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劇団ニホン海 第3回公演 蜃気楼のような恋だった。

この町は、春になると蜃気楼が見える。だからよく晴れた日は海沿いに老若男女が集い出す。
この町の人が、ホタルイカの次に好きなのが蜃気楼だ。その次はカレーラーメンだ。あ、それは私か。

蜃気楼は、上暖下冷の空気層の間で光が屈折して観察者の目に届き、風景が伸びたり反転した虚像が見える現象。

その季節は春から初夏、3月下旬から6月上旬。 2、3日晴天が続き、気温が高く、海岸で穏やかな北北東の風が吹く日に発生しやすいとされている。結構ややこしいような、分かりやすいような。
短いもので数分、長ければ数時間にもわたって幻想的な姿を見せてくれる。
――のだが……。

「え。見えてる?」
「あれかな?」
「あれ、向こう岸のほうやねか」
「あれは?」
「あれは雲や」
実は、蜃気楼を見ることよりも、蜃気楼が見えているかどうかを判別するほうが難しい。

そのために私がいる。
私は学芸員として、「あれは蜃気楼ですよ」「あれは向こう岸です」という仕事をしている。私の発言で一喜一憂する家族を見ると心苦しいが、ウソをつくわけにもいかない。

でも、蜃気楼だけじゃない。背後霊も見ることができるからややこしい。
そしてもっとややこしいのは、親友の美月ちゃんに憑りつく背後霊に恋をしてしまったのだ。本気の。マジの。
だから美月ちゃんと会うときは蜃気楼が出る時より緊張する。

「また見えてる?」
「……うん。いる。笑ってる」
「え。アンタに気があるんじゃない?」
「違うよ。美月ちゃんに気があるから憑りついてるワケじゃん」

私は嫉妬していた。幻に。




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