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噛みつかないでよ、アンパイヤ

完全なる誤審で、青春を奪ってしまった。
7回裏、7点ビハインドの状況で、昨年の準優勝校の攻撃。2アウトランナーなし。
ボテボテのショートゴロが放たれると、背番号17は猛ダッシュのまま不恰好にヘッドスライディングした。

どう見てもアウト。両校のナインもベンチもスタンドもため息を飲もうとしたとき、私の良くないところが出てしまった。
空気を読んだ。盛り上がれば、と思った。これくらいで何かが変わるわけない。

両手を広げてセーフのジャッジを下していた。
沸き立つのは負けていたベンチのみ。

その後のことは記憶にない。
翌日に私のSNSに『9-8 奇跡の大逆転』という見出しの地方ニュース記事とともに、えげつない数の誹謗中傷が並んでいた。
炎上だ。

私のお情けのせいで、ちょっとだけプレーを長引かせたいというナルシズムのせいで、私は高校球児の青春を奪い、自分の人生を崩壊させてしまっていた。

球審失格だ。アンパイアとしてゴミだ。スポーツを冒涜している。

日当7000円のボランティアがきっかけで、私は自分の本職にも手がつかなくなってしまい、仕事を辞めた。

野球だって、アンパイアになると思って始めたわけじゃない。プロ選手になりたかった。
でもアンパイアになれて、少しはプライドを持っていたはず、なのに……。

そんな私の家に、30代の女性ライターが尋ねてきた。週刊誌を担当しているらしい。

私は彼女を招き入れた。
それからまた、すべてが逆転し始めた。


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