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詭弁VS大詭弁『世の中うそだらけ』/藤子Fの嘘つき物語④

「藤子Fの嘘つき物語」と題して、「ウソ」をテーマとした作品を検証しているが、1本目の記事に引き続いて、再び「ドラえもん」から「ウソ」を主題とする作品を取り上げる。

1本目の「うそつきかがみ」についての記事はこちら。


本稿で取り上げるのは『世の中うそだらけ』という、「ドラえもん」史上屈指の詭弁が飛び交う怪作である。あまりの詭弁ぶりに、子供の読者では論旨を理解することが難しい作品でもある。

「ドラえもん」『世の中うそだらけ』(初出:ギシンアンキ)
「小学六年生」1975年7月号/大全集3巻

のび太は毎年のようにエイプリルフールで誰かのウソに騙され続けるお人好し。ウソをつく方が悪い訳だが、あまりに隙を作ってしまっているのび太の側にも問題が多いような気がする。

ちなみに「四月バカ」をテーマとした記事は過去にアップ済みである。


本作は7月に掲載された作品で、エイプリルフールとは関連がない。今回は7月という季節柄、アイスクリームを巡る騒動である。

冒頭では、ドラえもんとのび太でアミダクジを引いて、これから買うアイスクリームの値段を決めている。クジの結果、のび太が100円のアイスで、ドラえもんが50円と決まる。安いお小遣いをやりくりしているのだ。

念願のアイスに舌を出すのび太


さっそくのび太は喜び勇んでアイスを買いにいく。そして帰り道、溶けてしまう前にと小走りで家へと向かう。そこにジャイアンが「アイスか」と声をかけてくる。

「店まで買いに行くのが面倒だ」と言って、一個ここで買い取るというのである。渋々承諾するのび太。ジャイアンは「安い方でいいや」と50円渡してアイスを受け取る

のび太はもう一度アイスを買いに戻ろうとするが、ジャイアンが再び声をかけてくる。やっぱり100円のにするというのだ。そこで、50円のアイスと100円のアイスを交換する。そのままジャイアンが去ろうとするので、差額の50円を払えと言うと、「どうして?」と意地悪く返してくる。

50円しか払っていないことに激怒するのび太。しかしジャイアンは悪びれない。

「お前頭悪いなあ。いいか良く聞けよ。はじめに50円払ったな。今50円のアイスを渡したな。50円と50円合わせていくら?」

のび太は「ちょうど100円!」と納得の表情を浮かべる。

将来が思いやられるお人好しっぷり


小学校低学年の読者だと、うっかり騙されそうなロジックが展開されている。

①ジャイアンが50円出して、50円のアイスを貰う
②ジャイアンの50円のアイスと100円のアイスを交換
③②で差額の50円が発生しているが、①で50円払っているので穴埋めできているとジャイアン

無茶苦茶な話だが、さらりと一読してだけでは一瞬納得しかけてしまうジャイアンの詭弁であった。


家に戻ると、ドラえもんがこの状況にツッコミを入れる。

「150円持ってって、どうして50円の二個しか買えないんだよ!」

全くその通りで、50円がどこかへ消えてしまったのである。しかしのび太は、「変だと思ったけど良く聞いたらわかった」ともはや疑ってもいない。そればかりか、「ドラえもんは頭が良くないね」、とディスる。


のび太が満足そうに50円のアイスをピタピタペタペタ舐めている脇で、ドラえもんは「正直者がバカをみる世の中なんだから」とのび太のあまりのお人好しさに憂慮を覚え、「なんとかしなくちゃ」と立ち上がる。

そこで取り出したのが「ギシンアンキ」という凄い名前の錠剤。悪魔(デビル)の顔が描かれたパッケージで、何やら不吉だ。

この薬を飲むと、なかなか人の言うことを信じなくなり、徹底的に疑って真相を突き止めようとするらしい。人を疑心暗鬼にさせるという薬事法完全アウトの麻薬である。

「ああうまかった」とバカみたいに口を開いているのび太に、いきなり薬を飲みこませるドラえもん。するとのび太の目つきが、凄まじく悪くなる。「よく考えてみると、やっぱりおかしい」と語気を強めて、行動を始めるのび太。


のび太は喧嘩口調でジャイアンにクレームを入れる。ジャイアンは「さっきは軽い冗談で50円は返す」とにこやかに対応するのだが。目つきの悪いのび太は「50円じゃない、100円だろ」と、値上げした金額を要求する。

ここからの、のび太の主張がかなりクレージーだ。先ほどのジャイアンの詭弁に輪をかけた、さらにややこしい論理(?)を展開する。一応抜粋してみるが、にわかには意味が読み取れないので、ここは是非頑張ってギシンアンキのび太の超論理の理解に努めて欲しい


「君から貰ったは50円玉一個だ。こっちが渡したのは50円と100円のアイスだ」

とのび太。ジャイアンは「50円のは返した」と主張。それを無視するかのようにのび太は、

「その50円のアイスははじめの50円と合わせて100円のアイスの代金となるんだ。だからもらってないと同じだ。渡したのが50円と100円のアイスで、合計150円。貰ったのが50円。差し引き100円すぐよこせ!」

と詭弁を弄する。「ややこしくなってきた」と、ジャイアンも頭が回らなくなる。

詭弁なので論理的ななのか論理破綻しているのかとても分かりずらい。

①ジャイアンが50円出して、50円のアイスを貰う
②ジャイアンの50円のアイスと100円のアイスを交換
③ジャイアンからは50円しかもらっていないが、アイスは50円と100円の二つを上げているので差額は100円
④50円のアイスは返してもらったが、はじめの50円と合わせて100円のアイスの代金になるので貰っていないと同じ

この④が、何度読み直しても解せないところ。ただし③の部分だけ強調されると、少し納得感が出てくるので不思議だ。

ジャイアンも読者も大混乱


ジャイアンは暴力でのび太を黙らせようとするが、鬼気迫るのび太に「百円どろぼう!」とへばり付かれて防戦一方となる。これほどの迫り方は「さようなら、ドラえもん」(74年3月)以来ではなかろうか。

何とかのび太から身を隠すジャイアン。のび太の疑心暗鬼がさらに爆発していく。

・ジャイアンの家に行き、かあちゃんに留守だと言われるのだが、「うそでしょ。隠しているんでしょ」と食い下がって家の中に入ろうとする。
・スネ夫がジャイアンなら向こうにいたと話かけるが、「君がジャイアンだな。変装してんだろ」と、スネ夫の頭を引ん剝こうとする。
・ジャイアンを探して犬小屋やゴミ箱、しずちゃんのスカートの中まで探しまくる。

疑心暗鬼というか、バカ?


クスリが効きすぎたということで、ドラえもんは「スナオン」という「ギシンアンキ」と真逆の効き目の薬をのび太に飲ませることにする。スナオンは、天使(エンジェル)のパッケージとなっており、悪魔柄の「ギシンアンキ」と完全に対となる薬である。

ところがギシンアンキなのび太がこの薬を素直に飲むわけがない。「せっかく疑い深くなったのに、直ったらまだ騙されるぞ」と、薬を取り上げて代わりにドラえもんに飲ませてしまう。

キョトキョト


疑心暗鬼はさらにさらにパワーアップ。

・ワンワンと吠える犬に「ネコのくせに」
・ブブウとクラクションを鳴らす車を信じない
・「工事中・危険・入るな」の看板を信じないで工事現場の穴に落下

疑心暗鬼も度が過ぎると命に係わる。そこでドラえもんは、わざと「毒だから飲んじゃいけない薬だ」と言って「スナオン」を見せる。するとのび太は「嘘だ!僕に飲ませるのが惜しいんだろ」と天邪鬼な反応をして、スナオンを自ら飲んでしまう。


一方、のび太から逃げ続けているジャイアン。スネ夫としずちゃんから、「死んでも諦めないぜ」と報告を受けて、金を返そうと観念する。

しかし、どう考えても100円は払い過ぎだと思うジャイアン。結果的に100円のアイスを食べたわけだから、150円は払い過ぎなのは間違いない。

スナオンを飲んで素直に戻ったのび太に、ジャイアンが50円しか払わないぞと意を決して申し出る。そこで、再びジャイアンの詭弁コーナーである。

「これは50円でも、ただの50円じゃないぞ。表の模様が裏に、裏のが表についている珍しい50円だ。100円の代わりにやろう」

恐らくジャイアンも、うまく乗ってくれるかどうか半信半疑だったと思うが、のび太は全く疑うことを知らずに大喜び。「儲かった儲かった」と文字通り飛び上がって嬉しがる。

「やっぱりのび太君はあれでいいのかな」

と、半ば諦めのドラえもんなのであった。

ウソとは表裏一体・・。


あらためて、本作のポイントは下記である。

①ジャイアンの分かりやすいウソにコロっと騙されるお人好しののび太
②「ギシンアンキ」という薬事法違反の麻薬
③ジャイアンも読者も混乱に陥れるのび太の詭弁
④ジャイアンの二度目の分かりやすいウソに、やっぱり騙されるのび太

本作は、ウソというよりは、詭弁を弄するジャイアンとのび太のやりとりが秀逸である。よく考えついたなと、藤子F先生のアイディアに唸ってしまう。

なお、本作のタイトル『世の中うそだらけ』は、一度「パーマン」でも同じものを使っている。こちらはエイプリルフールをテーマとした作品である。記事化してあるので、関連作としてどうぞ。



「ドラえもん」考察たくさん!


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