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【ショートストーリー】25 手紙

ヤギは本当に紙を食べるんだろうか。

学校からの帰り道に、六年生の碧斗はクラスの美山理沙から手渡された手紙を空にかざし呟いた。

白い封筒にはシルバーの縁取りがされている。
宛名はない。

四年生にクラスの女子にもらったラブレターとは違った雰囲気だと碧斗は思った。

隣の席の美山は帰りの会の後、こっそり机の下に忍ばせながら「一人で見てね」と呟いた。長い髪からふわっとシャンプーの香りがして、なんだか碧斗は恥ずかしい気持ちになった。

勝手にラブレターと思っている自分の心もくすぐったくて、いっそのこと溝蓋の隙間に突っ込んでしまおうとか、男子の友だちに面白おかしく見せびらかそうかなんて思いながら家に向かった。

ただ美山の割りと真面目な横顔が思い出された。碧斗は手紙をもう一度太陽にかざした。写し紙とは違う、それは純粋な白色だった。

「ただいまぁ」

碧斗は鍵を開ける。誰もいない我が家。いつもと同じ景色。でも、その手紙だけは違っていた。

(18時には帰ります。おそくなったらあたためてたべてね)

母親の書き置きを見ながら、美山さんの手紙を開けようとしたが、ランドセルを下ろしていないのに気がつき、碧斗は、一旦落ち着こうと息を整える。

拍動は手まで響いた気がした。

手紙のなかの四つ折になった1枚の白い便箋をゆっくり開いた。するとゴシック体のプリント字が書かれている。

 あなたの好きな人はだれですか?
この手紙を受け取った人は、
一週間以内にこの手紙を
あなたの好きな人に渡さないと
呪われます。

碧斗は分かりやすく狼狽した。

(まって、まって、これは何?不幸の手紙みたいなもんなの?そもそも、美山理沙が書いたわけじゃないの?これを渡したってこと?)

印刷された「呪われます」という習いたての字が、碧斗にとっては見えない何かのチカラが、紫色の光を放って全身にはたらきかけている気がしてくる。

クラスは空前のホラーブームだった。
動画サイトの怪しい心霊動画を見た日、碧斗は父親が帰ってくる夜の11時まで寝れなかった。

明日理沙に相談しようと碧斗は思った。
 

「ねぇ、美山。昨日の手紙だけどさ、誰からもらったの」

放課後、碧斗から切り出した。

「え、わからないんだよー。朝来たら机に入ってて、もうどうしていいかわかんなくて」

「やばいよー、困るのはさ、おれ、好きな人いないんだよ‥‥」

「え、じゃあさ、一週間で好きな人見つけなきゃじゃん」

「でも、好きな人に呪われますなんてさ、ヤバイから手紙送れないよ、おれ」

「あっ、そっかそっか‥‥ごめんね、あんまり考えずに、私、碧くんに渡しちゃった」

「それは、いいけど、ちょっとどうしたらいいかいっしょに考えてくれよ」

「うん。もちろん、もちろんよ。とりあえず碧くんは好きな人探してよ。いるかもしれない」


次の日から空前怒濤の展開だ。

理沙は「呪いの解き方」をネットで調べてきて魔法陣を書き出したり、檸檬水を吹きかけてみたりした。火を使おうとした時は、さすがに碧斗は止めにはいった。

「いやいや、もう諦めよっか。きっとイタズラだし呪いのこともありえないよ」

碧斗は公園のブランコに座って空を見上げた。

「だといいけどさぁ」
理沙はこの一週間、呪いの解き方を試したメモを見ながら何か考えている様子だ。

「でさぁ、ちょっと聞きたいんだけど、美山があの手紙おれに渡したってことはさ、何かさ、あの、そういうことなの?」

「え、ええ?今さら?」
理沙は呆れたような顔をしてから少し視線をずらして微笑んだ。

碧斗は意を決したように話を切り出した。

「あの、おれさ、好きな人が」
「え、何?」



あれから10年が経った。

「ただいまー。今週もやっと終わったわ。全くあの上司ったら、まじで仕事しないんだから。はい、これ」
「はいよ。理沙は何怒ってんの?」

二人は「呪いの」なんて非科学的なものはとっくに信じなくなったけれど、あの日から一週間に一度それを交互に渡しあった。

いちおう「呪われない」ために。

二人の写真の横には、あの呪いの手紙がいつも置かれた。

それは、日がたっても全く色褪せない、不思議なくらい純粋な白色を見せている。

おしまい



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