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東京を歩くときは心のなかでしずかに目を瞑っている


2023.1.5

友人がうちに来てくれて、昼ごはんを食べたあと今年一緒に取り組む作品について話し合う。昨年かなり好きだった「カモンカモン」をもう一度観るため歩いて映画館へ。午後三時すぎ、夕暮れを待つ冷えた空気の中をすっすっとリズミカルに歩いていくのは気持ちがいい。ふたりで歩くと一時間強の道のりもあっというま。いつの間にか見慣れた、東京とはなにもかもがちがう景色。「カモンカモン」はやっぱり好きだった。白黒なのもいいし、時間の流れ方も内容もすべてが潜在意識をやさしく揺りうごかしてくる感じが心地いい。

観終わって仕事終わりのパートナーも合流して三人で韓国料理屋へ。わたしとパートナーはほんとうにいつも一緒にいる。先月からは特にそうだ。ふたりともどこかへ行って仕事をすることが滅多にないし、わたしはお金が沢山あったらすぐにでもあちこち旅に出たいけれどそうにもいかないし、結果ずっと顔を合わせている。ひとりの人間の前とうしろになりそうなくらいいつも一緒にいる。東京に暮らしていた頃だったらその状況にうんざりして疲れ果てて主にわたしのムードがしょっちゅう険悪になっていたけれど、鎌倉に来てからはそういう感情の起伏すらそれほど持てなくなって、それは関係が以前よりうまくいっているからなのか感覚がただ麻痺してしまっただけなのかが分からない。相手を空気みたいに思うようになるのは嫌いになるより悲しいような気がする。チャプチェやアボカドキムチ、参鶏湯などいただく。落ち着いたお店の雰囲気や料理の丁寧さに似つかわしくないアゲアゲな曲が終始かかっているので、喋っているうちにだんだん自分の声が聞こえなくなってきて声を大きく張りあげて喉が疲れてしまう。この理由で昔から居酒屋が苦手だった。大人数だともっときつかった。耳がわるいので自分の声が聞こえにくい環境で発語するのに難がある。お店をでると空気が刺すように冷たい。もうすぐ大寒がくる。


2023.1.6

朝ブランケットを燃やしてしまい、真っ白の生地にあたりめみたいな見た目と触り心地の妙な亀裂が入ってしまった。正確には火ではなく煙がでただけだけれど、あんまりこういううっかりをやらかさないので変な気持ち。仕事の編集をすこし。動画の編集は古いパソコンが一気に重くなるのでしんどい。昨日と同じ映画館へ終映間近の「アフター・ヤン」をパートナーと観に行く。途中から電車に乗る。改札でICカードのチャージに何人も並んでおり、おまけにひとつ前の若い女の人が五千円をチャージするのに千円札をゆっくり一枚づつ入れていくもんだからほんとうにいらいらした、おかげで乗りたかった電車に寸前のところで乗り遅れた。なんだろう、今日はこういうことに苛立つ日らしい。

映画館に着く。昨日は上映開始時刻をやや過ぎた頃に到着したので知らなかったが、2階のシアターに入場できるまでの間、2階にもロビーらしき空間があるのにもかかわらずなぜか1階で全員が待たなくてはならず、狭い空間が人で溢れかえっている。どうやら満席の模様。自由席で時間がくると受付番号順に1階からひと組づつ係の人が先導して入場させていくスタイルらしいが、そこまでする必要があるのかどうか。やっとわたしたちの番になって上がっていくと、どうみても今日は満席なのに三つ並びの空席の真ん中に堂々と座っている男性のおかげで昨日も座った一番前のやや体勢の苦しい席しか空いていない、ここでももちろんいらいらする。やっぱり今日はそういう日みたい、だれがどこに座ろうが自由だし勝手なんだけれど、そう思える余裕がない。パートナーは受付でパッケージ入りのカレーパンを買ったのだが、買ってすぐ手渡されず、席についてからわざわざ運ばれてくる仕組みに「何もかもコントロールしすぎ」と首をかしげていた。映画はぼわーんと間延びして退屈に思える時が多かったけれど所々面白かった。死んだあとはただ無があるだけかもしれない、でもそれでいい、というベビーシッターロボットのヤンに、雇い主の女がそれではさみしくなのか?と訊く、ヤンは "There is no
something without nothing 無なしでは有はない"と答える。

夜テレビをみていると、だれもリモコンに触っていないのに突然チャンネルが切り替わる。こんなのは初めてだけれど急にテレビの電源だけが落ちることは以前にも何度かあった。「隣とか近くの家のリモコンの信号がこっちまで届いちゃってるんじゃない?」とパートナーが言う。「ええそんなことある?」「あるある」勝手に受信しちゃう信号か。おもしろいな。信号といえば「カモンカモン」では主人公の少年が木と木がネットワークで繋がり交信しあっているみたいなことを話していたし、「アフター・ヤン」でもヤンが違う種の木の枝同士が交配して命がつづいていくみたいな話をしていた。前者は地面の下、後者は上の話だけれど、昨年終盤くらいからこういうちょっとしたシンクロニシティがたとえばふいにめくる本、何気なく選ぶ映画、ふと出向く場所、出会う人などのあいだで頻繁に起こっている。昔ならばひとつひとつに「なんのサイン?」と大興奮して騒いでいたけれど、今はしずかに納得したりありがたいと思ったり、無意識のそうしたプツプツしたつながりを嬉しく思う。


2023.1.8

昨日は東京へ。映画の上映会の打ち合わせに向かうパートナーに神田あたりで降ろしてもらい、お茶の水のガイアで新年のセールをやっているのでまずはそちらへ向かう。休日の朝のオフィス街はさびしげですがすがしくて気持ちがいい。東京にくるたびまず思うのは、ごみが多いということ。そんなあられもない姿で、みたいなごみも、堂々と胸を張っているごみも、もう誰からも思い出してはもらえないごみも、この世への未練そのままに息をしているごみも、ほんとうに沢山のごみであふれている。ごみの居場所はほとんどが路上で、わたしの十四年間の思い出もだいたいそのへんの路上に散らばっているから、東京の道を歩くときわたしは心のなかでしずかに目を瞑っている。


今年は首まわりがガサガサに荒れていてウールのタートルネックがどうにも着られないので、ガイアにコットンやカシミヤのものがないか探しに来た。オーガニックコットンのものをふたつ買う。コットンだけだと生地が伸びやすい気がするので、今日のはどうだろう。落ち着いたミントグリーンの以前から狙っていたパーカーが二割引になっていたので、そちらも買う。気づいたら昼時、歩いて秋葉原の福島屋へ。手づくりおにぎりの鮭とたらこを買い、他にも木の子とかぼちゃのマリネなどを選び外の席に座って食べる。福島屋のおむすびは、二十代前半の頃に六本木の会社でアルバイトをしていた時に知り、お昼の時間がくるたびにいつも買いに行って食べた。まんまるだったりいびつだったりちゃんと個性があって、コンビニのと違ってきれいに揃った同じ形の米粒が窮屈そうにパッケージに閉じ込められたりしておらず、ふわっと空気を入れて結んである。具はけちらずにたっぷり入っていて、冷めていてもちゃんと海苔や米の香りがふんわりして、何より握りたての手づくりの温度があって、お店の商品というより「だれかのお家のごはん」に近い。今は値上がりした気がするけれど、当時は大きさのわりにけっこう安かったと思う。自炊なんてまったくしなかった時代、六本木で買えるものなんて何もないほんとうにお金がなかったわたしの、救世主だった。

さらに歩いて御徒町の2K540をうろうろしているところにパートナーが迎えにきてくれて、車で今日のいちばんの目的である詩のリーディングを聴きに北千住のBuoYへ。お友達の戸塚さんも来て、主催者の知り合いと上階のバーで歓談中の彼を残してひと足先に戸塚さんおすすめのうなぎ屋のまじ満へ。彼女はこの近くの芸大で働いていたのでこのへんにとても詳しい。米なすの生姜焼きやそらまめ、うなぎの骨せんべいなどを食べながらいつもみたいにおしゃべりして、今年は台湾に行こうと言い合って、パートナーも合流し最後はうな丼をしっかり食べて寒空のした解散。帰りの車で、ちょっとしたことから久しぶりに口論。わたしはパートナーがわたしがトイレに行っているときに勝手にわたしの財布からお札を出して会計を済ませたことに(じぶんの手持ちがなかったからで、わたしはそれならわたしがトイレから戻ってからそう言ってくれればよかったのにと思う。勝手に開けられたことをなんだかフェアじゃないと感じてしまった)、パートナーはわたしが詩の会場からひと足先にでるときに彼に直接ではなくLINEテキストで断りを入れて出て行ったことに対して怒っている。


2023.1.9

動画編集の仕事をほぼ終わらせる。散歩に行くタイミングを逃し、暗くなってから荷物を出しがてら少しだけ歩く。今まで形が好きじゃなくて手を出さなかったニューバランスのスニーカー、大好きなくすんだ緑系の配色の新作を秋にたまたま見つけて気に入って買ってみたのだけれど、クッション性がつよくて歩くというより跳ねる感じになるのがちょっと楽しい。冬なんて嘘じゃん、ぜんぜん暖かい、と言っていたけれどやっぱり最近はちゃんと寒い。コンクリートを歩くのに嫌気がさして公園の土の上をぐるぐる回ったあと帰宅すると、仕事に疲れたパートナーが口を半開きにして「インターステラー」を観ていたのでわたしも一緒になって観入る。久しぶりだったけれどやっぱりいい物語。音楽もいいんだよなあ。裏切り者に盗られてしまった母船を奪還し、ものすごいスピードで旋回するなか決死の覚悟でドッキングする瞬間なんてまるで生命の誕生の時のようで頭がクラっとするほどどきどきするし、うっかりすればすぐ隣に死が待っている宇宙空間での無駄のない、かつウィットに富んだ会話もすばらしい。時間もぐねぐね曲がって、あれもありでこれもありで、あれがそうでそれがこうで、固定概念が吹き飛んですがすがしくなる。





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