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美鈴の胸中:ショートショート

ぽっかり心に穴が空いたまま、サトルは女を抱いていた。

「サトルくん、私と一緒にいて楽しい?」

「楽しいよ」と彼は答えた。

嘘だった。正確には、本当だった。けれども、この楽しさは、サトルにそうであってほしいと彼女が願っているのとは、ぴたりと一致してはいなかっただろう。

彼女では、彼の虚空を埋めることができなかった。

「うそよ」

「うそじゃないよ」

「好きな人がこんなに近くにいるのに、どうして寂しく感じるのかしら」

「僕がうそをついてる、って言いたいの」

「ええ」

「さすが、女のカンは鋭い。でもね、僕には君が必要だよ」

「いやよ。カラダだけなんでしょ」

「そういうわけじゃないよ。言葉にはできないけど」


彼女は出て行った。追いかけはしない。多分戻ってくる、と思ったからだ。



サトルには、永いこと片思いしている女がいた。名を美鈴という。今でも連絡を取って、話をする。


「どうして俺たちは一緒になれない?」

「サトルはすごくいい人だと思う。顔もカッコいいし、やさしい、時々おもしろい」

「最高じゃないか。だったら俺と一緒になってくれても」

「あなたじゃ私を満たせないの」
「どうしたら満たせる?」
「理屈じゃないの」
「満たせないから、傍にいてもいけないの」
「それって楽しいの?」
「俺はそれで充分だ」
「私が邪魔に思うかもしれない」
「じゃあしょうがないなって、簡単には引き下げれないな」

「だめ。引き下がって」

「彼女いるけど、ぜんぜん邪魔には思わないな。俺の傍にいるだけじゃ嫌だらしいけど」

「あたり前じゃない。余計にだめ。その子を愛してあげて」

「不可能だよ。永遠に不可能だよ。きみ以外で誰が俺の心を埋めてくれるっていうんだ。そんな人はもう来世にしかいない」

「じゃあ別れなよ」

「それも不可能だ。きみは僕と付き合ってくれないんだろう。傍にいてくれる他は何も求めやしないのに。僕は」
「案外、それだけでもう求めすぎかもしれないじゃない」
「まいったな、これこそ無償の愛だと思ってたけど」
「あなたは私に何も与えないのに、私が傍に置いてあげる。無償の愛っていうのはそういうことよ」
「なるほどね。そういうことか。確かに。で、俺たちは一体どうしたらいい?」

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