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科学的な態度とは何か? サイエンス本紹介 #1

サイエンス本紹介について

 「サイエンス本紹介」では、サイエンスメソッド(科学の考え方)を身につけるのに役立つ本を、私たちが厳選して紹介する。

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 第1回目は、SF小説の「星を継ぐもの / ジェイムズ・P・ホーガン」。

 月面で身元不明の宇宙服をまとった遺体が発見された。その遺体は「チャーリー」と名付けられ調査が行われた。その結果、なんとチャーリーは生物としてほとんど現代人と同じであるにもかかわらず、5万年以上も前に死亡したとわかった。考古学、生物学、数学の暗号など、地球の科学知識を総動員してこの壮大な謎に迫る。

……というのが小説のあらすじだ。

おすすめポイント

 この小説は、最後に謎が明かされたときのカタルシスや、チャーリーの辿った運命の壮大さを味わうだけでも十分に読む価値がある。しかしそれだけではなく、この小説には「科学的な考え方」のエッセンスが詰まっている。

 それが最もよく分かるのが、特に中盤でメインキャラクターの1人である生物学者、ダンチェッカー教授が演説を行うシーンである。

科学的な態度とは何か?

 場面は物語の中盤。チャーリーは生物として現代人と同じであるにもかかわらず月面で5万年前に死んでいたーーこのありえない謎について、科学界は様々な説が飛び交う混迷状態になる。そこでダンチェッカーはすでに確立された学説である進化論に反する仮説や、未知の原理を前提とした仮説を考慮に値しないと一刀両断するのである。

 ここでのダンチェッカー教授の演説には、科学が発展していく営みの原則が示されている。新しい科学理論を生み出す際は、それまでに積み重ねられてきた理論体系による厳しい試練を受けることになる。すでに確立された理論と明らかに反していれば、(よほどのしっかりした証拠がなければ)それは相手にされず棄却される。

 新しい謎に挑むときや、新しい理論を見るとき、何を疑い、何を前提に、どこから考えを巡らせればいいかわからなくなってしまうかもしれない。そのようなとき「すでに確立された理論と反するものは厳しく疑ってかかる」という科学の営みの原則を頭に置いて考えてみるとよいだろう。
 例えば、直接触れずに相手を吹き飛ばす気功の力の存在について考えてみる。昔テレビ番組で、気功師が手をかざすだけで人を吹き飛ばす映像を観たことがある。番組では「これが気功の力なのか!?」となって終了していた。しかし、気功師は吹き飛ばした時に全く反動を受けておらず、明らかに作用反作用の法則(力を加えただけ自分にも同じ力が返ってくる)に反する動きだった。そのため、気功の力という新しい仮説を考慮する前に、吹き飛ばされた人のヤラセ(演技)を疑うべきだろう。

 この本では様々な科学の知識が登場するが、予備知識がなくてもわかるように書かれているため、肩肘張らずに科学の楽しさと科学的態度を養える一冊として万人におすすめしたい。
 小説のストーリーを楽しみつつ、「どのような態度で、どのような前提から謎を解明すればよいのか?」と考えながら、この小説の壮大な謎を味わって欲しい。

 最後に、ダンチェッカーの演説を引用する。

ダンチェッカー教授の演説

ダンチェッカー:
「われわれがルナリアン(チャーリーのこと)と呼び習わすところの種族は、今この席にいる皆さんと同様、地球にその起源を持つものであると断言いたします。他の宇宙からの訪問者、あるいは星間旅行者といった類の空想はいっさい捨てることです。ルナリアンは他でもない、地球というこの惑星に発達した文明の申し子です。それが何らかの理由で絶滅した。その理由をわれわれはこれから解明しなくてはならないのです。」

モブ科学者A:
「チャーリーはどこか別の世界で地球人と同じ進化の過程を経たものの子孫だというふうには考えられないでしょうか?」

ダンチェッカー:
「それは違います。現在地球上に存在するあらゆる生物は、何百万年にもわたってくり返された一連の突然変異の結果です。そのような進化がまったく別々のところでくり返されて、しかも両者が寸分違わぬ結果に到達するなどということは、どう考えてもあり得ぬことです。これ以上、その方向を考えることは無用です。」

モブ科学者B:
わたしたちがこれまで考えたことのない、ある種の誘因や原理が働いたということはありませんか? 別々の場所で、別々の経過を辿って同じ結果が生まれるというのはあり得ないことでしょうか?」

ダンチェッカー:
「われわれは科学者ですよ。神秘主義者の集まりではないのです。科学の方法において最も基本的な原則は、観察された事実が、すでに確立された理論によって十分説明し得るものである限り、新たな思惑による仮説は配慮するに値しない(注1)ということです。ここでこと新しく別の考え方を持ち出したり、こじつけたりすることはありません。超越的な力であるとか、摂理であるとかいう考えは、観察者の歪んだ意識の中にあるのであって、観察の対象となった事実の中にあるのではありません。」

モブ科学者A再び:
「現実にもしチャーリーがどこか別の世界から来たのだとしたら、その場合はどう説明されますか?」

ダンチェッカー:
 「それはまったく話が別です。万一、何らかの手段によってチャーリーが確かに別の世界で進化したのであるということが証明されたとすれば、わたしたちは観察された動かし得ない事実として、平行進化が起こったことを認めなくてはならないでしょう。現在の理論の枠内ではそれを説明できないのですから、われわれの理論は実に粗雑であり、不備であることになりましょう。その時、はじめてわれわれはこれまでに考えられていない別の要因を新たに解明しなくてはならなくなるでしょう。しかしながら、今この時点でそのような考えを導入することは、馬車を馬の前に繫ぐに等しいでしょう。」

注1)新しい理論が、確立された理論と同様に、観察事実を説明できるのであれば、考慮に値する。例えば、天動説と地動説などは、提唱された時点ではどちらが正しいと断じられず、2つの理論が並立していた。

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