに反響を呼び、翌年の1902年にはカラーイラストを加えた初版を出版した。初版は表紙が4種類存在し、カラーも緑と赤の2パターンが存在した。その後、1904年には続編にあたる「ベンジャミンバニーのおはなし」が出版された。この作品も反響を呼び、ポターによるピーターラビットはシリーズ化されるに至った。

ピーターラビットシリーズは、全24巻からなる。とはいえ、ピーターが登場する回はそのうち6冊のみで、その他は同じ世界線上だが猫や鼠などの別の動物を主役としている。今回は、そんなピーターラビットシリーズの一部の作品を紹介していく。


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ピーターラビットシリーズの第1巻にあたる「邦題:ピーターラビットのおはなし/原題:THE TALE OF PETER RABBIT」。初版のロットは8000部だったが即完売し、供給が間に合わず同年中に追加増刷するほどの大反響だった。本作はピーターが母の言いつけを破ってマクレガーの畑に入り、マクレガーに見つかって追いかけ回されるも命からがら脱出に成功するストーリーを描いている。親の言いつけを守らなかったことによって危険な体験をしたピーターの教訓話で、メインの読者となる児童へのメッセージ性が強い。

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中表紙に描かれたピーター

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服のボタンを母にとめてもらうピーター

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マクレガーの畑でラディッシュを食べるピーター

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網にかかって焦るピーター

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マクレガーの様子を窺うピーター

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マクレガーの猫の様子を窺うピーター



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ピーターラビットシリーズの第2巻「邦題:ベンジャミンバニーのおはなし/原題:THE TALE OF BENJAMIN BUNNY」。ピーターは1巻のストーリーでマクレガーの畑に入った際、脱出する途中で服と靴を失った。ピーターの服と靴は、マクレガーによってカカシにされていた。これをピーターは従兄弟のベンジャミンと共に取り戻しに行く。二人は服の回収には成功するものの、欲張って畑のタマネギを盗んだたことからマクレガーの猫に見つかって追いかけ回され、袋の鼠となってしまう。だが、ベンジャミンの父が現れ、杖で猫を追払い、二人は無事に帰宅する。家に帰る途中で二人はベンジャミンの父からこっぴどく叱られ、杖でお尻を叩かれる罰を受けて泣きべそをかいた。

これは当時の英国の子どもに罰を与える際の習慣を反映している。1巻で危険な目に遭ったにもかかわらず、再び言いつけを破って危険な場所に赴く男児の無謀さを描いている。こちらも1巻に続いてピーターの教訓話となる。マクレガーの畑に入る前からピーターは母から父がマクレガーに捕まってウサギパイにされたので、絶対に畑には近づくなと忠告されていたが、足を踏み入れる。話を聞かずに過ちを犯す若者の浅はかさと無鉄砲さを象徴している。

ピーターラビットのアニメ版では、この1巻と2巻を連結してひとつのストーリーとし、「ピーターラビットとベンジャミンバニーのおはなし」というタイトルをつけて放映された。

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初版には発行年の「1904」が印字されているが、後発の書籍では印字されない。

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マクレガーの畑からタマネギを盗むピーターとベンジャミン

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タマネギを風呂敷に入れて持ち運ぶピーター

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枝の杖を持って歩くベンジャミンの父



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ビアトリクス・ポターが1909年に出版した「邦題:フロプシーの子どもたち/原題:THE TALE OF THE FLOPSY BUNNIES」。ピーターラビットたちのその後を描いたストーリーで、ピーターやベンジャミンが既に大人になっており、ベンジャミンは家庭を持っている。ベンジャミンはピーターの妹フロプシーとめでたく結婚し、たくさんの子どもたちに恵まれ生活していた。だが、生活は厳しく貧窮しており、食料を譲り受けるためにピーターの元に通っているという妙に現実味のある設定となっている。

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窓から部屋を覗くフロプシーの子どもたち

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救助されたフロプシーの子どもたち


発売当初から絶大な人気を誇った英国を代表する児童文学ピーターラビット。今も尚読まれ継がれ、世界各国で翻訳されている。登場する動物たちの細密な描写からは、ビアトリクス・ポターの観察眼の高さが窺える。自身を持ってお勧めできるマスターピースである。


*掲載画像は全て私物を撮影


Shelk 詩瑠久🦋




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