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マークの大冒険 フランス革命編 | もう一人のシャンポリオンの手記

前回までのあらすじ
エジプト遠征に赴き、仏軍の指揮下で遺跡調査を行っていたマークとジャック=ジョゼフ・シャンポリオン。彼らは戦況が厳しい中、着々と研究を進めていた。そんなある日、マークが突如、大ピラミッドの前でジョゼフに世界の真実の話を始める。だが、ジョゼフは困惑するだけだった。マークがジョゼフが生きる時代よりずっと後の時代から来たこと、そして、世界の全ての真実が大ピラミッドに隠されていることを彼は淡々と告げた。



世界の真実____。

あの会話をした次の日、マークは失踪した。どこを探してもおらず、調査隊は困惑した。結局、最後まで見つからないので、任務中に行方不明ないし死亡した扱いになった。

そして、マークの言う通り、フランスは敗北し、エジプトの遠征隊は帰国を余儀なくされた。ナポレオンが思い描いたエジプト制圧によるイギリスの交易ルート封鎖と妨害計画は失敗に終わった。

私は遠征で訪れたエジプトのことを決して忘れはしないだろう。あの乾燥した空気、雲ひとつない青い空、肌を刺すような太陽の光、文字で埋め尽くされた巨大な神殿。全てが私には新鮮で、夢のような体験だった。

私はエジプト遠征に憧れ、志願兵として立候補した。だが、結果は不合格。ナポレオンに直談判するも、許可は降りなかった。そんな時、マークの助け舟で学者枠として遠征への参加が許された。

この手記は、弟ジャン=フランソワの死後に書いている。私はこれから弟の研究成果をまとめ、世に発表しなければならない。弟が解き明かしたヒエログリフの謎を世に知らしめるために。弟は「この頭の中にまだまだいろいろなことが入っているというのに」と発してこの世を去った。病床でペンが追いつかない弟の姿を見ているのは、自分のことのように辛かった。

そして、今だから分かることがある。マークは確実に弟より先にヒエログリフを解していた。その理由は言えないと彼は言っていたが、きっと失踪の直前に言っていた未来から来たというのは本当のことだったのだろう。だから、全てを知っていた。でなければ、いろいろと辻褄が合わないのだ。

マークが言っていた世界の真実の話も、にわかには信じ難かったが、本当のことだったのかもしれない。あの日、私は真実を知ることを拒否し、彼にはついていかなかった。目の前に広がる大ピラミッドに世界の真実の全てがあると彼は言っていた。彼を信じていないわけではなかったが、真実を知ることがあの頃の自分にはとても恐ろしく感じた。行ってしまったら最期、もう戻って来れない。家族や友人にもそれっきり会えなくなってしまう。そんな感じが本能的にしたのだ。

とにかく、彼は何らかの方法で私たちの時代まで来た。その目的は分からないが、私は彼と時を過ごし、多くのことを教わった。彼なくして、今の私はここに存在しない。そして、彼が知る世界線では、私はエジプトに一度も赴くことができず、失意のうちに他界したという。これもにわかには信じ難いが、それが彼が言うところの私の未来への抗いだったのかもしれない。

弟がヒエログリフを解読する鍵となったロゼッタ・ストーンは、ナポレオン率いるフランス軍がジュリアン要塞を建設する際に発見された。最初の発見者の名は残っておらず、おそらくエジプトの現地人と思われるが、報告者はピエール=フランソワ・ブシャール大尉だった。ロゼッタ・ストーンは彼に発見されて幸いだった。

当時28歳だったブシャールは、軍人であると同時に学者でもあった。彼は学者だったからこそ、石に刻まれた文字を見て、一目で重要な遺物だと勘づいた。先に述べたようにナポレオンはエジプト遠征で、軍人と共に学者も引き連れていた。軍人と学者たちの間には大きな溝があった。お互いを信用していない状態で、その空気感はまだ若かった私にもよく伝わってきた。だが、両方の要素を兼ね備えるブシャールだけが唯一、軍人と私たち学者組を繋ぐ架け橋だったのだ。そうした稀有な存在の者の目に最初に触れたことがロゼッタ・ストーンの幸運だったと思う。それゆえに、ブシャールをこの場で讃えたい。

回収されたロゼッタ・ストーンは、直ちに解読チームに引き渡された。石にはヒエログリフ、デモティック、ギリシア文字の3種類の文字が記されていた。ギリシア文字の解読作業が早々に終了したため、残りの2種類の文字も2週間もあれば解読に至ると思われていた。だが、実際に解読が果たされたのは、それから20年以上も後のことだった。

解読作業はイギリスとフランスの接戦だった。イギリスのヤングは全方位型の天才、弟は一点集中型の天才で、両者は同じ天才でも属性が異なっていたように思う。寡黙なヤングと異なり、弟は感情の起伏が激しかった。解読を巡り、二人は険悪な仲に一時なったこともあったが、最終的には和解を果たし、良き同志になった。弟がヒエログリフの研究に精を出す傍ら、ヤングはデモティックの研究に進んだ。ヤングが弟にデモティックの研究を指南していた時は、微笑ましかった。

マークは失踪した。だが、私は彼が死んだとは思っていない。今もどこかで元気にやっている。そして、いつかひょっこりと何事もなかったかのように私たちの目の前にあの調子で現れる。そんなような気がしている。私は彼から多くのことを教わった。これからは、私が人に教えを与える番である。そのためにも、私は弟の本を世に残す必要があるのだ。


End...


マークの大冒険 フランス革命編 終

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