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自治体の防災備蓄品「生理用ナプキン」を「ディスペンサー」で配ります

「あっ、生理がきたかも。」

どうしよう。ナプキンがない。

近くにコンビニかドラッグストアはあるかな。そこまで服を汚さずにたどり着けるかな・・・

外出先で突然、生理が始まった時、生理用ナプキンがなくて焦ったことはありますか?

わたしは何度も経験したことがあります。

学校や会社だったら、友達や同僚にお願いして、ナプキンを手のひらに隠したり、袖の中に忍ばせたりして、こっそりと。

そうやって助け合ってきたけれど、ナプキンがなくて困っている人が、もうすこし気軽に、人目を気にしないで、ナプキンを手に入れられる世界になったらいいな。

同じ想いを持つ静岡県浜松市さん、正式には「浜松市 市民部 UD・男女共同参画課」との出会いから、今、1つのプロジェクトが動き出そうとしています。


そもそもシャープのFemtechに関する取り組みは、わたしがミーティングで生理用ナプキンの話をしたことから始まりました。

フェムテックとは、Female(女性)とTechnology(テクノロジー)を掛け合わせた言葉で、経済産業省いわく「月経や出産、不妊、更年期など女性特有の健康課題をサポートするツール」です。

そのお話はこちらから

そこからプロジェクトが立ち上がり、家庭での生理用品の使用状況をセンシングし、「生理用品の在庫管理」と「月経周期の自動記録」ができるサービス「生理用品IoT収納ケース」の開発を私は企画担当として携わっています。そんな最中、静岡県浜松市さんとの出会いで新たなプロジェクトが生まれました。


新たに生まれたプロジェクトのお話をする前に、こんなこと、ご存じですか?

■生理用ナプキンには使用期限がある!

目安は、製造から3年程度。これは、生理用ナプキンの大手メーカーが推奨する使用期限です。未開封で直射日光などを避けて保管し、もし製品が劣化していなければ、3年を少々過ぎてもいいようです。

わたしは全然知りませんでした。普段使うものは、3年程の使用期限いっぱい保管することなく使い切りますが、自治体はちょっと事情が違うと教えていただきました。


使用期限が迫った防災備蓄品をどうする?


度重なる大地震の経験から、生理用ナプキンを防災備蓄品として準備している自治体が増えています。


どれぐらいの数を備蓄しているのでしょう。避難所にいる1,000人の半数が女性だとして、さらに半数が生理用ナプキンを必要とする世代で、1人に1日5~6枚配るとしたら? 1週間で1万枚近く必要になります!


その1万個が3年で使用期限を迎えます。わたし個人だったら7年モノでもいいんですが、自治体はそんなわけにはいきません。使用期限が迫ってきたものを上手に活用できないだろうか。もったいないから、なんとか活用したい。そんな声が聞こえてきます。


そして2019年、2020年、世界に新型コロナウイルスが蔓延しました。同時に、ある社会問題が浮かび上がってきたのです。


「生理の貧困」の顕在化

「生理の貧困」とは、主に経済的・家庭的な理由で生理用品を購入できない状態のことを指します。

生理がある人の多くは10〜15歳で初めての生理を迎え、50歳前後で閉経します。生涯にかかる生理用品代は約35万円。さらに生理痛の時に飲む薬代なども含めると100万円近くになる人もいます。経済的に、とても大きな負担です。

厚生労働省による「生理の貧困」に関する調査では、生理用品の購入・入手に苦労する女性の姿が浮き彫りになりました。購入・入手できず、生理用品を交換する頻度や回数を減らし長時間利用したり、トイレットペーパーなどで代用したり。心身の健康状態や社会生活にも悪影響を及ぼしていることがわかりました。

海外でも、「生理の貧困(Period Poverty)」という言葉は、2017年頃から広く知られるようになりました。
 
AMWA(アメリカ医学女性協会)では、「生理の貧困」を「生理に関する衛生的な手段や教育が十分に行き届いていない状態」と定義しています。例えば生理用品を節約したり、別のもので代用したりすると、感染症のリスクが高まります。「買えない」だけではなく、「知らない」ことも問題なのです。
 

■「生理の貧困」と防災備蓄品

 
わたしたち開発チームは、浜松市さんから「生理の貧困」と「防災備蓄品」がどう結びつくのか教えていただきました。

浜松市さんによると「海外で以前から注目されていた『生理の貧困』がコロナ禍の日本にも波及しました。そこで、金銭的な理由などで生理用品の購入に苦労している方に対し、防災用に備蓄しているナプキンのうち、使用期限が迫ってきているものを無償配布する自治体が多く見られるようになったのです」とのこと。

海に面した浜松市さんにとって、南海トラフ巨大地震などへの備えは必然の対策です。その防災備蓄品である生理用ナプキンを有効に活かせるなら、困っている人も、自治体も助かります。


しかし、浜松市さんは考えました。


配布して終わり、にはしたくない


「生理の貧困」に関するアンケートを行ったところ、経済的な「貧」しさ以上に、日常的に「困」っている個々の問題がより具体的に明らかになってきたそうです。例えば、

・職場や学校で、生理に関する知識や意識が共有されていない

・外出先で急な生理のトラブルに見舞われる

確かに、外出先で人から生理用品を借りるにしても、買いに行くにしても、気持ちの負担や時間がかかり、労働や学習のパフォーマンスが下がるかもしれません。生理の悩みで学生が登校を控えると、教育機会の損失にもつながります。


浜松市さんと浜松男女共同参画推進協会さんは、生理について気軽に話せない、相談できない状況を変えたいと考え、イベントや学校・企業向けの出前講座などに取り組まれ、その一つとして生理用ナプキンの無償配布を始められました。そして、さらに・・・・・・。


使用期限が近い生理用品を有効活用したい


浜松市さんは、2021年から防災備蓄品として生理用品を購入し、毎年半分ずつ、使用期限が残り1年あるうちに新しいものに交換されます。


その際、備蓄していた生理用品を有効活用する方法として、市の施設に「生理用ナプキンディスペンサーを設置しよう」と思い付かれ、シャープにお電話をくださいました!

*ディスペンサーとは、決まった量を出す装置のこと。生理用ナプキンのディスペンサーも、その名のとおり、生理用ナプキンを1枚ずつ取り出せる装置です。


お電話の内容は、シャープの「生理用品IoT収納ケース」を使いたい、というご相談でした。

浜松市さんが理想とする生理用ナプキンディスペンサーは、次のような条件でした。

1. 衛生面に配慮して、ナプキンを1枚ずつ配布できる仕組みであること
(できるだけ多くの人に使ってもらいたいので、大量持ち去りも防ぎたい)

2. ナプキンのメーカーやサイズが変わっても柔軟に対応できること
(備蓄品の調達は入札なので、将来、製品が変わる可能性も大きい)

3. スマートフォンを持っていなくても、誰でも使用できる仕組みであること
(経済事情や低年齢でスマホを持っていない人もいる。スマホ禁止の学校もある)

4. 遠隔で在庫管理ができること
(施設職員がわざわざトイレまで行かなくても補充すべき量・タイミングがわかるように。また、あちこちの施設に置いた機器を一括管理できるように)

5. 広告がないこと

浜松市さんは、ネットで探したり、民間企業に相談したり、既存の製品やサービスを調べに調べ尽くし、もうだめかなと諦めかけた時、「家庭用のディスペンサーなら、いろんなメーカーやサイズに対応できるかもしれない」と思い付かれ、シャープの「生理用品IoT収納ケース」を見つけていただいたのです。

しかし、「生理用品IoT収納ケース」は家庭向け製品として開発を進めているプロダクトです。公共施設向けの仕様に対応させるには、実は一から作るぐらいの覚悟がいります。

できるかな。

チームみんなで悩みに悩んだ末、不安だけれど・・・・・・防災備蓄品を活用する浜松市さんのアイデアとわたしたちシャープの技術力を合わせて、一緒に挑戦してみたい!という思いに至りました。

浜松市さんとの何度にも及ぶ議論の結果、ようやく解決策が見えてきました。


施設の個室トイレにディスペンサーを置く

トイレの個室にディスペンサーがあったら、生理用品を受け取るために市の窓口に行くのをためらっていた人も手軽に受け取れます。

経済的な貧困が理由の人だけでなく、生理の急なトラブルにあった人にも役立てていただけます。

トイレにトイレットペーパーがあるように、トイレに生理用ナプキンがあれば、「誰でも」「気軽に」使ってもらえます。


■プロジェクト始動


浜松市さんのご依頼に応える!と決まれば、時間はありません。リサーチ→企画→設計→試作→評価、さらに試作→評価を繰り返す日々が待っています。

生理用品IoTディスペンサーの開発に向けて、企画、開発、デザインの担当者が集結しました。

開発担当者は、若手の男性社員です。企画のわたしと一緒に浜松市さんのお話をヒアリングしたり、初めて女子トイレに入ってディスペンサーの設置位置を考えたり。(その際はもちろん浜松市さんにトイレの使用を一時停止していただきました)

収集した情報を活かし、彼が生理用品IoTディスペンサーの基本構造を設計し、それを構造設計のベテラン開発者がバックアップします。

ベテラン開発者の大先輩は、これまで数々の製品を設計してきたスペシャリストで、難しい量産の知見も豊富。「長年の経験からの感覚だと・・・」と、積み重ねてきた経験値とノウハウから生まれる発想力で、設計をブラッシュアップします。

デザイン担当の若手女性社員は、初めてこの取り組みの話を聞いた時に感動し、「このプロジェクトで世の中の役に立てるかもしれない」とモチベーションが大いに上がったと言います。

◆1枚ずつ取り出せる仕組み

生理用ナプキンを上から取り出す方式にするか、下から取り出す方式にするかは悩みました。上下どちらが使いやすいか、量産する時の汎用性はどうか、さまざまな観点から判断するデザインレビューを行いました。ベテラン大先輩作の段ボール製プロトタイプも、だんだん数が増えていきます。

最終的には、さまざまな製品に対応できて、ふわふわしたナプキンでも詰まらない「上から方式」に決まりました。

衛生面にも配慮して、非接触でディスペンサーの扉が開く仕組みを開発しました。使い方はとても簡単です。

開発者の欲目ですが、ディスペンサーが「あなたにナプキンを一生懸命、届けますね」「1枚取ったら、ごめんなさいね、それ以上取り出せませんよ」と言っているかのように、扉を開けたり、中のナプキンをゆっくり下げたりする、そのけなげな様子が愛らしくて。

設置イメージ


◆持ち去りを優しく防ぐ2分間

実は、ICカードなどで個人を識別したり、取り出し枚数を制限したりする方法など、アイデア出しもたくさんしたのですが……。

わたしたち開発チームは、取り出しの簡単さとプライバシーを重視して、時間制限と、「1枚取り出したらストックが下がる」というシンプルな動きで、心理的な制限を優しく伝える方法を浜松市さんにご提案しました。

もちろん複数枚の持ち去りを厳しく防ぐなら、ロックがかかる時間をもっと長くしてもいいはずですが、浜松市さんは「厳しい時間制限で受け取れない人がいないようにしたい」とお考えになり、最終的に2分間という制限時間を採用しました。

浜松市さんに途中経過をご報告するたび、喜んでくださったのも、開発の励みになりました。

設計においても扉は最初、簡単な構造でしたが、筐体きょうたいに負荷がかかって耐久性に問題が生じると判明。公共施設で長く安心してお使いいただけるように、タイトなスケジュール内で急いで設計を変更しました。

 

◆在庫管理で備蓄品を有効活用

IoTを活用した在庫管理システムでは、各施設に設置したすべての機器を一括管理できるようにしています。施設の運営者は補充のタイミングや異常利用などを把握でき、自治体はすべての施設の利用状況や全体の在庫を把握できます。


◆一人ひとりに寄り添う情報デザイン

浜松市では以前、生理用品の引換券としてミモザカードを配布されていました。黄色いミモザの花は、国連総会で決められた「国際女性デー」のシンボルです。

ミモザカード(表面)
ミモザカード(裏面)

カードの表面は引換券で、裏面にはアンケートの二次元コードが載っています。最初はアンケートの質問数にちょっとたじろぎましたが、浜松市さんが「生理の貧困の裏には、きっと、もっと深刻な悩みがあるから、サポートしてあげたい」と真剣に思っていらっしゃることが、よくわかりました。

ミモザカードは現在、配布を終了されていますが、浜松市さんたちの想いを生かし、気軽にアクセスできる情報デザインをお手伝いすることになりました。

この相談案内カードをトイレの個室に置き、自由に持ち帰れるようにしました。ご利用者は帰宅後、専用サイトにアクセスして、相談窓口やナプキンの配布場所、女性の健康に関する情報などを見ることができます。

相談案内カードのデザインは新入社員が考案しました!

浜松市役所には、さまざまな相談カードが置かれていますが、カードの表裏に「相談」や「電話番号」などの文字が大きく書かれていて、持ち帰る時に気にする人がいらっしゃるかもしれません。そんな気付きから、トイレに置く相談案内カードは、表面をシンプルでかわいいデザインにして、人の目を気にせずに持ち帰りやすくなるように考えました。

相談カードの表のデザイン

このカードをきっかけに、生理のご相談だけでなく、他の打ち明けにくい悩みも市へご相談いただけることを期待しています。


こうして、さまざまな準備を整え、2023年10月から半年間、浜松市とシャープは共同で実証実験を行います。

■実証実験はじまる

「防災備蓄品を有効活用した生理用ナプキンIoTディスペンサー設置実証実験」

実証実験では、ディスペンサーのプロトタイプを、浜松市の市役所や中央図書館、市立高校、男女共同参画・文化芸術活動推進センターの4カ所に設置。利用情報データやアンケートを分析し、課題を抽出して次のステップへとつなげていきます。

浜松市さんもまた、この実証実験に大きな望みを託されます。

「生理の悩みは、多くの女性が抱える問題であるものの、男性だけでなく女性自身も正しい知識を手に入れづらいのが現状です。今回の実証実験が成功し、生理用ナプキンIoTディスペンサーが普及すれば、生理用品がトイレットペーパーと同じような感覚で手に入れることができる社会に近づきます。ディスペンサーをきっかけとして、もっと自分の身体と向き合い、少しでも女性の生きづらさが解消され、男女ともに活躍できる社会になるように願っています」

わたしは今回のことをきっかけに、自治体による「生理用品の無償配布」を知り、今は、普及への過渡期だと思うようになりました。

社会貢献につながる取り組みであっても、毎年継続していくのは大変ですし、無償配布に反対される方もいらっしゃいます。

生理用ナプキンIoTディスペンサーを使って、防災備蓄品を有効活用する試みは、今まで世の中になかった取り組みです。実証実験のアンケートやデータで出てくる結果は、その1つ1つが新しい発見であり、これまで見えなかった課題を社会に投げかけるきっかけになるでしょう。

そして、もし、この実証実験で生理用ナプキンを手にして喜んでくださる人がいれば、「この取り組み、いいよね」「そんな社会のほうが優しいよね」と風が吹くかもしれません。

この実証実験が「生理用品があたりまえに提供される社会」への第一歩になり、公共施設に、学校に、職場に、そしてあらゆる場所に、優しい風が吹く日まで。

わたしは、その優しさを信じて、モノづくりを続けていきます。

ディスペンサー導入のご検討や、プロジェクトにご興味を持たれた方は、
ぜひお気軽にお問い合わせください。

femtech-b2b@sharp.co.jp


・浜松市さまのnoteでも、ご紹介いただきました。

・SHARP Blog
浜松市立高校の放送部員と浜松市職員、シャープ社員の3者による生理に関する座談会の様子も掲載しています。


これまでの記事はこちら


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