1分で読める短編:魚の幻
もうすぐ世界が終わってしまうのは仕方のないことだ。どうせみんな消えてしまうのなら、せめて最後にあたたかい幻を見たい。
田舎道、遠くに見える電波塔を指差して「東京タワー!」と笑う子どものような。昔読み聞かせてもらった絵本に、大人になってから偶然出会った時のような。
そんなことを考えているうち、気づけば私は砂浜に居た。周りには、同じように日の出を待っているであろう人たちが5、6人居た。彼らの中にも不思議と怯えたり悲しんだりという目をした者はなくて、おだやかな微笑みをたたえていた。
誰かが、持ってきた音楽プレーヤーから音楽を流した。やわらかなオレンジ色をした歌声だった。これは誰のなんという歌かと問いかけようとしたが、やめた。
ふと足元に目をやると、私はお気に入りの靴を履いていた。もうすぐ全部なくなってしまうのに。なんだかそんな自分がかわいらしくて、笑った。
徐々に、遠くに見える水平線がオレンジ色に変わっていく。向こうに、ちいさく船が見える。
朝日が海から立ち上ってくるその瞬間、頭上に大きな魚の幻を見た。魚は街の方からやってきたようで、その鱗は街の光を全部吸い込んだように輝いていた。いつもはその眩しさにばかり気を取られて気がつかなかったが、光は、思っていたよりずっとあたたかかった。
私たちは、魚についていった。静かに、静かについていった。キラキラひかる波にふれて、むかし父と海水浴に行った時のことを思い出した。
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