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開けることが怖い。昔から何かを開けるときに胸が狂いそうなほど飛び出そうになる。
カーテン、缶ジュース、エレベーター、トイレ、プレゼント、風呂桶、タクシー、ポテトチップス。

思えば、学生時代は一度も母の手作り弁当を開けられなかった。母はひどく悲しんでいたに違いないが、手が震えてそれどころではなく、母の得意料理のナス炒めや玉子焼きもすべて残した。
父が早くに亡くなったときもそう。棺桶も開けなかった。涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら棺の前で立ち尽くしていただけだった。
ホントに親不孝モンだと思う。

一人暮らしの家も平屋で、扉も引き戸だ。割と給料はいいほうだが、ドアを開くことができない。

ギギギと壊れそうな引き戸を開けて、コンビニめしをほおばる。
うちに冷蔵庫はない。入れたら最後。開けることはないから捨てた。
レンジも開けられないから、店員に頼んでチンしてもらう。家に帰ったころにはもう冷めている。

筆箱もカバンも、ノートパソコンもそう。
だから僕は仕事ができない。ゴミ収集のアルバイトで生計をたてている。

彼女ともろくに続いたことがない。
ブラジャーのホックを外せなかったし、大きく開いた口に舌を絡ませることもできなかった。

今、緊急オペで手術を受けようとしている。麻酔を打たれる前に見つめる天井がこんなにも高く見えるなんて思ってもいなかった。
きっと麻酔で眠った後、僕のお腹は開かれて、血管も開かれて。そう考えるだけで辛くなる。あ、麻酔が効いてきたみたいだ。

手術は無事に成功した。
やっとこの病気ともおさらばできる。明るい世界が待っている。

俺はまぶたを開くことができなかった。

最悪の余生になりそうだが、まぁそれもよいかもしれない。

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