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読書日記1『不実な美女か貞淑な醜女か』米原万里

読書日記の第1冊は、敬愛する米原万里さんの著書です。
『不実な美女か貞淑な醜女か』

私と米原万里
国語教師である私も、かつては野球少年で読書などしていませんでした。そんな私が「たまには本でも読むか」と思い、親の本棚から何気なく手に取ったのがこのエッセイでした。
エッセイというと、エライ実業家が聞きたくもない成功談を語ったり、どこぞの評論家が一方的に体験談を語るようなイメージもあるかもしれません。当本は、そんな負のイメージをもってる人に打ってつけの良本です。

ロシア語通訳者の体験談
通訳という仕事をしている人と、私は直接話したことがありません。英語の通訳者なら、英語話者と日本語話者の間に立って、双方の発言をその場で変換する人。当時の私は、その程度のイメージしかもっていませんでした。
しかし、それだけの単純な仕事なら一冊のエッセイになるはずがありません。
通訳の場でどんなハプニングや発見があるのか。外交の場で、政治や経済がどう動いたのか。そして、そのとき通訳者の頭の中で何が起こっているのか。内容は少し堅くて難しいが、軽妙自在でわかりやすく、中学生でも楽しんで読めるように語っています。

高い批評性とユーモアあふれる文章
エッセイではありますが、その内容は評論的かつ文学的です。何度読み返しても新しい発見があるのは、これを読む時代時期によって感得の仕方が変わってしまう内容の多様性ゆえでしょう。
女性論を思わせる『不実な美女か貞淑な醜女か」というタイトルももちろんそのままの意味ではなく、通訳業の本質を抉るためのレトリック。

 私ども通訳者も、同じ言語圏内のコミュニケーションである限り、その中に入り込む余地などまったくない。異なる言語間のメッセージや情報の伝達、意思疎通の必要性が生じた時に初めて、その存在価値が認められるという、思えばはかない、はかない商売なのだ。
 師の徳永晴美は、こんなことも言っている。
 「いいかね、通訳者というものは、売春婦みたいなものなんだ。要る時は、どうしても要る。下手でも、顔がまずくても、とにかく欲しい、必要なんだ。どんなに金を積んでも惜しくないと思えるほど、必要とされる。ところが、用が済んだら、顔も見たくない、消えてほしい、金なんか払えるか、てな気持ちになるものなんだよ」
 男の生理はなんとなく理解しかねるところがあったが、師が最後に言い足した、「だから、売春婦に倣って、通訳料金は前払いにしておいたほうが無難だよ。少なくとも、値段は事前に決めておくべきだね」
 という戒めは、私もしっかりと胸に刻み込んだのだった。
 そして、とある民放のテレビ局のプロデューサーと、私が引き受けることになったロシア取材の同行通訳に関する値段交渉の際に、なかなか折り合いがつかず、相手が、
「では、帰国してから決めることにしましょう」
 と交渉を打ち切ろうとしたときに、そうさせてはならじと、師の言葉を引用しかけたことがあった。私としては、通訳と言う仕事の本質をご理解いただいたうえで、通訳料金は事前に取り決めるのが常識だと相手を説得したい一心で、
「通訳とは、売春婦のようなものでして……」
 と切り出すと、敵もさるもの、すかさず、
「そんな(売春婦が与えてくれるような)いい思い、させてもらってませんよ」
 と切り返してきたのだった。しかも、私の比喩がヒントになったのか、相手はすっかり図に乗ってしまい、
「料金の不足分は、身体でお払いしてもいいんですよ」
 とまあ、これはもう完全に一本取られてしまったのである。
                    (本文のプロローグより引用)

プロローグがいきなり「通訳=売春論の顛末」という題で始まって面食らうが、通訳者である著者が自らの職業と異業種の売春婦業の共通点を語るのが面白い。

こんな人におすすめ
いくら大好きな本だからといって、万人受けするとは思っていません。私がすすめたい対象は、次のような人です。

・本を読む楽しみを知らない人(これから読みたいと考えている人)
・国語と英語の教師
・中学生~大学生
・言語、文化、政治、国際関係などに興味のある人
・幼児児童の保護者
・語彙力など言葉の力を高めたい人
・趣味的な読書をしたい人

自粛ムードで在宅のみなさまに、豊かな読書ライフを。

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