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アイデアを形にする「実行力」を身につけて、自己効力感をぶち上げよう!デザイン会社・IDEOのデザイナーが教育の世界にアプローチする理由

グローバルに展開するデザインコンサルティング会社IDEO(アイデオ)
その東京オフィスであるIDEO Tokyoでインタラクション・デザイナー・リードとして活躍されている油木田 大祐さんは、実際に自分の手や体を動かして創作する“ものづくり”の過程を通して、自己効力感を高める経験の機会を、子ども向けのワークショップという形で提供している。

デザイナーとして、今世界が必要としているアイデアを形にする「実行力」を伝えるために、産業界から教育現場にアプローチする油木田さん。どんな形で教育に関わっているかについて、話を聞いた。

ものづくりを通して、自己効力感がぶち上がる感覚を何度も得てきた

——油木田さんは現在、IDEO Tokyoでインタラクション・デザイナーとしてご活躍ですが、具体的にはどのようなお仕事をされているのでしょうか?

IDEO Tokyoは、企業から新しいサービスやプロダクトの開発を依頼されるデザインコンサルティング会社です。企業から何か新しい商品やサービスを出したいといった相談を受けた際に、リサーチからコンセプト作り、新しい商品・サービスのデザインやプロトタイプ作りまでを一貫して担うのが、私たちの仕事です。

プロダクトデザイナーやグラフィックデザイナーなど多種多様なデザイナーがいる中で、私はインタラクション・デザイナーとして動いています。ヒトとコンピューターがどうすれば健全に関わり合っていけるかを考えて、スムーズな相互作用を設計するのが仕事です。

身近なものでいえば、ウェブサイトやタブレット、スマート家電などのIoTデバイス、デジタルサイネージといったもののUI/UXなどをデザインしています。

私の場合は大学でコンピュータサイエンスを専攻していたこともあって、デザインに止まらず、実際にコーディングをしてウェブサイトを作ったりアプリにしたりといったエンジニアリングの部分までを一貫して行っています。そこは私の特殊な働き方になりますね。

——どういったきっかけでコンピュータサイエンスからデザインの分野に方向転換されたのですか?

大学4年生の時に所属していた研究室では、介護ベッドに取り付けるセンサーのアルゴリズムについて研究していました。

寝ている人がベッドから落ちそうになっていることを知らせるセンサーの精度をどうやって上げるかという研究で、もともと93%あった精度を95%に上げることに成功したというのが私の卒業論文でした。でも、その研究結果が果たしてこの世を良くすることにつながるのか?そもそも何のためにやっているんだろうか?と疑問を抱くようになりました。

ちょうどその頃、デザイナーやクリエイターが業務で使う思考プロセスを活用して、前例のない課題に対して解決を図る「デザイン思考」という言葉が世の中で聞かれはじめていました。

「日本社会の鬱憤とした行き先のない不安感は、デザインというツールによって解決される」といったことが産業界で盛んに言われ始め、そこにおもしろさを感じて、大学院ではメディアデザインの研究に進んだというのがきっかけです。

大学院では、デザインのバックグラウンドが皆無だった私が、提携校であるロンドンやニューヨークのトップクラスの美大に留学する経験もして、文字通りボコボコに叩きのめされました(笑)。でもその経験が、結果的にはすごく良い体験でした。

エンジニアリングというものは“How”を、デザインというものは“What”や“Why”をすごく突き詰めたものであって、その全てを組み合わせると、本当に必要とされている課題解決能力が身につくのだという感触を得ることができたからです。

帰国後は広告の制作会社を経て、IDEOに転職して現在に至ります。

本業以外にもさまざまな機会を設け、
ものづくりやプロトタイピングを教えている油木田さん

——「デザインやものづくりの手法を通して、課題を解決したい」というのが油木田さんのキャリアの軸となっているのですね。

そうですね。正直、コンピュータサイエンスを学んでいたときは何のために学んでいるのかしっくりこなかったのですが、デザイン思考やものづくりを通して、身近にいる人が抱える課題を解決してその人たちが幸せになっていき、「目の前にある問題を、自分なら解決できる。私の力が役に立っている!」という自己効力感がぶち上がるような経験を何度もしてきました。そうすると、毎日がすごく楽しくなったんです。

こうした感覚を子どもの頃から得られたらよかったなと思ったので、子どもや学生を対象にした、ものづくりを通して自己効力感を上げるような活動も、仕事の傍らでやっています。

ヘンテコで愉快な創造性の世界を体験してほしい

——ものづくりを通して自己効力感を上げる活動の一つとして、2019年から中高生を対象とした「d.camp Tokyo(ディーキャンプ・トウキョウ)」を始められたそうですね。

「d.camp」という枠組み自体は、IDEOの本拠地があるアメリカで始まったものなのですが、私がその取り組みを日本でもやりたいと思い始めたのが「d.camp Tokyo」です。

子どもたちの貴重な夏休みの5日間をいただいて、ありとあらゆるアクティビティに取り組みながら、世界中で活躍するIDEOデザイナーたちのマインドセットを実践的に学ぶワークショップです。

「ヘンテコで愉快なクリエイティビティの世界へようこそ」を合言葉に、「クリエイティビティの世界は、大前提として楽しいものなんだ」というところから入ってほしいという思いで、毎年サマーキャンプとして中高生向けに無料開催しています。

今年で6年目になるのですが、実は2年前からガラッと方向転換したため、スタート当初と比べると内容が結構変わっています。

——どのような方向転換をされたのですか?

最初はテーマ毎に参加者でチームを組み、プロのデザイナーのサポートのもと解決策を作っていくような形でやっていたのですが、途中で「これって学校でやっていることとあまり変わらないのではないか?」と思ったんです。

当時は、ちょうど学校現場で探究学習が取り入れられ始めた頃でもあったので、参加している子どもたちは完全に“プロジェクト型学習”と重ねてしまっていて。評価をされる訳ではないのに、自分のいいところを私たちにアピールしようとする姿に、違和感を感じました。

クリエイティビティとは元来、無秩序で無目的ですが、なんだか楽しいものなんです。

大前提となる「なんだか楽しい」という体験を一度でもした上で、学校の探究学習に入っていくと、きっともっといろいろな選択肢を見つけられるのではないかと思っていて。そうした体験を得られる場所が「d.camp Tokyo」でありたいという考えで、趣旨をガラリと変えました。

——日頃から創造性の世界に浸っているデザイナーとしての立場から、子どもたちに真のクリエイティビティとは何かを体験してもらう活動をされているのですね。油木田さんが学校教育にもっとあったら良いと思う要素は、やはり楽しむことでしょうか?

楽しければより良いですが、楽しくなくても事は成せます。そう考えると、私が感じているもっと大きな問題は、アイデアを形にする力の欠陥ではないかと思っています。

アイデアを思いつくことだけなら、誰でもできます。でもただアイデアを思いついただけでは、何の変化も生じません。それを実際に形にする実行力が必要です。

現状、学校でもアイデアを考えて発表するところまでのプロセスは繰り返しやりますが、形にするところまではあまり続いていきません。アイデアを考えるところと、それを実行するところが分断されてしまっている。私はここを、一番の課題に感じています。

何かをつくるには、アイデアを考えることと、手を動かしてそのアイデアを実行することの両輪が必要です。とはいえ、学校はものづくりのスキルだけを学ぶ場所ではないので、それを求めるのも難しい。

そんな問題意識もあって、2023年春に「プロトタイプの学校」を開校することになりました。

——「プロトタイプの学校」とは、どのような場所なのですか?

IDEOデザイナーのサポートの元、チームでアイデアを形にしていくノウハウを学べる、超実践的かつ超ハンズオンな放課後プログラムです。

対象は大学生と社会人にはなりますが、教育という世界とデザインという世界がオーバーラップするには、すごく良い形ではないかと思っています。

そもそもプロトタイピングとは、アイデアを最短距離で実現し、そのアイデアが本当に価値あるものなのかを検証するためのマインドセットおよび方法です。先ほど、アイデアを思いついてプレゼンするだけでは状況は変わらないという話をしましたが、そこにプロトタイピングの考え方を入れてみてほしいのです。

雑でもいいから作ってみて、困り事を抱えている対象者に手渡してみる。それによって、その人が感じている困り事が少しでも解消されたら、結果的に「ありがとう」の言葉や気持ちになって返ってきます。これが、自己効力感アップにつながる、最初の小さな成功体験になるわけです。

そうした小さな成功体験が、その子の人生にとっての礎の1つになっていくといいなと思っています。実際に、ワークショップで子どもたちが「ありがとう」と言われている瞬間を見るのは、最高にうれしいですね。

プロトタイプの学校の様子

子どもたちが自らの創造力と戯れる機会を、学校の外からつくっていきたい

——学校のカリキュラムの範囲では教え足りない部分を外から補う。企業が学校教育に関わる意義はそこにあるのかもしれませんね。

アイデアを持っていたとしても、誰かに頼らないと前に進めないのであれば、社会に出てからも前に進んでいけません。自分の頭の中にある考えを形にする力を手に入れることによって、人に依存せずに、前に前にと進むことができるのです。

そういう意味では、最近のAIツールやノーコードツール(コードを書かなくてもシステムを構築できる仕組み)、グルーガン(ホットボンド)などは、子どもから大人まで、本当に誰でもプロトタイプを作れる扉を開いたといえます。

どんな形でもいいから、とにかく手や体を動かして形にして、相手に届けるところまでの過程を、自分の創造力と戯れながら楽しんでもらいたいと思っています。

——油木田さんが教育業界の外から教育にアプローチするのはなぜでしょうか?

私は1人でも多くの子どもたちが、小さな成功体験を少しずつ積み重ねていければ、自ずと自己効力感は高められるのではないかと信じています。それをデザイン、クリエイティブの世界からサポートしたいからです。

成功体験を生むためには、アイデアを形にする必要がある。でも学校の中だけでは、アイデアを考えたり、チームで動いたり、課題を見つけるような取り組みはできても、それを実際にどう形にするかというところまでは、なかなか行き着きません。そんなところまで求めたら、ただでさえ忙しい先生たちはパンクしてしまいますよね。

学校ではできない部分で、私たちのようなデザイン会社や作り手が提供できるものはなんだろうかと考えると、アイデアを目の前に具現化する方法を教えるところだと思っています。アプリでもウェブサイトでも3Dプリントでも段ボール工作でも何でもいいので、とにかく形に変換する。その手助けをしていきたいですね。

——最後に、異業種から教育の分野に関わりを持ちたいと考えている人たちにメッセージをいただけますか?

アメリカにあるミレニアム・スクールという学校を立ち上げた校長先生が、「学校はいろいろなもののスペシャリストになろうとしすぎている」というお話をされていました。「トップクラスの算数と国語と音楽と美術と体育とが全部教えられる場所でないといけないと思いがちだが、そもそもそれらを全て一つの場所で提供することはあまり現実的では無い」と。

確かにそうだと思いました。教育現場と、私たちみたいなデザイン会社だったり外部リソースが連携する形で教育に関わっていけたら、双方、そして子どもたちにとってWin-Win-Winの関係性が生まれるのではないかと思っています。その意味では、異業種側からもそうですが、学校側がもっとアウトソーシングがうまくならないといけないと思っています。

「d.camp Tokyo」と「プロトタイプの学校」をきっかけに、いろいろな学校からお声がけいただくようになりました。本当に意味があると思えるものであれば、学校側も外部リソースとの連携を求めています。

しかし、ただ単に外部の「あったらいいな」を提供するだけでは意味がなく、学校と外部のニーズをうまくマッチングすることが大切。うまくニーズが合いさえすれば、教育業界の外から教育に関わる方法は、いくらでも見いだせるように感じています。

取材・文:森尾 早百合 | 写真:北村 拓海(IDEO Tokyo)