見出し画像

白人が奴隷にされていたことがあった!?

*写真はキエフにあった黄金の門

米国での黒人男性殺害事件をきっかけに世界各地でBlack Lives Matter 運動が行われました。黒人が主にアメリカにおいて奴隷として虐げられてきたという歴史を知らない人はもはやほとんど存在しないでしょう。一方で、ロシアや東ヨーロッパの歴史を学んできた私からすると、世界には白人が弱い立場に置かれてきた歴史もあるし、マジョリティがマイノリティを支配、あるいは「差別」するという構図だけではないのに、と思うことも多いです。
白人が弱い立場に置かれてきた歴史とはどんな物なのでしょうか?また、ロシアや東ヨーロッパの歴史では、マジョリティがマイノリティを「抑圧する」歴史ばかりだったのでしょうか?

タタールの軛(くびき)
13世紀に、モンゴル人が支配する元が勢力を伸ばし、現在のロシア辺りなど、東ヨーロッパに到達します。その結果、現在のロシア辺りに住む人達は数百年間、モンゴル系の人達の支配を受けます。これを「タタールの軛(くびき)」と言います。ボロディンの「イーゴリ軍記」の中の「だったん人の踊り」の「だったん人」とは、タタール人のことです。しかし、現在では、きちんと税金を納めればタタール人達がある程度自由を認めてくれた、という見方もあります。

「スラヴ人」とslave
ロシア人やウクライナ人、チェコ人やポーランド人、セルビア人などは、「スラヴ民族」と呼ばれる民族です。日本ではスペイン人などのラテン民族、ドイツ人などのゲルマン民族よりも影が薄いですが、ヨーロッパ最大の民族です。実は、スラヴ人の「スラヴ」と奴隷の”slave”という言葉は、関係があるとされています。実際にスラヴ人達は、ギリシア人、ローマ人、ゲルマン人、オスマン帝国などによって奴隷にされていました。有名なスラヴ人の奴隷に「ロクサレーナ」がいます。彼女はオスマン帝国のハーレムで権力を握りました。

農奴
ロシアの歴史を語る上で外せないのが農奴です。19世紀半ばの農村人口の約半分が農奴だったといいます。農奴は地主に支配され、自由な行動が制限されていました。19世紀にせっかく「農奴解放令」が発布されても失敗に終わってしまったのは皮肉なことでしたが…

ロマノフ王朝は途中からドイツ系に
ロシア帝国を築いたロマノフ朝ですが、ピョートル3世の代からドイツ系になりました。ピョートル3世の母がドイツ系の家に嫁いだからです。更に、ピョートル3世に嫁いだのもドイツ系の女性でした。この人物は後にクーデターで夫を退位させ、エカテリーナ2世として即位します。ロシア人を支配していたロマノフ朝は、ドイツ系だったのです。しかし、ピョートル3世とエカテリーナ2世は、同じドイツ系でありながら、ロシアに対する思いは違いました。ピョートルがプロシア贔屓だったのに対し、エカテリーナはロシアのために尽くそうと努力を重ねました。エカテリーナのクーデターが成功したのもこのためでしょう。
でも、よく考えたら、ロシアの源流であるキエフルーシ(現在のウクライナ辺り)を支配していたのも、ノルマン人の一派「ヴァリャーギ人」でしたね。ヨーロッパの歴史上、異民族によって国が支配されることは珍しくありません。

スターリンはジョージア(グルジア)系
ソ連時代に独裁者として君臨したスターリンですが、彼の本名は「ジュガシビリ」と言います。以前も書いたように「〇〇イリ」というのはジョージア(グルジア)系に多い苗字です。スターリンはロシア系でなく、ジョージア系だったのです。

プーシキンの曽祖父*
ロシアの有名な詩人、プーシキンですが、彼の曽祖父はエチオピア出身の軍人でした。後にロシアに来て貴族になったそうです。アメリカで黒人が苦しんでいた頃、ロシアの上流階級では黒人の血を引く人物が活躍していたのです。

世界の歴史を見ると、支配的な立場である人と支配される人とを固定化することが難しいことが分かります。現代の価値観や倫理観をもってして安易に「差別」と断定して良いのか、という問題もあります。「タタールの軛」については、さすがに現代ロシア人は気にしていませんし、そもそも世間で考えられているより抑圧的でなかったという見方もあります。
この記事をきっかけに、様々な方向から歴史について考えていただければ嬉しいです。

*2020.11.23

「プーシキンの祖父」は「プーシキンの曽祖父」の間違いでした。お詫びして訂正いたします。

参考
「『王室』で読み解く世界史」宇山卓栄(2019)日本実業出版社
「『民族』で読み解く世界史」宇山卓栄(2018)日本実業出版社
「図説 ロシアの歴史」栗生沢猛夫(2010)河出書房新社
「物語 ウクライナの歴史 ヨーロッパ最後の大国」黒川祐次(2009)中公新書
「仰天!歴史のウラ雑学 後宮の世界」堀江宏樹(2006)竹書房文庫